一切合切


 石川市から更に北の方向を目指して国道329号線を走っていたのだが、急に気が変わった。すでに金武町を通り過ぎようとしていたところだったが、再び石川市方面に引き返すことにする。コザに行こうと思い立ったからだ。
 コザ…この街も何処か寂しい感じのする街だと僕は思う。かつては政治的な波の中で栄えに栄えた場所だったのだろうが、今ではかなり様子が違ってしまっている。もちろん、沖縄本島の中では大きな街のひとつではあるだろうし、観光客も多く訪れているはずだとは思うけれど、昼間のコザは正直言って、活気づいている、とは言えない印象だ。夜はどうなのか…生憎僕は夜のコザをあまり知らない。
 コザに向かって進んで行くと、国道沿いに『ぎんばる食堂』という店が目に留まった。ここでちょっと何か食べて行こうか。
 店内に入ると、昼時はとっくに過ぎた時刻だったけれど、客はかなり多かった。座敷の卓はほぼ満席、テーブル席も程好く埋まっている。僕は空いているテーブルに着いて、少し迷って“野菜そば”を注文した。やや長めの待ち時間の後、僕の目の前にやって来た野菜そばは…うわっ!何これ?“超”が付くぐらいの大盛じゃんか!丼の上には零れ落ちんばかりに盛られた野菜炒め、そしてその野菜を掻き分けてみると、下には太い麺がこれまたどっさりと汁に浸かっていた。う〜む、食べ切れるだろうか…
 夢中で野菜そばを食べているうちに、だんだんと身体に血が通っていくような気がしてくる。やはり“食べる”という行為は人を元気にするんだなぁ、などと改めて実感した瞬間だった。完全に平らげるまでに時間は掛かったし、過度に満腹になってしまったせいで動くのがちょっとばかり億劫になったりもしたが、店を出たときには、何となく足が地に付いているな、と思えるようになった。
 とは言うものの、それは決していきなり「それじゃあパ〜ッと行きますかぁ!」などというような類の気持ちの高揚では無くて、さっきまでの「これでいいんだろうか…」と揺れていた気持ちが、「これでいいのだ」という確信に変わる、という程度のものなのだが。
 

金武町に在る『ぎんばる食堂』。
名前だけはどこかで見た記憶が…
本か雑誌だったかな?

  

もう2時半を過ぎたのに、お客さんは多かった。
テーブルと座敷があるのが沖縄の食堂らしい。
TVでは『トリック2』が放映中。つい見入ってしまう。

  

ちょっとメニューは少な目?
“ポーク卵”にも心惹かれたが…
ここはひとつ“野菜そば”を頼むことにしよう。

  

…野菜がこぼれんばかりにてんこ盛りなんですけど。
しかも、この下に埋もれた麺がまた大量!
大食い選手権?って感じ。

  

 コザに着いて、僕はまずすぐにコザのホテルで部屋を取った。那覇のホテルでも良かったのだが、今日は何だかそうしたくなかった。たっぷりとコザの街を宛て無くほっつき歩く為にも、そのほうが良いだろうとも考えた。
 たっぷりとコザの街を…とは言いつつも、べつに僕は米兵が集うナイトスポットに潜入したいとも思わなかったし、民謡酒場に入る気も無かった。ただ街の上っ面をスルスルとなぞりたかっただけだった。やれ「○○を知らずしてコザを語るべからず!」だの「△△を体験してこそ真のコザ通!」だのという有り勝ちなコラムやエッセイにやや食傷気味だったせいかも知れない。僕はコザ通にも沖縄通にも成る気は無かったし、そういったものを鵜呑みにするほど素直でも無い。
 たぶん、初めてこの街を訪れたときと、今の僕がこの街を歩いているときに抱いている気持ちには、それほど大きな変化は無い。僕が一貫してコザに対して抱いている気持ちに一番近いのは、“切ない”という言葉だろうと思う。怪しげな横文字の看板を見れば面白いし、外国人向けの若干勘違いの混じった日本土産を見ると思わず笑ってしまうけれど、コザの街全体を覆っているのは、何とも言えない切なさだと僕は思っている。“チャンプルー文化の街”とか“アメリカの匂いのする街”とか、コザを形容する言葉は多々在れど、どうもピンと来ない。それらの言葉の持つ陽気さや華やかさとは、どうも隔たりを感じてしまうのだ。
 これは恐らく僕が、やはり基地の街である横須賀で生まれ育ったせいだろうと思う。僕は図らずも“ドブ板通り”という場所を通じて、米軍基地がもたらす恩恵で発展して来た街が、やがてその輝きを衰えさせて行くのを見て来た。何処かでそれをコザと重ねてしまう。輝きの衰えた街は、いつしか繁栄の名残が不揃いな状態で染みのようになり、周囲に怪しげな空気を漂わせる。ただ単に“廃れた”という一言では片付けられない、かと言って何か新しいものが生まれてくるような熱が感じられるわけでも無い、ひたすら時間の流れがきっちりと刻まれてしまう、その切なさ。…こんな勝手なことを言っては、コザを良く知る人は怒るだろうか。

