彼(あ)の方より


 御神崎から戻る途中で、Kが「“電信屋”に行ってみようか」と提案してきた。「…電信屋?何それ?NTTか何か?」と僕が言うと、Kはその電信屋なるものの簡単な解説を始めた。
 日清戦争の頃、当時日本の植民地となった台湾と石垣、那覇の間に陸軍省が海底電線を敷いたんだとか。で、その中継陸揚げ地点である石垣島に設置されたのが、この電信屋なのだそうな。
 「…って『やえやまガイドブック』に書いてあったよ」ふ〜ん、なるほどねぇ。でも、この施設が紹介されたのって、たぶん比較的最近のことじゃないか、と思う。
 御神崎からそのまま海伝いに少し車を走らせると、“電信屋”と書かれた小さな看板標識が見えた。それに従って細い道に入り進むと、緩やかな坂の下に小ぶりの廃屋が現れた。その煉瓦とコンクリートで造られた平屋物件は、外壁と言わず内壁と言わずかなり老朽化していて、あちこちが崩れ落ちていたり、カビだか苔だかが生えて黒くくすんでいる。廃虚が好きな人なら結構グッと来るであろう佇まいである。しかし壁をよく見ると、あちこちに弾痕のような穴が見られる。太平洋戦争のときに集中砲撃された名残だ。おまけに、内部に入ってみると花束まで手向けられているし…「ここで誰か戦死した人が居るのかなぁ?」「う〜ん、分かんないねぇ…」
 沖縄本島と違って、石垣島にはあからさまに戦跡と思しきものがそう多くは無い。もちろん、戦時中の悲惨な状況を伝える石碑や歌碑、防空壕として使用されたガマなどは幾つかあるけれど、その類の史跡を巡るような(例えば“南部戦跡巡り”とか“平和学習”とか)旅行をしている人を、僕は見たことが無い。もちろん、僕が知らないだけなのかもしれないが…八重山にも戦争の傷痕は当然あって、実際に戦禍に曝された人も居ただろうし、そうでない部分で犠牲になった人もたくさん居る。西表に集団疎開しマラリヤにやられた人、軍施設の労働下で命を落とした人、徴兵された人…あの戦争が齎(もたら)した数々の地獄。うっかりするとそれを忘れて「石垣島=リゾート」みたいな一元的な見方で完結してしまいがちな僕ら。難しいよなぁ…
 …と、僕が電信屋を見ながらぼんやり考えていると、Kは「もう行こうか」とサラリと言い放った。このKという男は、こういう場所に来てもあまりゴチャゴチャと考え込まないタイプの人間である。これは捕らえ様によっては「冷たいヤツ」ってなことにもなるんだけど、正直言って彼のあっさりしたところが有り難い場合もある。僕と一緒になってどんよりされても、どんどん落ち込んじゃう一方だしね。
 

これが“電信屋”。
1897年に完成。
と言うことは…100年以上前の建物なんだぁ。

  

弾痕が物語る集中砲撃。
何とも生々しい戦争の爪痕。
思わず立ち尽くしてしまった。

  


建物内部の様子。
どんより澱んだ空気と薄暗さが不安感を呼ぶ。
カビも生えまくってるし。

  

室内には何故か花束が…
この施設で戦没者が出たんだろうか?
それとも違う理由で手向けられたものなのか?

  

トイレがある、ってことは…
当然ここに駐留してた人が居た、ってこと?
…その人が無事だったのなら良いんだけど。

  

周囲の静けさがこの施設を一層引き立てる。
こんな場所が砲撃の舞台になるなんてなぁ…
きっと、そういうのが“戦争”なんだろう。

   

電信屋のすぐ脇にある砂浜。
この沖合いから連合軍が攻撃を…と思うと、ちょっと怖くなる。
穏やかな石垣島の、もうひとつの姿。

  

