さよならだけが人生だ


 朝。例によってバカッ早く目覚めてしまった僕は、爆睡しているKを余所目に、石垣市街を散策しに宿を出る。
 早朝の街には、まだそこかしこに昨夜の余韻が残っていた。美崎町界隈には朝帰りのビーチャー(酔っ払い)の姿もあるし、中には未だにカラオケの歌声の漏れて来る店もあった。『新栄公園』に至っては、和気藹々とゲートボールに興じるお年寄りと、東屋で酒盛りをするおじさんグループが混在しているという、実にアンビバレントな光景が広がっていた。
 そんな街のトロンとした空気を感じつつ、僕は“18番街”と呼ばれる辺りに差し掛かる。この界隈には、所謂赤線青線の名残で非合法な風俗営業をしている店が幾つか在る(本島の真栄原や栄町と同じような)。旅荘とか旅館などという看板が出てはいるが、普通の旅人は泊まれない(たぶん)。
 実際、僕がここを歩いていると、ちょうどそんな旅館の前で掃き掃除をしているアンマーと出くわした。アンマーは箒(ほうき)を動かす手を止め、僕のほうにスッと近づいて来た。
 「おにいちゃん、ちょっと遊んで行かない?イイ娘居るからさぁ」
 …あのぉ…今何時だと思ってるんだ?こんな朝っぱらから客引きかい?あ、朝というよりはまだ夜の続きって感じなのか。それにしても、一見するとごく普通の恰幅の好い宮川花子(From宮川大介・花子)といった感じのおばちゃんが、こんな客引きをしてるのかぁ…たぶんこのおばちゃんがこの旅館を仕切っている(経営してる?)んだろう。
 いつもの僕だと、こういう類のものは軽く無視して素通りするのだが、このときは適当に話を合わせて、ちょっと客引きの話を聞いてみようと思った。
 「イイ娘って?どんなコ?」
 「それは、お店に入ってみれば分かるよ。おにいちゃんぐらい若い娘も居るし」
 「(…俺を何歳だと思ってるんだ?)ふ〜ん…それって外国人?それとも日本人?」
 「うちには日本の娘しかおらんよ〜。サービスさせるからぁ」
 「…ああ、そう。じゃあ、また今度来るね」
 「そう、じゃあ、待ってるから〜」
 …今度は無いと思うけど。って言うか「店に入れば分かる」ってあたりまえじゃん!それにしても、こういう産業が存在するということは、当然それなりに需要もある、ということだよねぇ。果たしてそのターゲットは観光客なのか、はたまた地元の人なのか。でもなぁ、真栄原ぐらい名が知れてるならともかく、18番街がそういう場所だということが、どれほどの観光客に知られているんだろうか?知らなきゃやって来る人も居ないだろうし…かと言って、地元の人がここを利用するなんてことがあるのかなぁ?狭い島社会で、こういうところに出入りしているなんてことが噂にでもなったら…ちょっとリスキーな気がするし。
 そんなことをつべこべと慮(おもんぱか)りながら、民宿に戻る。
 

早朝の石垣市街。
今日の石垣島上空はやや曇りがち。
これから向かう宮古島の天気が気になります。

   

家の敷地内に大きな椰子の木。
さすが南国!と痛感する眺め。
…ちょっと単純過ぎですか?

  

裏通りの飲み屋街。
なかなか味わい深いものあり。
…『スナック真夜中』って…

  

一見、何てこと無い住宅街っぽいでしょ?
だがしかし、よ〜く見てみると…
ホテルとか旅館の看板がちらほらと…

  

ハッキリ言います。普通の旅館じゃないです。
男性が女性を“買う”ための場所です。
うっかりすると犯罪です。病気も気になります。

  

このドアの中には一体どんな世界が…?
まぁ、大体の想像はつくけどね。
あまり入らないほうが身のためだとは思いますが。

  


気分を変えて(?)美崎町へ。
道路端で寝転がるおじさんを発見!
私は度を越した酔っ払いがキライだ!

  

でも、こういう雰囲気は大好きだったりする。
飲み屋街って、何となく切なくてグッと来る。
…こういう所で飲みたいかどうかは別として。

  

“トニーそば”で有名な(?)『栄福食堂』。
店内にびっしりと赤木圭一郎。
トニーと言われても…世代が限られるよなぁ…

  

『新栄公園』ではゲートボールに興じるお年寄り。
そのすぐ脇には朝から酒盛りするおじさんグループ。
もう、爽やかなんだかそうじゃないんだか。

  

