あっさりと


 そりゃあね、確かに『首里城公園』は沖縄を代表する観光地でもあるわけですし、外せないポイントだとは思うんですよ。…しかし、通算4回も足を運ぶような場所なのかどうか、と言うと、ちょっと疑問ではあるんですけど…
 僕らはゆいレールで“首里駅”まで移動し、そこから20分弱の道程を『首里城公園』目指して黙々と歩き出す。う〜む、何だかかったるいなぁ。さっき『花笠食堂』で腹がはちきれそうになるぐらい食事を摂ったばかりなので、尚更歩くのが億劫に感じられた。
 Kさんがやたらと首里城を訪問する理由は、前ページでも触れたとおり「那覇近郊で手頃な暇つぶしの場所として最適」という、琉球王朝に対する冒涜とも言われ兼ねない認識によるものなのだが、どうやら彼の中に潜んでいる“歴史オタクの血”が騒ぐのも事実のようである。
 一方、僕はと言うと…まぁ「1〜2度来りゃあそれで充分じゃないの?」程度の思い入れしか無かったりしてね。友人Kよりも更に上を行く琉球王朝への冒涜っぷり。王様及び再建に携わった皆さん方、ホントにごめんなさい。
 さて、首里駅から首里城公園へと向かう道程は、比較的起伏の無い平坦な道なのだが、如何せん歩道の幅が狭い。琉銀の在る変則的な交差点を過ぎると、人が擦れ違うのにも気を遣うような狭さになる。考えてみれば、この道を徒歩で移動するのって、93年の“初沖縄”のとき以来かも知れない。大した距離じゃ無いはずなのに、何だかエラく疲れる気がするんですけど…これは道の狭さの所為なのか?はたまた首里城に行くこと自体にあまり気乗りしていない僕の精神状態の所為なのか?
 KさんはKさんで「今年の旅行は随分と足を酷使してる気がするなぁ」などと呟きつつ、初日の竹富島散策以降、なかなか回復しない足の疲労に閉口気味のご様子。よっぽど「だったら、いっそのこと首里城に行くの止めにしない?」と提案したくもなったのだが、僕もそんな厭味(いやみ)を吐く気にもなれない。ア゛〜ッ!歩くのかったりぃ〜!という気持ちで一杯だった。
 …で、そんなこんなで辿り着いた首里城公園。「ハァ〜、やっと着いた…」と安堵した僕。“円鑑池”の方から回り込むようにして“守礼門”の前に立った途端、Kさんがポツリと言った。
 「…(公園の)中に入る?入らなくてもイイよね?」
 「えっ?!せっかくここまで来たのに、城内に入らないって言うのか?」
 「だって、べつに中に入ってもさ…これと言って目新しいものが在るわけでも無いし…」
 …さすがにこのときばかりは、堪忍袋の尾が切れた。
 「じゃあ何で“首里城に行きたい”なんて言ったんだよ!わざわざ守礼門を見るためだけに来たってのか?!ふざけんなよ!俺の今までの労力と時間を返してくれよ!」
 「…そんなこと言ったって…」
 「“…そんなこと言ったって…”じゃない!も〜!オマエってヤツはまったくもってどうしてこういつもいつも飽きもせず懲りもせず!」
 「…じゃあ、城の中に入る?」
 「………いや、入らなくてイイよ。何だか猛烈な虚脱感が…」
 結局、約20分掛けて辿り着いた首里城公園を、たった3分弱で立ち去るハメに。
 「それにしても、ゆいレールの首里駅から首里城公園までって、意外と距離があるんだねぇ。もっと近くに駅を作ればよかったのに」と、Kが言う。…もしもし、Kさん。そのことは、事前に僕がちゃんと忠告したでしょ?駅から結構歩くことになるよ、それでもイイのか?ってね。やっぱりこの人、人の話を全然聞いて無いんだなぁ。…きっと長生きするよ、キミは…
 

何度目だ?!な『首里城』。
いや、僕も決して嫌いでは無いですけど。
…Kさん、少ししつこいですよ。

  

円鑑池&弁財天堂。
このお堂は40年ぐらい前に復元されたもの。
わりと新しいんだなぁ。

  

超有名な“守礼門”。
コッテコテの記念写真撮影スポットのひとつ。
琉装のお姉さんをトッピングにどうぞ。みたいな。

  

で、首里城名物のひとつ、修学旅行生。
土産物屋に群がっております。
でも、買ってる物は主にアイスや飲物だったり。

  

ほらね、記念写真撮影してるでしょ?
イイ思い出にしてください。
で、また沖縄に遊びに来よう!って俺は観光局の回し者か?