 そして、“底地ビーチ”へ。…それにしても、実にコテコテの石垣島観光ルートを何の迷いも無く辿っているK。…いや、恐らく「迷いが無い」のでは無く、何も考えないで移動してるだけだろう。そういう人なのだ、この人は。
 この日の底地ビーチには、わりと多くの海水浴&日光浴客の姿があった。僕らはその傍らで、砂浜を無目的にウロウロしたり、ボサッと海をみたり、まぁいつもの調子で「アンタら、一体何しに来たの?」的な時間を過ごし、サクッとビーチを後にする。
 普通、やっぱり泳ぐよねぇ。せっかく八重山の海に来てるっていうのに、チラリと海を眺めてとっとと立ち去る、なんて行為は捉え様によってはかなり罰当たりな気もする。…あ、もうこの際だから先に言っちゃいますが、今回の沖縄旅行で僕らは一度も海に入りませんでした。しかも、そのことに気づいたのが東京に帰ってからだった、という始末で…島に滞在している間は、そのことを全く気にも留めていなかったんですねぇ。どうかと思うよな、我ながら。
 

何だかんだ言って、よく来ますねぇ、このビーチ。
しかし、泳いだのはたった1回きり。
…一体何しに来てるんだか、俺たち。

  

モクマオウなどが生え茂る林を抜けると、
柔らかい色の海が広がります。
石垣島定番の海水浴場。

  

う〜む、やっぱりビーチは気持ちがイイねぇ。
ついつい見入ってしまう。
波も静かで気分も落ち着きます。

  

“日本一早い海開き”の舞台でもあります。
でも、あれって結構無理してるらしいよ(^_^;)
さすがに3月の海はまだ冷たかろうて…

  

 で、そんな海に入らないヘンな旅行者であるにも関わらず、どういうわけか海には行きたがる。僕らが次に向かったのは“川平湾”。
 ところで、最近の川平湾はホントに観光客が多い。駐車場はほとんど満車状態だし、砂浜と言わず展望台と言わず、とにかく人がたくさん居る。この日も家族連れやら修学旅行生やら地元の中学生やらが犇(ひしめ)き、もの凄い賑わいを見せていた。
 「…それにしても、今年は何だか川平湾に限らず、観光のお客さんがやたらと多い気がしない?」
 「そうだよね、昨日の竹富も人が凄かったし。離島桟橋も人でごった返してたし」
 「何だろう?ひょっとして、八重山って今、密かなブームを呼んでるのかなぁ?」
 「う〜ん…宮古の台風の影響もあるんじゃないかな?宮古に行くのを見送って、八重山に切り替えちゃった人が結構居る、とかさ」
 真偽の程は確かでは無いけど、今年の八重山がいつも以上の集客をみているのは間違い無い。たぶん、今まで僕らが訪れた中でも今年の賑わいは格別だ。
 「…『ちゅらさん2』効果?」 「まさかぁ…『去年の紅白に夏川りみ&BEGINが出た』効果?」 「そりゃまたずいぶん遡るなぁ…何か俺たちの知らないところで八重山ブームが起こってるのかなぁ?」 「そうなのかなぁ…」
 と、僕らの脳裏に疑問の暗雲が立ち込めるのと呼応するかのように、空にも急速に雲が広がり始めた。見る見るうちに悪化していく空模様。せっかくの川平湾のロケーションも、曇り空の下ではその魅力も半減してしまう。
 「なんだよ〜、今日は天気が良くてイイ気分だったってのに〜!」
 曇って来ると同時に、風も出て来た。太陽が隠れてしまうと、風が少し冷たく感じられた。気温こそ28℃もあるけれど、さすがに風はどこか秋を思わせる。
 

“川平湾”。石垣島観光、定番中の定番。
晴れているとそりゃあもう目の醒めるような景色が。
初めて来たときはもの凄く感動しました。

  

湾に面した砂浜の隅に在った御嶽。
「拝所内に許可なく立ち入りを禁ず」の立て札が。
…怖くて立ち入れませんね。

  

“川平公園”にある観音堂。
ちょっと眉唾な(失礼?)伝説に因むお堂です。
まぁ、伝説って元々そういうもんだけど。

  

なんて罰当たりなことを言ってる報いか?!
いきなり悪化する天気。
大勢の観光客の皆さん、ゴメン!俺のせいかも!

  

海がダメなら植物でも撮るか、という一枚。
この実、何の実?気になる実。
…↑ひねりの無いパクりですみません。

  

太い木に寄生(?)する蔓系の植物。
ただ単に絡まってるだけ、って話も…
あ〜!俺はたぶんずっと植物に疎いままに違いない!

  

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