午前の夕凪


 朝から気持ち良く晴れたこの日、「やっぱり晴れたら海でしょう!」ということで、早速レンタカーを借りて海を目指す我々。…海に行ったところで泳ぐわけでも無いくせに。
 それにしても、からっと晴れた10月初旬の沖縄は、極めて心地良し。この時期でも陽射しが出るとかなり暑いのだが(実際この日も30℃近くまで気温は上がった)、それでも沖縄特有のもっさりとした湿気を孕んだ真夏の熱気はすっかり薄らいで、浜から吹いて来る風は涼やかでさえある。僕らはレンタカーのフロントグラス越しに見える青空にしみじみと「イイねぇ。やっぱり沖縄はこうでなくちゃね!」などと呟きながら、58号線から海沿いの道に逸れて行く。
 「…ところでKさん、これからどこの海に行くつもりなんだ?」
 「え?あ、『那覇新港』に行こうかな、と思ってるんだけど」
 何でも、Kにとってこの那覇新港は「思い出の場所」なんだそうな。
 「昔、大学生のときに友達と沖縄旅行に来たときに、那覇の民宿(=照美荘)からここ(=那覇新港)まで歩いて来たことがあるんだよ」
 「ふ〜ん…って、照美荘からここまでって結構距離があるんじゃないか?」
 「そうだね、ここに来るまでどれぐらい時間が掛かったかなぁ?あんまり憶えてないけどね」
 「そうなんだぁ。で、ここでどんな出来事があったんだ?」
 「え?…いや、これと言ってべつに何も無かったけど…」
 「だって、さっき“思い出の場所”だって言ってたじゃんか」
 「そうだよ、だから“照美荘からここまで歩いて来た”っていう思い出がある場所なんだよ」
 「……へぇ〜……イイ思い出だね…」
 さて、この那覇新港脇の防波堤の在る界隈は、卸し市場や工場などが並ぶどちらかというと殺風景な雰囲気の場所。特に用事が無ければわざわざここへやって来る観光客なんて居やしないだろうと思われる。防波堤の上でゴロ寝しているのも地元のおじさん、すぐ傍に在る小さな公園で賑やかにゆんたく(雑談)しているのも地元の中高年の方々、といった具合だ。この防波堤から見る海が殊更綺麗だというわけでも無いし、防波堤にアートめいた落書きが施されているけれど、それだって殊更目を引くものというわけでも無い。…でも、Kさんが「思い出の場所」だと言うんだから、Kの気が済むようにしばらく付き合ってやるか。俺ってホントにやさしいよなぁ。
 などと思っているのも束の間、「じゃあ、次に行こうか」とあっさり踵を返すKさん。滞留時間、約3分。キミにとって「思い出の場所」ってのはその程度の場所なのか?
 

那覇新港埠頭辺りの防波堤。
なかなかの上天気で嬉しくなります。
で、天気が良いと、やっぱり海が見たくなる。

  

恒例・チリ投棄警告文シリーズ。
「チリヲステルナ」…ストレートなメッセージです。
にも関わらず、しっかりゴミが捨てられてる(^_^;)

  

防波堤アートも今やすっかり定番化しておりますね。
まりあさんへの愛のバースデイ・メッセージ。
でも、こういうのってもし別れちゃったりすると(以下略)

   

何か、車中で生活してる人がいらっしゃるみたいで…
それともこれは別荘にあたるものなのか?
「海辺で暮らそう!」というある意味お洒落な(以下略)

  

