“聖”と“俗”…“聖”編 〜テツガクノススメ
    

 東京・中野にある『哲学堂公園』。
 明治34年に哲学者・井上円了博士が“四聖堂”という小堂を建てたのが、この公園の由来なのだそうだ。
 そもそも“哲学”と聞くだけで「ぐえ〜、何だか難しくて頭痛くなりそう」などと思ってしまうのだが、実際、この公園の中に入ると、「??」となってしまうような場所なのである。
 
 公園は、大きく分けて2つのゾーンから構成されている。
 ひとつは、野球場やテニスコートのある極めて単純明快、スッキリと分かりやすいエリア。
 そして、もう一方が問題の「なんだってこんな小難しいの?」と思ってしまうエリア。
 
 小難しいエリアに入ろうとすると、まず真っ先に目に入るのが“真理界”などと彫られた『哲学関』なる門柱。
 「これより境内に進むことにより、哲学的な宇宙の真理を味わい、且つ、人生の妙趣を楽しむところである」ということを表してるんだってさ。分かるような、分かんないような…
 で、その問題の境内に進むと、お堂や蔵がいくつかあって、これまたいちいち小難しい名前がついている。
 『哲理門』 『常識門』 『時空岡』 『百科叢』 『懐疑巷』 『二元衡』…
 さ〜っぱり分かりませ〜ん!
 だいたい“妙正寺川”というちゃんとした名前がある川に“数理江”なんていうケッタイな名前をつける必要ないじゃんよ!
 これって、頭のいい人のすることは凡人の及ぶところではない、ってことなのだろうか。
 …別に僕は凡人でも一向に構わないんですけどね〜。

 でも、さすが哲学堂!
 ホームレスの人もベンチで静かに文庫本を読んでらっしゃいました。
 買い物帰りの、両手にトイレットペーパーをドッサリ下げたおばさんまでも、何だかとても高尚な人に見えてくるから不思議。
 そうか。哲学って、こんなふうにそれぞれの尺度で感じるものなワケね。
 だったら、僕なんていつだって哲学してるってことになるんじゃないの?俺様ってアッタマいい〜♪
 (哲学に詳しい方、ごめんなさい)
   


左に野球場、右にテニスコート。
さながら『巨人の星』と『エースをねらえ!』に
はさまれた感じね。

      


将棋を指しているおじさんたち。
なんと風情のあることよ。
僕は将棋って、ぜんぜん知りません。

  

哲学世界への入り口。
真理の宇宙へレッツゴー!
…ちょっとアブナイ気もしますが…

    

『哲理門』をくぐって境内へ。
幼稚園児がかくれんぼしてました。
真理は迷宮である。なんちって。

   

『資生堂』じゃなくて『四聖堂』。
孔子・釈迦・ソクラテス・カントが祀られてます。
遥か昔に習ったような…

  

『宇宙館』。万博のパビリオンじゃないです。
哲学って“宇宙の真理を研究する”んだって。
知ってた?

   

『六賢台』。
聖徳太子や菅原道真など6人を祀ってます。
要するに、頭のいい偉人を。仲間に入れて〜!

   

『三祖苑』。
黄帝・足目・ターレスが彫られてます。
…誰?

    

散策するにはもってこいの環境。
木漏れ日がやさしいのだ。
いい気持ちである。

   

『演繹観』。要するに休憩所。
ここで内省しろってさ。
…でも、椅子がないんですけど…

    


『主観亭』。これも休憩所。
サラリーマンが心界の風光を観察してました。
…ウソ。タバコ吸ってただけ。

    
  
どこもかしこもこんな調子で名前がついてます。
ここまで来ると笑っちゃいます。
だって、ここは…(下に続く)

    

…ただの池なんだもん。
ちなみに『理性島』には『概念橋』を渡ります。
…やりすぎじゃあないの?


       

つつじがきれいに咲いてます。
『直覚径』という道です。
“唯心”から“理論”への近道だそうです。
…なんのことやらさっぱり。

  

いやぁ、木漏れ日がきれいだねぇ。
哲学はよく分からないけど、
これさえ分かってれば万事快調!って気がする。