UPPER&DOWNER


 那覇に泊まると、大概その翌朝は“那覇のスージグヮー(小路)散策”を決め込んで、早朝から路地裏をウロウロと徘徊するのが習わし化している僕なのだが、1月、7月と散々那覇の街を彷徨った後だったので、この日の散策はあっさりめで済ませることにした。まぁ、正直に言っちゃうと、“街歩き”にちょっと飽きてたんですけどね(^_^;)。
 鼾(いびき)をかいて熟睡中のKを尻目にホテルを出て、国際通りの周辺を小1時間程度ほっつき歩く。午前6時過ぎの国際通りとその界隈は、人も車もほとんど見られず、昼間や夜の賑わいが嘘のように静かな空気に包まれている。昨夜降った雨が路面を少し濡らしていて、路地裏に入るとコンクリートの埃っぽい匂い、土の匂い、草の匂いがそれぞれ生温く漂っていて、不思議と懐かしいような気分になる。
 散策を切り上げてホテルに戻ると、目を覚ましたKがぼんやりとテレビを見ていた。彼は天気予報を見ていたようだ。
 「外の天気はどうだった?」と訊くKに、「まぁまぁ晴れてるよ」と答える。
 「今日はどうする?石垣(島)に行く予定なんでしょ?」と僕が訊くと、Kは「う〜ん…」と言ってしばらく考えていたが、「夜までに石垣に着ければイイかなぁ。夕方の飛行機で石垣に渡ろうか。それまでは本島を周ってみよう」という結論を下した。本島を周る、ねぇ…個人的にはさっさと石垣に行ってしまいたいところなんだけど…Kさんの行動パターンには辟易としてるんですが…まぁ、イイけどね。
 ホテルをチェックアウトして、僕らはレンタカーに乗り込み、那覇を後にする。Kさんは329号線を北上し始める。…しかし…北上が好きだね、この人。
 

恒例・早朝の那覇散策。
今回はちょっと手短に。
あまり時間も無いことですし。

 


人っ子ひとり居ない国際通り。
市場界隈にもほとんど人の姿は無し。
空気も心なしか澄んでるような気がする。

 

牧志公園の裏側の路地。
スージグヮー(筋小)はやっぱり魅力的です。
ズンズン先へと歩きたくなる。

 

家の敷地との境界もあやふやになっていく筋小。
毛細血管のように街の隅々へと広がっていきます。
これが僕が那覇に惹かれる最大の理由。

 

一晩お世話になった『シーサー・イン那覇』。
「ヒューマンなホテル。」みたいですよ。
立地的にはとても便利なステイ先です。

 

ホテルの駐車場の前に在った郵便ポスト。
なかなかアンティークな趣きです。
…べつに“沖縄的”でも何でも無いですけどね(^_^;)

 