 民宿では、まだKは眠りの中。僕はベランダに出て、煙草で一服しながら離島桟橋の様子をぼんやり見下ろしていた。と、民宿のおばちゃんが「おはようございま〜す」と挨拶しながら、奥の部屋からやって来た。
 「今日、お帰りでしたよね。何時の飛行機ですか?」
 「え〜っと、たぶん昼頃じゃないかと…(実はまだ決めてない)」
 「本島に戻られるの?」
 「いえ、このまま宮古に行こうかと思って」
 「あら、そう。イイわねぇ」
 「それにしても、離島桟橋、凄い賑わってますよねぇ」
 「ホントよ〜。それでも先週ぐらいから少し落ち着いて来たわよ。それまではもう大変だったんだから〜」
 「やっぱり今年は八重山に来る観光客は多かったのかなぁ?」
 「そうよ〜。どういうわけだかもの凄かったよ〜。うちなんかもさ、毎日毎日満室でさ、それでも“泊めてください”っていう人が次々に来てからよぉ。電話も引っ切り無しで掛かって来て、それだけでもう参ってしまってさぁ」
 「そんなに凄かったんだぁ」
 「“どこにも泊まるところが無いから”って泣き付いてくる人もたくさん居てよ、中には“このベランダに寝かせてください”なんて人も居たんだよ〜。しかも夜中近くに外からこのベランダのドアをノックするわけ。私は“泥棒か?!”と思ってそれはそれはビックリしてよぉ」
 おばちゃんのトークはどんどん勢いを増し、この夏の繁忙期の壮絶さを身振り手振りを交えての熱弁。その後、話題は“離島桟橋の再開発拡張整備計画”へと突入していった。石垣港の離島桟橋が大改造してしまうらしい。
 「え?離島桟橋が?それは初めて聞いたなぁ」と驚く僕。
 「そう、もうだいぶ前から計画は始まってたんだけどね、そのために私らも立ち退かなくちゃならんのよ〜」
 「え〜?立ち退き?!」
 「そう。だって、隣りの交番のところから道を広げて、そこから車が入って来られるようにするんだから。だからさ、この建物を壊して道路を作るのよ」
 「…でも、立ち退いちゃうってことは、民宿を辞めちゃうってこと?」
 「ううん、そうじゃなくてさ、保証金をもらって、別の場所に新しい建物を建てて、そこで営業するわけ。その土地はもう押さえてあるから。それに、この建物はもう老朽化しててよ、ちょうど手直ししなくちゃと思っていたところだから、タイミングが良かったと言えば良かったわけ。保証金で新築の建物を建てれば、余計なお金も出さないで済むしねぇ」
 「(なかなかしたたかな…)離島桟橋の改修って、いつ頃始まるのかなぁ?」
 「予定ではもう来年には工事に入るって」
 と、おばちゃんは一旦奥の部屋に入り、すぐに書類のようなものを手に持って戻って来た。それは、地元関係者に配布されたと思しき、再開発工事の説明資料だった。
 「今の桟橋の辺りは全部埋め立てて、緑化公園みたいにするんだって。それで、船着き場は今よりももっと沖のほうに、ほら、ちょうどあの岸壁の先のほうに移すみたいよ。で、大きなターミナルを建てるんだって。本島に『とまりん』ってあるでしょ?あんな感じにするみたいねぇ」
 …僕は少なからずショックを受けた。僕は今の離島桟橋の、どこか庶民的な匂いのする佇まいが大好きだったのに…でも、確かに『とまりん』にしろ、宮古の平良港にしろ、沖縄の桟橋はどんどんグレードアップしている。今や離島でさえも…それを考えると、石垣港だっていつまでも今のまま、というわけには行かないのかも知れない。「ひょっとすると、これが離島桟橋の見納めになるかも…」と思うと、無性に寂しい気持ちになった。
 「でも、離島桟橋と、この『根原荘』の建物が無くなっちゃうのは、寂しいなぁ」
 「ありがとうねぇ、そんなふうに言ってくれて〜。でも、新しい立派な建物にするから、そのときまたいらっしゃいよ」
 う〜む、やっぱり地元の人は逞しい。所詮、この手のものに必要以上の思い入れをしてしまうのは、余所者の無用な杞憂に過ぎないんだろう。

 漸(ようや)く目覚めたKと共に『根原荘』に別れを告げ、石垣空港に行くことにした。
 と、Kが「そう言えば、『民宿たもと』がリニューアルしたんだよね?」と訊いて来た。
 そう、去年までほぼ毎年のように利用していた常宿、『民宿たもと』。今回、宿泊先を『根原荘』にしたのには、ちょっとした理由があった。そもそものきっかけは去年の八重山旅行だったのだが(そのときのことは去年の旅行記をご参照ください)、その後、とある方から「『民宿たもと』が『民宿とのしろ』という名前に変わってました!」という情報を寄せていただいた時点で、僕らの中で『民宿たもと』との訣別(大袈裟?)が決定的なものとなった。少なくとも僕らにとってこの民宿の最大の魅力は、切り盛りしていたオバァの超絶なのんびりさ加減&テーゲーさ加減だったのだが、それが無くなってしまった今となっては、もうこの民宿に拘る理由が皆無だった。
 「…ちょっと見に行ってみようか」 「そうだね…」
 かつて石垣滞在中は幾度と無く通った道筋を辿り、僕らは“『民宿たもと』だった宿”の前に立つ。建物自体は全く変わっていなかったが、玄関のガラス戸には『民宿・とのしろ』と大きく書かれてある。良く見ると、その上に小さく『旧たもと』と書かれた紙が貼り付けてあった。
 今さっき聞いた離島桟橋の話、そしてこの民宿…時間は流れて行くものなんだな、としんみりした気持ちになる。形あるものは、いつか失(な)くなる。それは分かっているし、そんなものにしがみつくことに何の意味も無い、とも思う。だけど…やがては僕も、こういった変化に一々感傷的にならずに居られるような、太い神経を持つ人間になれるんだろうか?いや、べつになりたいわけじゃないけど…
 「ホントに変わっちゃったんだねぇ…」と、Kも少し寂しげにぽつりと言った。
 僕は「それじゃあ、バイバイ!たもと!ということで」と、わざとおどけて言ってみた。少しだけ吹っ切れた気分になれた。別れは出会いのはじまりだ。ということにしておこう。
 
 僕らは石垣島を後にして、宮古島へと向かった。
 

かつて『民宿たもと』だった『民宿とのしろ』。
見慣れた建物だが、むしろ隔たりを感じてしまう。
…もう僕がここに泊まることは無いな。

  

“旧たもと”の文字が何とも心許ない感じ。
さよなら、たもと。
で、僕らは一路、宮古島へ向かいます。

  

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