  

 途轍も無い徒労感に襲われながらトボトボと歩く僕と、何食わぬ顔で歩くKさん。と、その何食わぬ顔の人が急に思い出したように言った。
 「あ、『玉陵(たまうどぅん)』に行かない?」
 「え?玉陵?」
 「そう、確かここから近かったよね?」
 「うん、すぐ近くに在ったと思うけど…」
 「じゃあ行こうか」
 「そうだね」
 正直言って、もうこの類の観光スポットにはほとんど興味が無い僕なのだが、Kさんはかなりノリノリで『玉陵』に向かう。
 拝観料(?)を払って、玉陵に入る。玉陵の真正面にはちょうど『首里高校』が建っていて、教室の窓からこの玉陵が見下ろせる立地になっている。で、数人の首里高の生徒達と窓越しに目が合った。差し詰め「ああ、また観光客が玉陵に入って行ったな」なんて思ってるんだろうなぁ、などとどうでもイイことに気を盗られつつ。
 さて、肝心の玉陵だが、これがかなりデカい。以前、伊是名島で“伊是名玉御殿”という王族の墓を見たことがあったが、それとはちょっと比べ物にならない程立派だ。恐らく「日本最大級のお墓」と言っても過言では無かろうて(古墳とかを除けば)。この敷地面積の5分の1でもいいから、僕にもらえないだろうか?と一瞬思ってしまう。そしたらそこで『民宿しましま(仮)』でも開業して、夢の沖縄ライフを送ることが出来るんだけど…でもなぁ、民宿なんぞを開業しちゃったら、そうそう民宿を留守にするわけにはいかないし、そうなると自分の好き勝手に遊び回るわけにもいかなくなるわけで…それじゃあせっかく沖縄で暮らす意味が無くなってしまうような…
 と、そんなどうでもイイことを薄らぼんやりと考えている僕の傍らで、Kは周囲をふいっと見回して、「…そろそろ行こうか」と何食わぬ顔をして言う。
 「…おいおい、滞留時間約3分ってところですよ、Kさん。わざわざここまでやって来たというのに、そんなふうに無感動な感じでサラッと見切りをつけるの、止めていただけませんか?入場料も払ってるんですから、せめてもう少しじっくり観察するべきなのでは…?」
 「だって、べつに面白く無いし」
 「……」
 この人って、ホントにどうかしてると思うんですけど。
 その後、併設されている資料館めいた施設に申し訳程度に立ち寄ったりはしたものの、それを含めても10分弱の短い時間で玉陵の見学を終え、さっさと首里界隈を後にするK。それに付き従う僕。この途方も無い徒労感は一体何なんだろう?って言うか、ハッキリ言ってKという人物のことが、益々よく分からなくなった今日の道程。脇目もくれずに首里駅へと歩を進めるKさんの背中を眺めつつ、首をかしげるばかりである。首里城及び玉陵に行きたがったのは、他でも無いKさん本人なのにねぇ…
 「もうこのまま那覇空港に行っちゃおう。ちょうどいい暇つぶしになったよね」などと悪びれもせずに言い放つ彼に、僕は最早成す術も無く、「そうだね…」と適当な相槌を打つのがやっとの状態だ。
 

『玉陵(たまうどぅん)』の入り口。
琉球の王朝の墓陵。
何やら一部補修工事中でした。

  

石垣の門をくぐると、その奥にまた門が。
思わず「これが墓なのか?」と呆れてしまうデカさ。
…もっとも、沖縄の墓はどれもデカいけどね(^_^;)

