曇り空


 雨こそ次第に止み始めてはいるが、天気は生憎(あいにく)雲が多目のやや冴えない空模様。ホントだったらスカッと晴れた竹富島を見たかったのだが、こればっかりは仕様が無い。離島桟橋から約10分弱で竹富島・竹富東港に到着。と、港には観光客を出迎える人や車が大挙して押し寄せていた。この光景自体は見慣れたものなのだが、これまでに見たことが無いぐらいの大人数がワサワサと桟橋に群がっている。何だかガチャガチャしてて居心地悪し。僕らはそれを脇目に、集落に向って歩き出した。
 と、港の入り口付近に見慣れない建物がデ〜ンと現れた。「何じゃこりゃ?」と近づいてみる。それは『てぇどぅん かりゆし館』という名称の待合所のようなものらしかった。去年西表島に行ったときに大原港でも同様の建築物を見たが、それと似たような造りになっていて、館内にはベンチとジュースの自動販売機があるぐらいで、後はがらんと殺風景な空間が広がっているだけ。一体、何のためにこんなものを創ったんだ?と首を傾げたくなるような…さらに、竹富東港そのものにも新たな桟橋を建設する計画があるらしい。まったく西表と同じ状況だ。
 「こういうのって、竹富島の人はどう思ってるんだろうねぇ」「さぁねぇ…」
 離島の人にとって、これらの設備が心底望まれているものなのかどうかは分からないが、個人的には必要無いような気がするんだけどね。どうも最近の沖縄県や竹富町の行政には疑問を感じることが多いんですけど…って、たかが待合所ぐらいで余計なことを考え過ぎなのかなぁ?
 何となく自分の中に「竹富島だけは大丈夫」という気持ちがあった。島の人たちが自分たちの島の魅力が何処にあるのかを認識していて、それを護ろうと独自の憲章まで作って、島の集落の美しさを強く支えている。そんな竹富島ならば、きっといつまでも変わらない姿を残し続けてくれるんじゃないか、という期待。ひょっとすると、それも侭成らない時代が来てしまうのかも知れない、などと少々不安な気持ちになってしまう。
 「港から集落に向う道だって、最初に来たときは舗装されてない土の道だったもんなぁ。今じゃあご丁寧に歩道まで作っちゃってね」
 「道路を敷くときに歩道を付けるかどうかで行政に下りる補助金やら何やらの金額が違うらしいよ。やっぱり経済優先の選択だよねぇ」
 などと、ついつい口を突いて出るのは政治的なしがらみと島の関係。あまり深く詮索したくは無いんだが。
 それでも、ふと両脇に広がる雑木林や牧場を見遣れば「ああ、島に来たんだなぁ」という感慨が湧いて来る。ひとしきり港からの送迎車が通り過ぎてしまえば、道路を行き交う車もパタッと無くなる。途端に辺りは静かになって、風の音、鳥や蝉や牛の鳴き声、木や草のさざめく音が届いて来るようになる。陽射しが雲で程好く緩んでいて、歩いていてもそれほど暑くは無い。
 

突然降り出した豪雨が落ち着き出した離島桟橋。
竹富島に出発です。
約1年半ぶりに再会するあの集落!

  

竹富東港に到着しました。
港は民宿やレンタサイクル屋の送迎でごった返す。
…ちょっと鬱陶しいんですけど。

  

ゲゲッ!港にヘンな建築物が!
『てぇどぅん かりゆし館』というらしい。
…西表島の大原港を彷彿とさせるなぁ、これ…

  

その館内はこんな感じ。がらんどうです。
トイレとジュースの自販機とベンチ。
必要なのか?この施設。

  

またこういうことを計画中なワケね…
竹富町って何だかちょっと…
個人的にはこういうのって嫌いです。

  

広くて立派な駐車場も完備。
が、停まってる車はムチャクチャ少ない。
って言うか、このときはゼロ。風が通り過ぎるだけ。

  

竹富島もひょっとすると様子が変わっちゃうのかなぁ。
それは凄くイヤだなぁ、と思う。
ま、地元の人がそれでイイんなら諦めますけど。

  

気を取り直して集落へ向かいます。
この道だって昔は未舗装の風情ある道だったのに…
って、もうイイですね、そういうのは。

  

 そのまま集落に入り、宛ても無く白い砂の道を歩き回る。いつもはレンタサイクルを借りたりするのだが、今回はずっと徒歩での移動。
 「健康に善いね、やっぱり人間歩かなくちゃいかん!」などと言っていたのも束の間、次第にKさんが「足が疲れた」と弱音を吐き始めた。…おいおい、歩き出してからまだ1時間も経ってないじゃないか。僕も人のことをとやかく言えるほど運動なんぞしちゃいないが、幾ら何でもKさんの脚力の衰え方は酷いと思う。こんなにゆっくり歩いているだけなのになぁ…
 当初は「スカッと晴れてたほうがイイなぁ」と思っていた竹富の集落だったが、薄曇りの下の家並みも、それはそれでなかなか風情があるな、と思い直した。適度に水気を含んだ珊瑚砂の道を、周囲の様子を眺めながら歩いていると、何ともしっとりと落ち着いた気持ちになって来る。Kが「何だか別世界に来たみたいだなぁ」と呟く。確かにそうだな、と僕も思う。でも、ここは別世界でも何でも無くて、ちゃんと人々が暮らし、生きる場所として存在しているのだ。だからこそ感慨も一入(ひとしお)なのだ。「変えない勇気」の証しとして、他の場所には無い輝きを放つ集落。だからこそこれだけ多くの旅行者がこの島を訪れ、集落を彷徨うのだろうと思う。べつに綺麗な待合所や一周道路や桟橋を見に来るわけじゃないんだよねぇ。と何気にしつこく行政批判。
 あまり細かいことを気にするのは、少しの間止めることにしよう。今はただ、この集落の中を歩くこと、それだけを素直に楽しもう。そうじゃなきゃ勿体無いし。
 

もう見飽きた?まぁ、そう言わないで。
この集落は何度歩いてもやっぱり琴線に触れます。
自然に歩く速さもゆっくりと。

   

集落の入り口付近に新しく出来たパーラー。
結構繁盛していました。
僕らは入りませんでしたけど。

  

赤瓦、木造平屋、石垣。
全くもって素晴らしいです。
嬉しくなっちゃうよなぁ、こういうの。

   

そして木や草花。
「コテコテの沖縄像」などと揶揄することさえ憚られる。
真似しようったって無理だよね、こればっかりは。

  

で、赤瓦の屋根にはシーサー。
魔除けと言いつつも、愛嬌あるその姿。
ついつい眼を奪われます。

  

こちらにもシーサー。
シーサー好きにはたまらないこのシチュエーション。
ちなみに、僕もかなりのシーサー愛好家(^_^)

  

竹富島の良さをしっかり分かっている島の人々。
だからこそ護られている島の美しさ。
そして、それが余所者を強く魅了する。

  

とは言え、時間は止まらないもの。
時の流れと共に変えざるを得ないものもある。
だからこそ、この島は尚更美しいと思うのだが。

    

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