 夕刻から夜に掛けて、僕はまったく目標も目的も持たず、ダラダラとコザ界隈を徘徊した。胡屋十字路近くに在るホテルから、ゲート通りや中央パークアベニュー、一番街やサンシティといったアーケード街、その周辺に伸びる路地裏…同じ道を繰り返し歩いたり、そこから意図的に遠ざかったりしながら、すっかり日が暮れてしまうまで長時間歩き廻った。歩き廻ったところでとくに心が弾むわけでも無く、むしろ自分が余所者であって、決してこの街に溶け込むことは無いということを思い知るだけなのだが、それでも何故かコザの街は僕を惹き付ける。いや、それだから惹き付けられる、と言うべきなのか。いつしか切ない街に、ぽつんと僕の存在だけが後から貼り付けられたインチキな合成写真のように浮かび上がる。否応無しに自分を意識する瞬間を、僕は歩きながら待っているのだ。
 ああそうか、切ないのはコザじゃなく、そこに永遠に溶け込みことの出来ない自分の存在なのか、と気づいた。思えば、コザで生まれコザで生きる人々は、そんな切なさになんぞ呑まれること無く毎日を生きているのだ。次第に灯っていくネオンや家の灯りを眺めながら、その灯りのひとつひとつの下で、それぞれの時間が確かな日常として募って行く。それを傍観する僕の拉げた気持ちは、例え無理矢理その灯りの中へ紛れ込んだとしても、たぶん消えることは無いだろう。
 …などと、ひとり切なさに自家中毒を起こしつつ、僕は数時間コザの街をほっつき歩いた。ほとんど休むこと無く歩きっ放しだったので、さすがにかなり疲れてしまった。そろそろホテルに戻ることにするか。
 


水タンクらしき物体がズラリと。
少し傾き出した陽光を映し込んでいます。
ちょっと切ないコザの夕方。

  

路地裏の誘惑は極めて強力。
その路が細ければ細いほど誘引される。
見知らぬ何かへと続いているような、懐かしいような。

  

カバン屋みたいです。「いい持ち物は一生のもの」…
と言ってるこの店自体がすでに…(^_^;)
営業してるのかどうかも分からない状態。

  

胡屋十字路の歩道橋から見下ろす330号線。
まだラッシュ前らしく、交通は比較的スムース。
ここからの眺めは何故か好きだったりする。

  

『HAWAII NIGHT』。
何でハワイ?
曙、KONISIKI、早見優…

  


中の町界隈からゲート通りを見る。
ちなみに左側にある『Snackさーちー』。
この壁画(?)が、何とも微妙でイイ感じでした。

  


空港(ゲート)通り。曇天。
中途半端な時間だったせいか人影も疎ら。
ちょっと寂しい感じです。

  

このお家、何か歪んでませんか?
空家なのかも知れないけど、やや気に掛かります。
早めに手を打ったほうが良いかと…(余計なお世話)

  


何かコザっぽい看板だと思いました。
…が、スチームバスって何だろう?
蒸気風呂…サウナの親戚ですか?

  

…スチームバス嬢?
これっていわゆるフーゾクの類なのか?
それとも健全なサービス業なんでしょうか?

