もうひとつの里帰り
     
 僕の父親は、5歳のときまで江戸っ子だった。
 父は11人兄弟の下から2番目だったのだが、終戦直後の物のない厳しい時代に11人もの子供がいたのではとても生活が出来ないということで、東京から離れて横須賀に移って来たのである。で、現在に至る、というワケ。
 なので、父の実家は未だに東京都中央区・月島という場所にあって、僕は子供の頃からよくここへ連れられたものだった。
 が、僕は正直言って、この月島に住んでいる親類があまり好きじゃない。
 とにかく気性が荒いのだ。ほんの3分前までにこやかに談笑していたはずなのに突然取っ組み合いの大ゲンカが始まったり、まったく些細なことで烈火の如く激怒したり、それが例え自分の身内の冠婚葬祭の場でも所かまわず怒鳴り散らしたり、もう大変。
 一度など、年賀状に『怨』の一文字だけ書いて親戚中に送ってきたこともあった。それを受け取った我が家では、怒りとかを通り越して「情けない…」という気分に家族全員が包まれた。
 そんなことをしたにもかかわらず、『怨』年賀を送った本人は結構ケロッとしているからさらに虚しい。死ぬまでやってろ!とか思う。

 …でも、そこに住んでいる親戚はともかく、僕は月島という町がわりと好きだ。
 西仲通りで“もんじゃ焼き”を食べて、晴海でモーターショーが開催されていると聞けばよく見に行った(その頃はまだ幕張メッセじゃなかったのだ)。車にはたいして関心はなかったけど、会場の周りに露店が出ていて、そこでつまらないものをしこたま買ってもらうのが楽しかった。アニメ主題歌がいっぱい入っている8トラックのカセット(歌っているのは偽者)、歯車みたいなのに穴が開いていてそこにボールペンを突っ込んでグリグリ回すと模様が描けるとかいうもの、砂絵セット、学研の『かがく』の付録の在庫処分品、などなど。
 
 久しぶりにフラッと来てみた月島は、ウォーターフロント開発(死語?)で町の様子は結構変わっている。
 でも、まだ取り残されたように昔の家並みはそこかしこにあった。
 懐かしいなぁ、なんて感慨に耽ってみたり。
 …親戚の家には寄らなかったけどね!


月島の家並み。
この通りに親戚が住んでる。


碁盤の目のように
細い路地が並んでいる。


子供の頃はどの通りも同じに見えて
よく道に迷った。


この奥にも
飲み屋やもんじゃの店がある。


今にも崩れそうな家。
でも人が住んでる。


朝潮運河。
晴月橋の上から。


屋形船や釣り船。
乗ったことない。


川縁を中心に立ち並ぶビル。
“湾岸”ってカンジ?


西仲通り。通称“もんじゃストリート”。
もんじゃ焼き屋がいっぱい。


西仲入り口にある交番。
趣きアリ。


昔ながらの路地の向こうに高層ビル。
結構象徴的な眺め。

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