  


玉陵全景。…と言いたいところなんだけど…
デカ過ぎてカメラに収まり切らない。
左から東室、中室、西室です。

  

中室の扉。
この中で遺体を数年安置し、その後洗骨したらしい。
石壁の色具合もなかなか宜しいです。

  


え〜っと…これもシーサーですよね?
何だかエジプトや東南アジアの遺跡チックですが。
壁面にもいろんな細工が施されてます。

  

これも…シーサーですかね?
直立してます。愛嬌があってユニークな感じ。
「僕、玉陵のマスコット、玉ちゃんで〜す♪」みたいな。

  


管理事務所の地下には資料コーナーも。
心なしか会議室めいた室内ではありますが。
写真や模型で玉陵を分かり易く解説。

 

…だそうです。
「主に」ってのがちょっと気になる。
他にはどんな人が葬られてるんだろう?

  

洗骨の風習は東南アジアや台湾にもある。
その儀式めいた死に纏わる行為に興味は尽きない。
様々な死生観や宗教観。

  


結構“墓荒らし”の被害にあったみたいです。
まったくバチ当たりだよなぁ。
って言うか、警備する人を置くべきだったのか?

   

再び円鑑池の弁財天堂。
またこれから首里駅に歩いて戻るのか…
ちょっとブルーな気分に…

  

『円覚寺跡』の総門でウガンしていた地元の方々。
ここって第二尚氏王家の菩提寺だったらしい。
円覚寺って言えば鎌倉にも同名のお寺が在りますね。

  

 そして、那覇空港へ。飛行機の出発時間までまだ少し余裕があったので、僕らはみやげ物屋を適当にひやかしたりしながら、ダラダラと時間を遣り過ごす。…どうも最終日はこういうパターンに陥り易い。何となく「おまけの一日」っぽくなってしまうのが、酷く勿体無い気がするのは、単に僕の貧乏性の所為か。
 Kは、先程牧志の市場であれだけ大量のみやげ物を購入したというのに、空港内の売店でもまたあれやこれやとみやげ物を物色している。僕が半ば呆れ顔でそれを指摘すると、「市場で買ったのは人に贈るみやげ物で、ここで買うのは自分用のみやげ物」なんだそうな。ふ〜ん、そう。
 …蛇足なんだけど、この当時僕は急性副鼻腔炎(俗に言うところの蓄膿症ってヤツね)を患っていた。普段はとくに生活に支障を来たす程のことでも無かったのだが、ちょっとでも風邪を引くと、洟(って言うか膿?)がとめどなく流れ出し、挙句の果てにはその膿が鼻腔の奥を圧迫するもんだから、猛烈な頭痛に似た症状を巻き起こしたりする、なかなか厄介な病だ。沖縄に居る間はそのことをすっかり忘れ去っていたのだが、飛行機に乗った途端に、その病が僕に牙を剥いて襲い掛かって来た。離陸と同時に頭痛が始まり、飛行機の高度が上昇すればするほどその痛みは強くなる。恐らく気圧の変化で膿が神経を圧迫したんだろうと思う。僕は座席に着きながら身悶え、呻きを押し殺す。が、ついに耐え切れなくなって、フライトアテンダントを呼びつけ、頭痛薬をもらった。…というような地獄の責苦を味わっている僕の隣りで、Kさんはしっかりうたた寝中。自分が苦境に立たされているときほど、他人の脳天気さ加減がムチャクチャ気に触るもので、僕は隣席で寝こけているKさんをちょっと恨んだ。まぁ、べつにKさんの所為では無いんだけどね。全国の蓄膿症の皆さん、どうぞ飛行機にお乗りの際は、充分にお気をつけくださいね。
 …って、こんな締めでイイんだろうか、沖縄旅行記だってのに…
 

那覇空港の大ロビーで、三線教室。
何もこんなところでやらなくても…って気もするけど。
でも、無料で体験できるのは嬉しいかもね。

  

で、羽田に戻って参りました。
今回は少し早めの便で戻って来たので、空港でひと休み。
…何だか疲れました、いろんな意味で。

  

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