 『浦添城跡』に立ち寄ったのは、べつに計画的なことでも何でも無くて、ただ単にその近くを通り掛かったときに看板を見たから、という実に行き当たり場当たりな理由からだった。『浦添城跡』といえば、なんと言っても“浦添ようどれ”。琉球王朝の英祖王や尚寧王が葬られている墓だ。この浦添ようどれのことは、それこそはじめて沖縄を旅行した93年からその存在を知ってはいたのだが、今の今まで一度も訪れたことが無かった。正直言ってあまり興味が無かったんだよね。
 幹線道路から住宅街の中を抜けて行くと、住宅の裏手のほうにちょっとした丘が在る。その丘が『浦添城跡』だった。この城跡は、沖縄の所謂“城(グスク)跡”とは少し様子が違っていて、むしろちょっとした緑化公園チックな佇まいだったりする。
 城跡に入ってしばらく行くと、伊波普猷さんの墓が在る。さらに先へと進んで行くと、遊歩道の所々に登場するのが観音像や石碑の数々。…う〜む、浦添ようどれも墓だし、何だかこの城跡って仄かに公園墓地ライクな趣きですねぇ…
 などと少々ふざけた気分で歩を進めていると、不意に鬱蒼と茂る林の中に、ガマ(洞)が現れた。ガマの手前には“浦和の塔”と彫られた石碑も立っている。ガマの中には大量の卒塔婆が置かれてあり、線香の匂いが立ち込めていた。沖縄戦のとき、この壕でおよそ5000人の兵士や民間人が亡くなったのだと言う。5000人…何だか途方に暮れてしまう。もちろん、人数の多い少ないで片付けられる問題では無いとは思うのだが、このガマとその周辺で5000人もの人達が…と考えると、とてつもなく怖い気持ちになる。
 あの戦争から60年が経って、今や沖縄は一大観光地となった。この沖縄を徒(いたずら)に「癒しの島」だの「楽園」だのと呼んでしまって良いんだろうか、と暫(しば)し考え込んでしまう。もちろん、沖縄は素晴らしい所だとは思うんだけどね。今、こうして僕が踏みしめている地面に、大勢の人々の血と亡骸が犇(ひしめ)いていたのかと思うと、急にここに居るのが怖くなって来る。
 …さて、それでは少し気分を変えて、この城跡のメインイベント(?)、“浦添ようどれ”に向かうとするか!僕らは意気揚々とようどれに接近する。だがしかし、タイミング悪く浦添ようどれは発掘調査のために閉鎖されていた。ようどれへと続く階段にはしっかりと柵が設けられていて、ご丁寧に「通行止めのお知らせ」との但書きまでくっ付けられていた。おいおい、そりゃ無いだろう!とガッカリする僕ら。べつに「浦添ようどれが見たくて見たくて居ても立ってもいられない!」というわけでも何でも無かったんだけど、せっかくここまで来たのにようどれが見られないなんて、浦安に行ってディズニーリゾートを訪れないのと同じこと(?)。
 柵の向こうに伸びて行く遊歩道を未練たらしく眺めつつも、さすがにこの但書きを無視して侵入する勇気も無く、城跡を後にすることに。
 

『浦添城跡』です。“浦添ようどれ”が有名です。
「ようどれ」ってのは「夕凪」って意味なんだって。
同時に「ものの静まった状態」という意味もあるらしいです。

    

この城跡、ちょっと分かり難い所に在る。
住宅地の裏にポコンと出現する小さな丘、って感じ。
緑豊かな公園チックな趣き。

  


伊波普猷さんのお墓。
…伊波さんのこと、あまり詳しくは知らないんですけど。
城跡の入口の程近い場所に在ります。

   

「沖縄学の父」と呼ばれる伊波さん。
『おもろさうし』の研究などで有名な人。
晩年は荻窪に居たんだよね、確か。

  


高台だけに景色がなかなか良いです。
夜景なんかも結構良さそうだね。
…しかし、この城跡って…→

  

どうもこういう仏像やら地蔵やらがあちこちに…
お墓もあって、ちょっと公園墓地っぽい雰囲気。
夜はちょっと怖いかも…

  

これは“浦和の塔”の傍に在るガマ(壕)。
ここで多くの方が亡くなったとか…
この辺りはかなりの激戦地だったらしい。

  

ガマの奥には墓めいたものが…
こんな洞窟の中で死んで行く、ということ。
戦争はやっぱりイヤだと思う。理屈抜きに。

  


浦添城跡最大の名所・浦添ようどれ。
…しかし!復元工事で見学不可!
なんだとぉ〜?!

 

見たかったのになぁ、浦添ようどれ。
残念だけど、今回は諦めます。
復元工事って、いつ頃終わるんだろう?

  

 どういうわけか、本島中南部の西海岸沿いを攻めまくる友人K。那覇新港に続いて訪れたのは『牧港漁港』。ここもまた「思い出の場所」らしい。人様の思い出に茶々を入れたくはないけれど、何だか地味ですよね、Kの「思い出の場所」って…
 

牧港漁港辺り。
長閑な日曜日のお昼前。
防波堤の上でうたた寝する人も居ました。

  

そして、ここにも車中生活してる人が…
まぁ、沖縄だったら冬でも凍死する心配は無いし。
これはこれでひとつの生活スタイル、なのか?

