爬龍の半年前、或いは半年後


 糸満漁港から国道331号に出て、『白銀堂』を目指して少し歩く。思えば、この辺りはいつもならば車でサ〜ッと通り過ぎてしまう場所だ。…そうだよなぁ、何度も沖縄に来てはいるが、立ち寄ることも無く素通りしてしまっている場所の何と多いことか。
 『白銀堂』は、あの“糸満ハーリー(ハーレー)”には無くてはならないお堂。御願ハーリーの参加者達が競漕後に奉納・奉行をすることで有名だ。そして、漁師達が厚い信仰を寄せる糸満の氏神様でもある。ついでに言うと、『意地ぬ出じらぁ、手引け。手ぬ出じらぁ、意地引け。』という格言に纏わる伝承に由来する有り難い場所でもあるのだ。…って、これは全部ガイドブックの類の請負ですけどね。でも、存在感のある鳥居にも、綺麗に管理されているお堂にも、糸満の人達のこの氏神様に対する思いが確かに表れているような気がする。漁業という過酷な仕事、そしてその誇り。ここ糸満を筆頭に沖縄各地で繰り広げられる“ハーリー”という祭りが人気を集めるのも頷けるよね。と言いながら、僕はまだ“生”でハーリーを観たことは一度も無いんだけど。
 ハーリーやエイサーなどの沖縄の祭り。「祭りのときには男が力強く魅力的に見える」なんてことを言う人も多い。喧嘩と祭りは血を沸かす。そうだねぇ、祭りってのは往々にして“神様”とか“五穀豊穣”とか“供養”という本来の意味合いと絡んで、どこか性的な要素を孕んでもいるイベントなのかも知れない。…祭りフェロモンって言うの?言わないか、そんなの。
 


糸満ロータリー。
…なんか、車がぜんぜん見えませんけど…
いや、これはたまたまそういうタイミングだったからで…

   

糸満の路地裏。
ついつい惹き込まれちゃうのです。
フラフラと歩きたいよね、こういうところは。

  

『白銀堂』の鳥居。結構デカい。
白いですね。白銀堂だけに。
向かって右手にお堂が御座います。

  


比較的最近に補修されたっぽい?
かなり綺麗なお堂でした。
奥の洞窟にお金があるんですよね、伝承に拠ると。

  

これ、ときどき見掛けますよね。
お札みたいなものなのかもしれないけど…
詳しいことは分かりません(^_^;)

  


えいかいわ、はイイんだけどさ。
なんでこんなに文字が震えてるんだ?
何だかお化け屋敷の看板チックです。

    

 『白銀堂』を後にして、糸満ロータリー方面に向かって行くと、ロータリーに面した丘の上に、何やら青い展望台のような物体が建っているのが見えた。気になったので、そちらへ行ってみることにする。
 青い物体を目指して坂を登ると、その青い展望台一帯はちょっとした公園になっていた。青空をイメージした塗装が施されたこの展望台はどうやら太陽光発電のための太陽電池を兼ねているようなのだが…とにかく落書きが酷い。展望台のみならず、その脇に設置されたテーブルとベンチにもビッシリと落書きが書かれてあって、ちょっと殺伐とした雰囲気。「地球環境にやさしい」展望台なのにねぇ。糸満の子供らよ、個人名を出して罵詈雑言を落書きするのは自重しなさい。
 そんな展望台のすぐ横に石畳の敷かれた展望スペースが在ったので行ってみると、へし折れた石碑が現れた。その石碑の碑文を見ると、“御大典記念 山巓毛改脩碑”と刻まれてある。あ、そうか、ここがあの“山巓毛(さんてぃんもう)”なのか。
 山巓毛。ハーリーが催される一週間前にこの山巓毛でハーリー鉦をが打ち鳴られ、ハーリー当日の朝にはノロや参加者の代表がここに集まり御願を立て、爬龍船競漕の開始の合図として旗を振る。ここも先程の『白銀堂』同様に、糸満ハーリーにとって大変重要な場所なのだ。
 ところで、この山巓毛の展望スペースには、ちょうど今現在の眺望と見比べることが出来るように、同じアングルから見た糸満の昔の街並みを写したモノクロ写真が置かれてあった。この写真と実際の眺めを比べてみると、現在の街の様子にはまだモノクロ写真に写った頃の面影が僅かに残っていた。もしかするとこの写真は戦後以降に撮られたものなのかもしれない。…でも、海は遠くなっているかもなぁ。埋め立て地がかなり沖の方まで広がっている。些か複雑な気分になる。
 それにしても、この日の糸満は本当に静かだった。平日の昼間、しかも天気も芳しくないせいか、通りには歩く人もほとんど居らず、まるで街ごと眠っているようだった。だた、ロータリー周辺は交通量が多かったので、先程の漁港界隈のような寂しさはあまり無かったけれど。
 何だか今ここでこうしている自分が、少し不思議に思えて来る。きっと、僕が今、糸満の国道沿いをフラフラとほっつき歩いているなんてことは、誰も知らないはずだ。そう考えると、ちょっと侘しいような、それでいて自由な感じもする。“解放感”などという心地良さとはまったく違うけれど、これはこれで面白いし、普段より自分の存在を強く感じることが出来る。…あ、だからウダウダとしみったれた自問自答をしちゃったりするわけか。
 もうそろそろこんな状態から脱したいなぁ。…よし、那覇に移動だ!
 

青空模様の施された展望台。
何やら妙な存在感があってスゴイ。
しかし、どうして空の絵柄なんだ?→

 

→この展望台は太陽光発電の電池になってるみたい。
糸満市は太陽光発電に積極的なのです。
でもこれってコストが掛かるんだよね、確か。
   

夥しい落書きが書き込まれてるんだけど…
しかも個人名を出して口汚く罵る落書きばっかり。
イヤ〜な感じです。

  

“山巓毛改脩碑”。折れちゃってますけども。
折れた石碑にちゃんと台座が施してあります。
…修復したほうがイイのでは?

  

山巓毛の展望スペースに置かれた写真パネル。
白黒写真だけど、いつ頃撮ったものなんだろう?
車もあるし…戦後だろうと思うんだけど…

  

同じアングルから現在の眺めを。
左上の大きな門中墓と坂道に名残があるかな。
まぁ、街は変わっていくものですのでね。

  

これも同じく写真パネルより。
こうして見ると瓦屋根の家がほとんどだったんだねぇ。
フクギの並木らしきものも見られます。

  

で、これが今の様子。
海がだいぶ遠く狭くなってるのが分かります。
時代の変遷を目の当たりにする思い。

  

でも、それもまた仕方が無いことなんだろうね。
時代時代で変わっていくのはある意味健全なこと。
誰もそれを責めたり嘆いたり出来ないし。

  


お!初めて肉眼で見たぞ!“コーヒーシャープ”。
アイスワーラーとかトゥーナーとか。
…それにしても素敵な店名です。真珠。

  

ロータリーのすぐ裏にあった大きな門中墓。
供花の数も墓の大きさを物語ります。
糸満には有名な“幸地腹門中墓”も在るし。

  

もっといろんな街を見て歩きたいなぁ。
きっとその場所その場所で発見があるはず。
つい素通りしちゃいがちな場所にこそ、ね。

   

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