 329号線をひたすらに北上して行くK。安慶名に差し掛かった辺りで、不意に「“勝連城跡”に行ってみようか」と言い出した。僕は内心「勝連城跡ねぇ…もう既に2回ぐらい行ってるし…」と思っていたのだが、Kにとっては沖縄旅行12回目にして“初”の勝連城跡訪問なのだった。あれ?そうだったっけ?今までこの城跡の真下を何度も通過してるはずなんだけど、どうやら完全無視をし続けていたようである。
 「…Kさんの場合、そういう場所はまだまだいっぱいありそうだよね。“すぐ近くまで行ってるのに無視して素通り”みたいなのが。例えば備瀬の集落とかさ、名護の市街とかさ、挙げたらキリが無いぐらいに」
 「何?それってイヤミ?」
 「いや、ある意味素晴らしいことなんじゃないの?まだ知らない場所がたくさん残ってるってことは。今後の楽しみもたくさん残ってるってことだし」
 「…やっぱりイヤミでしょ?」
 「分かってるんだったら、その行動パターンを少しは改めてみようって気にはならないのか?」
 「仕方無いじゃん。俺はいつだって自由なんだから」
 「(↑ワケ分からん)ああ、そうだねそうだね。Kはいつだって自由だよ。そんな自由なKさんに付き合わされる不自由な俺…俺って可哀想だなぁ…」
 「……」
 というような不毛&無意味な遣り取りをしつつ、勝連城跡に到着。ここ勝連城跡も“琉球王国のグスク遺跡群と関連する遺産群”として2000年に世界遺産に登録されている。それ以前は、石積みの城壁も周辺の路面状態もかなり荒れている印象があったのだが、登録前後辺りから整備工事が始まって、今では随分とこざっぱりした趣きに変化した。しかし、何だか知らないけど、それ以降城跡の敷地内に年がら年中工事車両が入ってるような…この4年間、ずっと何処かしらの整備をしてるんだろうか?それはそれで大変だと思うけど…
 さて、そんな具合に整備の進んだ城跡の最上部へと僕らは上り、そこから見渡せる眺望をしばらく堪能する。沖縄の城跡の多くは、そこからの眺望が実に素晴らしい。中城しかり、座喜味しかり、今帰仁しかり。まぁ、そもそも城を建てる際には、軍事的な理由で眺望の良さも重要な条件になるのは必然であるのだろうけどね。
 こうして城跡から下界を見渡していると、すぐ近くに在る与勝中学校の校内放送が聞こえてきたりして、ちょっとばかり長閑(のどか)な気分にもなったり。かつて、琉球戦国時代(って言うの?)にその名を馳せた難攻不落の要塞で、中学生の校内放送を聞く。時間ってのは流れて行くものなんだなぁ、と若干しみじみしたりして。
 

世界遺産・“勝連城跡”。
Kさんは初めてここへ来たらしい。
どうやら東海岸への関心が薄いみたい…

 


世界遺産登録前後から、整備工事が頻繁に。
以前はちょっと荒廃してるっぽかったのだが…
それはそれで味があったと思うけど。

 

階段もしっかり整備されてます。
以前は足場がかなり悪くて、少し怖かったなぁ。
石の城壁も一部修復されてます。

 

最上部からの眺望。
見晴らしはバツグンです。
かな〜り遠くまで見渡せます。

 

 勝連城跡を離れ、次に僕らが(というか厳密にはKさんが)向かったのは、“海中道路”。このネーミングを最初に聞いたときは「おお!海中の道路!それはきっと海中トンネルみたいなものに違いない!ひょっとすると車で走りながら海の中を堪能出来るアクアチューブ(@八景島シーパラダイス)みたいなものかも!?」と色めきたったのだが、実際は海の上に掛かる橋だったりして…あ、べつに海中道路を非難してるわけじゃないんですよ、これはこれでなかなか快適なドライブポイントだと思うし。
 僕とKが初めてこの海中道路を渡ったのは、1996年10月4日のこと。…え?何でそんなに正確な日付を憶えているのかって?それは、この日が『新宿タカシマヤタイムズスクエア』のオープン日だったからなのだ。この頃の海中道路はちょうど改良工事の真っ最中で、仮設(?)の真っ平らな砂利の道が平安座島まで続いているだけだったような記憶がある。その道を通って伊計島の有料ビーチに行ったものの(これが僕らの有料ビーチ初体験だったのだが)、ビーチにはビーチバレーの類やマリンスポーツの類に興じる若者が溢れていて、場違いな空気にすっかり気後れしてしまった僕らは、ビーチで遊ぶのもそこそこに、近くに在った食堂で何故かカツカレーを食べたのだった。その食堂のテレビから流れて来たのが「新宿タカシマヤタイムズスクエア開店」のニュースだった、ってわけね。ブラウン管の中に映る開店を待つ黒山の人だかりと、開店と同時に店内にドォ〜ッと雪崩れ込む客の様子を、僕ら以外に客が居ない静かな食堂で見る…その不思議な疎外感。食堂のおばちゃんがテレビを見ながらぽつりと呟いた「ハァ〜!やっぱり東京は人が多いねぇ」の言葉と共に、僕にとっては何だか忘れられないワンシーンとなっているのだ。
 …何だか思い出話が随分長くなっちゃったけど、このときのことをKさんはまったく憶えていないらしい。KさんらしいっちゃKさんらしいけど。