  

沖電の火力発電所がすぐ近くに。
戦後最初に沖縄に作られた発電所がここ、牧港。
この頃は沖電じゃなく、『琉球電力公社』だったらしい。

 

何やら水遊びをしている地元の親子。
微笑ましい光景ではある。
一体何をしていたのかは不明でしたが。

  

 牧港漁港に続いて、今度は宜野湾に在る“トロピカルビーチ”へ。漸(ようや)くビーチらしいビーチに辿り着いた(人口ビーチですけどね)。この日は日曜日ということもあって、子供達や家族連れの姿が多かった。…って言うか、人がやたらたくさん居る。それも、恐らくは地元の人が中心。この時期(10月初旬)に、こんなに人が居るビーチというのも意外に珍しいんじゃないか、と思う。…あ、“波の上ビーチ”もそうか。
 ここは人口ビーチということもあってか、比較的安全に水遊びが出来るらしい。だからお子様連れのお父さんお母さんも安心。子供を放し飼い状態にして、ご父兄の皆さんはテントやパラソルの下で、まったりおくつろぎのご様子。それに、ここはビーチ使用料が無料だし。沖縄の西海岸のビーチって、ビーチ使用料金を取るところが多いからねぇ。「海水浴するのに一々金を払うのか?ざけんじゃねーぞ!」と思う僕のような人も少なく無いはずだし。
 しかしながら、利用客が多いということは、当然僕らのように「ただ海をぼんやり見たい派」の人間は、ちょっとばかりお呼びでない、って感じ。そそくさと立ち去ることに。
 

『宜野湾海浜公園』にある“トロピカルビーチ”。
人口ビーチなんだよね、ここって。
約3年半ぶりに来ました。

  

ビーチサッカー(?)をする少年たち。
この公園の傍には運動場や体育館も在ります。
それにしても、子供は元気だよなぁ…

  

大人の皆さんはテントの下でまったりお過ごしのご様子。
しかし、これが10月の海辺の光景だなんて…
さすがは沖縄、って感じです。今更だけど。

  

 中南部の西海岸、次に僕らが(って言うかKさんが)向かったのは北谷。それにしても、Kはよくここに来るよなぁ。僕はあまり好きじゃないんですけどね、この界隈って。とくに日曜は北谷の交差点を中心に道路も渋滞しているし、出来ることなら近づきたくないエリアだったりする。しかし、この日の北谷界隈は、日曜日の昼時にも関わらず比較的交通もスムースで、辺りを歩いている人もやや少なめだった。
 “サンセットビーチ”で少しの間海を眺め、「昼飯でも食おうか」ということで、“アメリカンビレッジ”に移動する。Kさんがちょっとお気に入りらしい『波布蛇箱(ハブボックス)』を覗いた後、『カーニバルパーク』の中に在る某レストランに入った。ここは丼物を中心とした品揃えの店だったのだが…値段も高いし、注文してから料理が出て来るまで異様に待たされるし、おまけに味も今ひとつだしで、思いっきり選択ミスしちゃった感じ…ま、べつにイイんだけどね。
 昼飯を終えて外に出ると、空にはどんよりとした雲が垂れ込めて、何だか怪しい空模様になっていた。
 「あ〜あ、せっかく今日は徹底的にビーチを見て周ろうと思ってたのになぁ」と言うK。キミが柄にも無くそんな目標を立てたりするから、天気が悪くなってしまったのでは…?と一瞬思ったのだが、それは言わないでおこう。
 

沖縄にはこういう手造り弁当屋が多数存在してる。
いわゆる“ほか弁”の類も在るけれど。
弁当屋食べ比べ、なんてのも面白そうです。

  

北谷・美浜の“サンセットビーチ”。
これまた人口のビーチだったりします。
沖縄って案外多いよね、人口ビーチ。

 


『琉球ジャスコ・北谷店』。かなりデカいです。
その奥には建設中の高層ホテルが。
完成すると22階建てになるらしい。

   

『カーニバルパーク・ミハマ』の観覧車。
“アメリカンビレッジ”のシンボル的存在(?)。
あんまり乗ってる人、見たこと無いけど(^_^;)

  


日曜のわりには人も車も少なめ、って気がする。
おもろまち辺りに客足を奪われちゃったとか…?
いや、本当のところは良く分かりませんが。

  

『カーニバルパーク』の中から観覧車を見上げる。
15分間の誰にも邪魔されない空間を楽しんでみては・・・
…常識の範囲内でお願いしますねぇ。

  

そんなパーク内に在る某レストラン。
料理が来るまでの待ち時間は長いし、味も…(^_^;)
もうちょっと努力して欲しいです、正直言って。

  

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