風をあつめて

 父方の実家が、東京・月島に在る。だから、子供の頃にはよく月島〜佃(つくだ)界隈に連れて来られた。僕にとっての東京の原風景は、この街に凝縮されている。
 その当時はまだ地下鉄有楽町線も大江戸線も開通していなかったから、浅草線の東銀座駅で下車して、歌舞伎座の前でタクシーを拾って、勝鬨(かちどき)橋を渡り月島へと向かうことになる。橋を渡るときにタクシーの窓から見える隅田川は、いつも緑掛かった色をしていて、ときどき海の臭いがした。
 父の実家は、月島の狭い路地に建つ間口の小さな二階家で、法事やら何やらで親戚が一堂に会すると、のんびり座っていられなくなるぐらいに犇(ひしめ)き合ってしまう。だから、子供達は体良く外へと連れ出される。年長の従兄(いとこ)に連れられて行く先は、大概晴海(はるみ)の辺りか佃の辺りだ。とくに佃の周辺は、その頃はまだ今のような高層マンション群は建っておらず、石川島播磨重工の工場や一部撤退した工場跡の空地などが在って、川縁には材木が浮かぶ木場も在った。そして、昔の風情を色濃く残した家並みと堀割。
 …べつにこれといって面白いものがあったわけじゃないのだけれど、僕はこの佃の街が好きだった。そして、月島の街も。今でこそ“下町情緒”なんていう便利な言葉を使って括ることも出来るけれど、当時の僕はもっと何かこう心の根っこの部分で、この街を好きだったんだと思う。懐かしさを味わうほど大人でもなかったわけだし、街の変化を感じ取るほど注意深くもなかった子供の僕が、なぜこの街に心惹かれたのか。今となってはもうさっぱり分からない。
 佃や晴海でブラブラとした後、“月島西仲通り”に行くのがお決まりのコース。今はこの西仲通りは“もんじゃストリート”などと称されて、もんじゃ焼きの店が怒涛の勢いで建ち並ぶ摩訶不思議な商店街と化してしまっているが、昔はべつにそれほどもんじゃ焼きに特化した街でも何でも無くて、そして僕らももんじゃ焼きなんぞには目もくれず、お菓子屋さんでアイスやスナック菓子を買って、それをムシャムシャ食べながら帰路につく。で、さらに月島の狭い路地でケンケンパやだるまさんがころんだをして遊ぶ。そんなことをしていると、不意に実家の中が騒がしくなる。どうやら酔っ払った親戚同士で取っ組み合いの喧嘩が始まったらしい。…あ〜あ、いつもこうなんだよなぁ。これだから親戚の集まる行事は嫌いなんだよ。喧嘩っ早くて酒に目が無い。酔えば必ず大乱闘。こんな大人にはなりたくないよなぁ…

 やがて、月島の街も佃の街も、それぞれ時代の流れに変化していく。とくに佃の街の変わり様には、正直言ってかなり衝撃を受けた。ウォーターフロントなんて呼ばれて、かつての工場地帯はハイソな空気を孕んだ高層マンションと整備された護岸公園に姿を変え、それから取り残されたような格好の古い家並みと奇妙なコントラストを放つようになった。くすんだ工場の色味を覚えている僕にとって、『リバーシティ21』という名のマンション群の威容は、まさしく「都市への変貌」そのものだった。訪れる度に景観を変えて行く佃の街を見て、僕は「街っていうのは生き物なんだ」ということを、初めて体感したんだと思う。
 生まれていくもの、育っていくもの、廃れていくもの、死んでいくもの。それが良いとか悪いとか、正しいとか間違っているとかじゃなく、何某(なにがし)かの力によって移り変わっていくもの。
 あの頃、酒に酔って大喧嘩をする大人たちを嫌悪していた僕だが、今もそれは変わらない。しかし、「それもまた仕方無いか…」と多少は“大人の事情”が分かって来ているのも確か。そう、ずっと同じでは居られないんだろうね、人も街も。
 

『リバーシティ21新川』と“中央大橋”。
隅田川を挟んで展開する高層マンション群。
まさしくウォーターフロントの具現化。

  


“佃公園”の一部(だと思う)。
ちょっと日本庭園風にも見える…かな?
もちろんバックには高層マンションが。

  

隅田川の水門。
佃の堀割は住吉神社を周り込んでここへ至る。
川との極めて密接な関係。

 

“石川島灯台”。下はトイレですが(^_^;)
これってたぶんリニューアルされたものだよね?
やたらと綺麗だし。

  

帽子を高く掲げている少女の像。
っていうか、キミキミ、スカート短すぎですよ。
髪型にも若干の違和感が…

  


『リバーシティ21』はまるで近未来都市のように。
それはそれで不思議な美しさを湛えつつ。
空までもがやたらと高く見えます。

 


もちろん、佃は“佃煮”発祥の地。
佃煮の老舗が三軒、今もしっかり健在です。
これは『丸久』ですね。

 

で、こちらは『天安』。建物がまた味わい深い。
この周辺には醤油の匂いが漂ったりします。
もう一軒『田中屋』も老舗です。

 

佃の古い家並みが残る一帯。
防火用水の貯水槽が植木蜂にアレンジされて…
趣きのある木造家屋の軒先にて。

 

これまたイイ味出してる小さな店。
入口では猫が日向ぼっこ。
店内には少し古いポスターなんかも貼ってあったり。

 

え〜っと…たぶん居酒屋か割烹の店だと思う…
でも、ひょっとすると空き店舗なのかも…
入口が巨大な流木で塞がれちゃってますし…

 


職人さんと思しき方の工房兼販売所、といった所か。
和物はやっぱり艶っぽくてイイですなぁ。
日本人だもんね、DNAレベルですからね。

  

佃の堀割。その背後に高層マンション。
江戸とTokyoが交錯する不思議な光景。
佃でも一番人気の撮影ポイントでしょうねぇ。

 

その掘割沿いに在ったのがこれ。
これって確かだいぶ前から在ったと思う。
“日の出湯”ってのが記憶に刷り込まれるもんね。

 

佃の路地裏。
この光景は20年前とほとんど変わらない。
この辺りを走り回ってた。

  

綺麗に舗装し直された路面と、『つり船 折本』。
仲良く歩く老女ふたりの背中。
何だかホホロッと来る。

 

『住吉神社』は佃島の守り神。
佃煮とも深い繋がりがあります。
ちなみに、この額は陶器で出来てる珍しい物。

 


普段は非常に静かなこの神社と佃の街。
三年に一度の大祭のときは人でごった返す。
今年2005年は、その大祭の年ですねぇ。

 

月島。
狭い路地があちこちに在る。
どこも似たような路地なので、子供の頃はよく迷った。

 


で、家の前には鉢植えの緑。
これが月島の定番です。たぶん。
僕の実家の前にもありますから。

   

路地に落書き。これもまた路地にはよく似合う。
僕もろうせきや白墨で書きました。
…これはどうやら名前みたいですね。「まゆ」って。

 

路地に面した家は、どこも間口は狭い。
どこか長屋を思わせるような佇まい。
物干し台越しの会話もラクラクです。

 


この路地の先に、父方の実家が在ります。
ここを通ると、何となく子供に帰れそうな気がする。
もちろん、それは単なる錯覚ですが。

 

“朝潮橋”から“晴月橋”を見る。
向かって左側は晴海。
川に囲まれた街を繋ぐ橋の上で深呼吸。

  

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