うつし世は

 7月末、早朝5時の隅田川。7月に入ってもなかなか夏らしい気候にならず、それどころか梅雨明けすらしていなかった涼しい東京だったが、この日は夜明けと共にだんだんと気温が上がりはじめ、墨田公園の木立からは、弱々しいながらも蝉の声が聞こえていた。
 …え?こんな朝っぱらにどうして墨田公園に居るのかって?いや〜、実は昨晩から上野で飲んでまして。厳密に言うと御徒町で2軒→上野で1軒、という具合だったんですけど。久々に飲み過ぎて途中何度か意識を失ったりして、そうこうしているうちにいつの間にやら一緒に飲んでいた仲間は消え去り、僕ひとりがここに辿り着いていた、というわけなんですけど。
 まだかなり酒が残った状態で、鼻歌なんか唸りながらフラフラと公園を彷徨う33歳の男。…ろくでもないですね。
 ま、それはさておき、まだ夜が明け切らない隅田川の邉(ほとり)のベンチに腰掛けて、じっと川面を眺めていると、次第に酔いも醒めてきまして、えらく清清しい気持ちになってきます。よ〜し!今日はこのまま朝の浅草を歩いてみるか!
 …と、不意に鳴り出す私の携帯電話。
 「あ〜、もしもし〜、ささやん?無事かぁ?昨夜の飲み代、ささやんの分も立て替えておいたから、今度ちゃんと返してよ〜」
 う〜ん、そう言えばお金を払った記憶が無いかも…いきなり現実に引き戻された感じ。
 

夜明け間もない浅草の上空。
冷夏だった東京の7月も、
次第に夏らしい暑さになってきた。

   

隅田公園から隅田川を見る。
昨晩の花火大会の名残はもうほとんど無く。
静まり返った川縁に居るのは数人の無宿者のみ。

  

今日は天気もまずまずのようですね。
夏の隅田川は朝方か宵以降がオススメ。
屋形船なんかも出て風情があるし。

  

吾妻橋。
浅草雷門から一番近い橋。
いろんな小説の舞台にもなってます。

  

この辺りは“花川戸”という町名。
この名は江戸時代からずっと残っている。
歌舞伎『助六』もこの界隈が舞台です。

  


東武浅草駅はどこかレトロな趣き。
高架下もなかなか味わいがあって好きです。
この高架は隅田川を横断して行きます。

  

 浅草は雷門から仲見世へ入る。当然店は閉まっているし、人通りもほとんど無い。脇に反れて、ひさご通り、花やしきへ。こちらにはチョロチョロと通行人が居たが、一歩路地裏に入れば途端に静寂に包まれる。日曜の朝だしね、皆さんゆっくり寝ていらっしゃることでしょう。
 主が寝ているのをいいことに、僕は通りすがりの民家の軒先の植木や花を繁々と鑑賞する。とくに朝顔があちこちに咲いていて、青、水色、紫、薄紅と思わず見惚れてしまう。これぞ日本の夏!などとしみじみしつつ、毎度ながら路地をやたら滅法に曲がりまくる。とは言っても、結局は浅草寺に出て来てしまうんだけど。
 浅草寺の境内にはチョロチョロと人影があって、中には観光で来たらしき人や参拝に来た地元の人などの姿が見られた。こんな朝早くに…って、まぁ僕もそんな早朝徘徊組のひとりなんだけど。
 ところで、僕がこうもしつこく浅草を歩く理由って一体何なんだろう?以前僕は「やさぐれた昭和の匂いが残る場所だから、浅草が好きだ」というようなことを書いた記憶がある。それは確かに僕が浅草に惹かれる原因のひとつであることは間違い無いんだけど…
 明け方の人影疎らな浅草。仲見世から伝法院通り、公園本通り、花やしき通り、五重塔通りと歩くうちに、頭の中に浮かんで来たのは江戸川乱歩の妖しげな小説のこと。『一寸法師』『陰獣』『屋根裏の散歩者』『押絵と旅する男』など、大正末期から昭和初期にかけて書かれた浅草界隈を舞台にした数々の著作。そして、江戸の頃には奥山(今の五重塔通り)辺りにズラリと出揃ったという露店や見世物小屋。
 聖と俗。それが何ら違和感無く一体化していた頃の浅草のイメージが、ふと掠める瞬間がある。混沌とした浅草の佇まいと、そこに居る人々。今だって、宵を過ぎれば観音様の裏手の路地には「おにいさん、遊ばない?」などと声を掛けて来る女性が立っているし、連れ込み旅館もひっそりと在る。もう少し先に行けばあの吉原も在る。外国人ツーリストがしきりに境内でカメラのシャッターを押す傍らで、修行者のように黒く痩せ細ったホームレスがしゃがみ込んでいる。では、そんな光景を傍観者気取りで見ている僕の存在は…?急に自分の足元が覚束なくなるような感覚がしてきた。
 …でも、イイんだよね、これで。聖にも俗にも入り浸れない凡庸な人間としての自分。それはそれで極めて気楽で、尚且つ楽しくもあり。
 


浅草・“仲見世”の裏側。
只今午前5時。ほとんど人は居らず。
静まり返ってます。

  

浅草名物・浅草のり。
紙を漉(す)く技術がもたらした名品です。
韓国海苔だぁ?てやんでぇ!

  

『ひさご湯』の煙突。
このコーナーでは何度か出て来てますけど。
何となく好きなんだよね、この煙突。

  

味のあるモルタル家屋に洗濯物。
並んだ鉢植えもイイ感じです。
何処となく下町っぽい気がしない?

  

こういう植木が並んでる感じってイイなぁ。
飽くまでも植木ね。ガーデニングなんかじゃなくて。
夕方に打ち水がてらの水遣りなんてイイよねぇ。

  

夏の早朝を彩る朝顔。
この花は涼やかで大好きです。
紫陽花、露草なんかも好きだなぁ

   

崩れかけたモルタルと笹っぽい植物。
…笹っぽいとしか言えない知識の乏しさ(^_^;)
ホントに植物には疎いんだよねぇ…

  

軒にぶら下がった鉢植えと風鈴。
これまた涼しげで趣きもあってグ〜。
何の植物なのかは…訊かないでください。

 

恐らく昨夜の花火大会に合わせて縁日があったんだろう。
…もしかすると毎日出てるのかもしれないけど。
バックに聳えるのは五重塔。

   

 浅草徘徊にちょっと疲れたので、このまま家に帰ろうかとも思ったんだけど、もう少し足を伸ばして“谷中”の界隈に行ってみることにした。実はここ最近の僕は、浅草〜上野〜谷根千に頻繁に出向いている。とくにこれといった用事も無いし、そうこまめに歩いたところで然程(さほど)大きな変化があるわけでも無いんだけどね。
 …というわけで、次の頁に続きます。
 
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