 で、2004年。僕らは立派に改良された海中道路を渡って、石油備蓄基地を脇目にしながら平安座島を通過し、さらに宮城島を通過し、伊計大橋を経て伊計島へ。あの懐かしい(実はそうでもないけど)伊計ビーチを左に見ながら、Kは伊計島の集落へと入って行く。
 伊計島の集落を少し車で巡回していると、伊計の漁港に辿り着いた。静けさに包まれた漁港の前に広がる海の色は、かなり澄んだ青色だった。どうやらKはこの漁港をとても気に入ったらしく、やたらと「イイねぇ」「落ち着くねぇ」といった感想を洩らす。…もしかすると、Kにとって今回の旅行で一番の収穫は、この伊計漁港だったのかもしれない。う〜む…それってどうなんだろう?確かにここは長閑で良い場所だとは思うが。何しろ、彼はここに着くまでに伊計大橋からの海の眺めを素通りしてるんですよ?僕だったら断然、伊計大橋周辺の海に軍配を上げるところなんだが…まぁ、感動の基準は人それぞれ、ってことですかね。
 かなり長い時間、この漁港でボサ〜ッとしていたKさん及びそれに付き合った僕が次に目指したのは、“伊計灯台”。あ、申し送れましたが、このとき僕らが借りていたレンタカーにはカーナビが搭載されていて、そのナビの画面に“灯台”の表示が出ていたんです。で、それを見たKが急遽「灯台に行ってみよう」と提案してきただけのことなんですが。
 ところが、カーナビの指し示すとおりに伊計島の田園地帯を進んで行くと…
 「…ナビの案内どおりに行くとしたら、この大きな畑を突っ切って行くことになるみたいだけど…」
 灯台への道はやがて畦道(あぜみち)となり、行く手には畑と防風林があるばかり、という状況に。
 「どうしようか…この辺りに車を停めて、歩いて探したほうがイイんじゃないか?」と言う僕の言葉を無視して、Kは畑をグルリと周り込むように伸びる細い畦道をズンズンと進み、そのまま防風林の中に続く轍(わだち)のような道無き道へと突入して行く。
 「おいおい、大丈夫なのか?こんな防風林の中に灯台なんか在るのか?」と不安になる僕を余所に、Kは構わず轍を辿って突き進んで行く。…イイのかなぁ、この道で…違うような気がするんだけど…
 と、半ば諦めモードの僕だったのだが、程無く伊計灯台が現れた。
 「ほら!在ったじゃん、灯台が!やっぱり俺の選択は正しかっただろ?」と妙に勝ち誇って言うKに、僕は「そうだね、確かにKの選択は間違ってなかったね」と素直に言葉を返した。だってさ、大概こういう場合のKの選択は間違ってることが多いし…
 「…でも、何だか小さいね、この灯台。もう少し立派な灯台を想像してたんだけど…」と、いきなりKは灯台に対する興味を失ってしまった様子だ。わざわざここまで来たのに、車から降りようともしないKに、「せっかく来たんだから、少しは灯台を見てあげたらどうだ?」と言う僕。Kは渋々車から降りて、僕と灯台とその周辺を歩いてみる。が、とにかくこれといって何か目ぼしいものが在るわけでも無いので、早々にその場を離れることになった。
 「さて、そろそろ那覇に戻ろうか」と、Kは来た道を引き返し始める。
 「石垣島に発つ飛行機は夕方だから、まだまだ時間に余裕はあるけどね。って言うか、せっかく伊計島まで来たのに、海もロクに見ずにこのまま引き返すのも、ちょっともったいないような…」
 そんな僕の言葉に聞く耳を持たず、Kさんは伊計島を後にする。
 

“海中道路”を渡って平安座島へ。
Kさん、約8年振りにこの橋を渡ります。
ちょっと興奮気味のご様子です。

 

平安座島から宮城島を経て伊計島へ。
これはたぶん宮城島か伊計島の道路。
ちょっと記憶が曖昧です。

 

伊計漁港の海。
かなり綺麗な海の色でした。
Kさん、この時点でかなりご満悦状態。

 

漁港には、車は在れど人の姿はまったく無かった。
もの凄く静か。
離島の雰囲気もどこかに残ってて、ちょっと嬉しい。

 


Kさんが入り込んだ防風林の中の轍。
ホントにこの道でイイんだろうか?
しかし、この道をズンズン進んでいくと…

  

“伊計灯台”に遭遇。わりと小さな灯台です。
しかし、この灯台、分かり難い場所に在るなぁ。
観光の人はあまり訪れないんじゃないかなぁ?