  

壁面にこれでもか!な勢いで書かれたメッセージ。
「一切」の使い方が沖縄独特ですよね。
沖縄でこたつ布団ってイメージが湧かないよなぁ。

  

“中央パークアベニュー”の夕刻。
ちょこちょこテナントが変わる街ですけどね。
怪しげなバーが多いのも面白いです。

  

“サンシティ”という商店街。
この辺りは幾つかの商店街が交錯してる。
心なしか衣料品店が多いかな?

  


惣菜屋とてんぷら屋が向かい合う路地。
何だか気持ちがホッとする光景。
観光客の僕にはちょっと立ち入り難い感じ。

  

ありゃりゃ、スキヤキが皿からズレちゃってます。
って言うか、これってスキヤキ?
焼きそば入りお好み焼きチックな物体に見えるが…

  

日も暮れて、灯りが灯り出すゲート通り。
外人さん比率も急速にUp。
Hip Hop系のBGMがあちこちから聴こえてくる。

  

外人さん向けのJapanなgoodsのshop。
exoticでfunnyな物がどっさり。
「でもそれってChinaなのでは?」という物も混在。

  

…何だか微妙に間違ってる気がするんだけど…
どこがどう違ってるとハッキリ言えないんだけど…
あ、帯がヘンなんだ。

  

ここの昼間の写真が去年の12月の旅行記に。
これだけ見るとちょっと香港っぽい気もする。
註:僕は香港に行ったこと無いですけど。

  

ここはこの辺りでは結構高級な部類に入るホテル。
たぶん僕の泊まったホテルより値段は若干高め。
…誰だ?「ラブホみたい」とか思ってるのは!

   

 ホテルに戻る前に、ちょっと小腹が空いていたので、丁度通り掛かった『大衆食堂ミッキー』という店に入ることにした。
 この店、大衆食堂とはいってもいわゆる大衆食堂のイメージとは少々違った趣き。むしろ喫茶店或いはバーのような雰囲気だ。店に居た先客は、4〜5歳の女児を連れた外国人女性、そして赤ん坊を抱えたアメリカ人女性。この二組の母子は同じテーブルに着き、軽い食事を摂りながら何やら世間話をしている様子だった。なるほど、何処かコザらしい光景ではある。カウンターの中にはふたりのアンマーが居て、カウンターの脇ではもうひとりのアンマーが椅子に腰掛けて、気だるそうにもやしの根を千切っていた。
 僕はカウンターの上に貼られたお品書きを見て、「え〜っと、…“おかず”をください」と注文した。この“おかず”というメニューは以前から沖縄の食堂でかなり気になる一品だったのだが、何しろその実体が不明瞭だったのでどうも注文することが出来ずにいた。たぶん、店によってそれぞれ微妙に違うものが出されるのだろうとは思うが、とりあえず興味本位でオーダーしてみたのだ。
 すると、店のアンマーが「“テビチのおかず”と“豆腐のおかず”、どちらにします?」と訊ねて来た。…えっ?おかずにもさらに種類があるの?そもそも“おかず”そのものがどんな料理かもよく分からないのに、テビチ(豚足)と豆腐のいずれかを選べと言われても…
 「じゃあ、“豆腐”の方でお願いします…」
 テーブルに着いて料理を待ちながら、僕は「明日はどうしようか」とぼんやり考える。が、結局これといった宛ては思い当たらなかった。そうこうしていると、カウンターの中から「はい、豆腐のおかずです〜」と呼び掛けられた。この店はどうやらセルフサービスらしいので、“豆腐のおかず”をカウンターまで受け取りに行く。出て来た“豆腐のおかず”なる料理は、島豆腐が入った野菜炒めの上に薄焼き玉子が被せてある、という代物だった。とりわけて美味いものでは無かったと思う。が、ボリュームはかなりのもので、これで500円は安いかもなぁ、とも思ったりする。
 僕がおかずに取り掛かっていると、先客の米国人母子二組が揃って席を立った。
 「ゴチソウサマデシタ」と、如何にもな外国訛りの日本語を残し去って行く米人母子をほのぼのとした気持ちで見送りつつも、些か複雑な気持ちにもなった。恐らく彼女等は米軍関係者(もちろん米兵を含めて)の家族なのだろうとは思うが、夫と共にこの極東の島にやって来て、決して世論的には歓迎されるわけでは無く、しかも夫はいつ何時戦禍に晒されるか…という不安をどこかで抱きながら毎日を送っているのかもしれない。ひょっとすると、彼女達は僕よりもずっと“戦争”や“死”に近い場所に居る人達なのかもしれない。正しいとか間違っているとかいう問題とは違う次元で、そこに居なくてはならない人と、それを支えなくてはならない人。絶えずアメリカと接することを余儀なくされたコザという街の何気ない光景に、静かに篭っている幾つもの歪み。僕らはそれを「異国情緒だねぇ」と脳天気に享受することも可能だし、実際僕自身それを散々“切ない”なんて陳腐な言葉で片付けてしまうところだった。
 ありとあらゆる人生が、それぞれの運命で、偶然のふりをしながらコザに集まる。楽しい夜もあれば、悲しい夜もある。