 

その灯台のすぐ傍に、このようなものが…
御嶽などの拝所、もしくはお墓かも。
比較的新しい建築物っぽいのだけれど。

 

伊計島から伊計大橋を渡って戻って来ました。
この橋の下に広がる海が、これまた美しい!
Kさんを無理矢理停車させて、海見物に。

 

 「K、車を停めてくれないかなぁ」
 伊計大橋に差し掛かったところで、僕はKに言った。
 「え?何で?」
 「いや、俺、この橋から見る海が結構好きなんだよね。ちょっとだけ寄ってもイイ?」
 「あ、そうなんだ。イイよ」
 よかった、言って。言わなければKはこのまま大橋を完璧にスルーしていたに違いない。
 車を橋の袂にある空きスペースに停めて、僕らは大橋を歩いてみる。橋の下には目の醒めるような青い海が広がっていて、西南から吹いてくる潮風が穏やかに吹き渡って行く。海辺の岩場には、釣りを楽しんでいる人の姿や、水遊びしている地元の子供達の姿も見える。…あれ?今日は木曜日だったよな?平日の昼間に何で子供がこんなところに?学校はどうしたんだ?…まぁ、野暮なことは言うまいて。
 僕が一人心地好さにうっとりしている一方で、Kはあまり関心が無いらしく、橋の上をウロウロと歩いて、すぐに「もういい?那覇に戻ろうよ」と言い放つ。…Kよ、漁港ではあんなに時間を割いたのに、ここはその程度の扱いなのか?

 さっくりと伊計大橋を去り、そのまま海中道路に入るのかと思いきや、急にKが「平安座島の反対側の方に行ってみようか」と言い出した。平安座島の反対側?ああ、浜比嘉島のことね。イイですよ、行きましょう。
 浜比嘉島と言えば、“アマミキョの墓”だろう。僕は2000年に一度来たことがあるのだが、Kは今回が初めての墓参(?)となる。浜比嘉の漁港の駐車場を拝借し、僕らは“アマミキョの墓”へ向かう。
 アマミキョのことと、この墓のことについての解説は…面倒なので割愛します。ごめんなさい、アマミキョ。ノッチ岩などがモコモコと群れる海辺に墓は在って、その墓が設けられている一段と大きな岩の存在感は、琉球開闢(かいびゃく)の伝説と相まって、何処か神聖なものに思えて来る。
 …懸命な読者の皆様方は、恐らくすでに察していらっしゃることとは思うが、Kさんはと言うと、アマミキョの墓にはほとんど関心を向けることも無く、ただ何となく墓の周辺を徘徊し、「…もう行こうか」と言うや否や、車を停めた漁港の方へさっさと歩き始めた。…ホントにコイツってヤツはつくづく…
 

相変わらず無感動な感じで先を歩くKさん。
…この人の感動の基準がよく分かりません。
かれこれ12年の付き合いになるんですが…

 


ホントにスゴイよ、この橋から見える海は。
目が醒めるような青。
本島周辺でも、海が綺麗な場所はいっぱいあるねぇ。

 

地元の子供達が、岩場から海にダイブ!
こんな綺麗な海で遊べるなんて、恵まれてるよなぁ。
って、当の子供等にとってはフツーのことなんだろうが。

 


岩場に釣り人の姿もありました。
何だか時間が止まってしまったような穏やかな空気。
しばらくここで海を観ていたい…

 


浜比嘉島に移動して、“アマミキョの墓”へ。
この辺りの巨岩群もなかなか見応えあり。
僕は4年振りの訪問。Kさんは初めて。

 
 
ところで、ホントにここにアマミキョが眠っているのかな?
って言うか、そもそもアマミキョの存在自体が…
あ、そんな無粋&失礼なこと言っちゃダメですよね。

  

 与勝半島から嘉手納を経て、国道58号線に入り、そのまま那覇までノンストップで移動。レンタカーを返却して那覇空港まで送迎車で送ってもらう。
 さぁ!石垣島に行くぞ!今年は八重山滞在がいつもより短いので、一日たりとも無駄には出来ないぞ!そこんとこ、分かってんのか!?Kさん!!
 とにかく、二日間のうち一日は波照間島に行くことが内定してるので、実質あと一日。そこが問題だな。その一日をいかに有意義に過ごせるか、そこが鍵になるな。個人的には離島に行きたいところなんだが…そうすれば、Kさんのサメ・ドライブに付き合うハメにならずに済む。よし!何とかして離島に行くぞ!
 (…と、「!」の連発で策を案じる僕だったのだが、旅の後半になるにつれ、Kのペースにどんどん嵌っていくことになろうとは…嗚呼、俺の馬鹿!そして、Kの馬鹿ぁ〜!)
 
 飛行機の出発時間まで少し余裕があったので、僕らは空港内のレストラン『琉球村』で、八重山そばを啜(すす)りながら、今後の大まかな予定を立てることにした。
 「明日は、天気が良かったら波照間に行こう」とKが言う。うんうん、それでイイと思いま〜す♪
 「明後日はどうしようか?」と僕が訊ねる。
 「明後日は…え〜っと、去年はどの離島に行ったんだっけ?」
 「去年?去年は八重山だけじゃなくて、宮古にも行ったからねぇ。八重山の離島は竹富島にしか行ってないよ」
 「そうか…じゃあ、今年は竹富はやめておこう」
 「(べつにやめる必要は無いような…)じゃあ、どこに行きたいんだ?」
 「う〜ん…石垣をテキトーに周ろうか」
 「(ほら来た!!)それはヤダ!!絶対それは認めない!認めるわけにはいかない!」
 「…何でそんなにイヤがるの?石垣島には興味無いの?」
 「いや、石垣島に興味が無いわけじゃないよ。ただ、石垣島だとレンタカーでのサメ・ドライブの危険性が高くなるから、それは避けたいだけ!」
 「またささきはそういう人聞きの悪いことを…大丈夫。今回の旅行はいつもと違うでしょ?結構いろんなところに寄ってるでしょ?」
 「そうか?それはKの気のせいなのでは…?それに、ただ単に何処かに寄りゃあイイってもんでも無いと思うんだけど…例えば初日のアウトレットモールあしびなーなんかが良い例だけど」
 「…じゃあ、どこの島がイイ?」
 「え〜っと…例えば与那国島とか」
 「与那国ねぇ…俺はあんまり興味が無いんだよなぁ、与那国って」
 「(行ったことも無いくせに!)それだったら、小浜とか黒島とか」
 「う〜ん、あんまり気が進まないなぁ」
 「いっそのことパナリとか鳩間島とか…って、それは日程的に無理だけど」
 「…ま、いいよ。明後日のことは明後日になってから考えよう」と、Kは軽く話を締めた。
 明後日のことは明後日に決める。それはそれで素敵なことだと思うし、沖縄を旅している者の姿勢としてはとても理想的だとも言えよう。だがしかし、相手がKさんだからなぁ…途方も無く不安なんですが…

 そうこうしているうちに、石垣空港行きの飛行機に乗る時間になった。
 「これから八重山に行くんだ」という希望と、「マンネリ&サメ・ドライブの餌食(えじき)」の脅威が交互に覆い被さって来る、この複雑な胸中。
 そんな僕の心境にKが気づくはずも無く(そもそも恐ろしく鈍感な人ですから)、飛行機に乗ると同時に口をポカ〜ンと開けてグーグー爆睡している。…口にピンポン球でも突っ込んでやろうか、と。
 

では、石垣島に移動するべく、那覇空港へGO!
八重山も晴れてるとイイなぁ。
今年は(も?)波照間に行くぞ〜!!

 

那覇空港内の食堂“琉球村”で八重山そばを注文。
トッピングのかいわれ大根にはちょっと疑問を感じるが…
まぁ、イイ。とにかく八重山に行くぞ!


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