 『ミッキー』を出て、僕はホテルのすぐ隣りにあるスーパー『サンエー』に立ち寄る。店内にはもう遅い時間だというのに買い物客がたくさん居た。そこに紛れながら僕も買い物をしてみる。商品を手に取っている人、その商品を販売する人、商品を搬入する人、商品を作る人…考え出すと止まらない人の繋がり。…だんだん頭が痛くなって来た。今日はもう考えるのは止そう。
 

コザ十字路の近くにある食堂。
…店名によぎる一抹の疑念。
ミッキー吉野とかミッキー・カーチスなら良いけどね。

   

店内は大衆食堂とはちょっと異なる雰囲気。
しかしメニューは沖縄料理が中心。
このギャップが魅力的。好きです、こういうの。

   

あちゃ〜、やっぱりこの擬人化鼠でしたか。
ディズニー系は権利とかが厳しいからちょっとマズいような…
お品書きが英訳されてるのがコザらしいねぇ。

   

“おかず”豆腐のほう。\500。
豆腐入り野菜炒め(?)に卵焼きが被せてある。
かなりボリュームがあります。リーズナブル!

   

沖縄では『かねひで』と並ぶメジャーなスーパー。
僕はまだ『かねひで』には入ったことが無い。
いつか入るつもりです、『かねひで』にも。

  


ポーク缶が好きなので、ついつい覗いてしまうコーナー。
不思議と沖縄らしさを感じてしまうコーナーでもある。
チリ関係がこれだけ充実してるのも沖縄風か?

  

これ、ものすごく安い値段で特売されてた中国製ポーク缶。
だけど原材料を見てビックリ!“猪肉”だって!
これはホントに猪の肉?それとも単なる豚肉の中国語表記?

    

 この夜泊まったのは、胡屋十字路の程近くにある『京都観光ホテル』。沖縄なのに何故京都?というこのネーミングに惹かれてここに決めた。が、ここでちょっと嬉しい誤算(?)。このホテルには大浴場があったのだ。考えすぎで凝り固まった頭と、コザ歩きで疲れた足を癒すには、やはり広い風呂で足を伸ばして浸かるに限る!夜11時に大浴場が閉まってしまうと聞いて、僕は4階の自分の部屋に戻り、慌ててタオルやら何やらを抱え込んでエレベーターに乗り、2階にある大浴場に向かった。
 エレベーターのドアが開くと、そこには礼服やドレスを纏った人たちが群がって居て、僕は思わずギョッとしてしまった。どうやらこのホテルには結婚式場もあるようで、この人たちは結婚式に出席した方々だと思われる。今丁度式が終わって、皆暫し歓談している、といった状態なのだろう。
 着飾った人々の群れに、タオルと下着を片腕に抱えた無様な格好で出て来てしまった僕。あまりの恥ずかしさにそのままエレベーターを降りずに、大急ぎで“閉”ボタンを押してしまった。う〜む、どうしようか…普段の僕ならば、べつに大浴場に拘ったりしないのだが、今日はどうしても広い風呂に入りたかった。しかし、何も結婚式場と大浴場を同じフロアに置くことも無かろうに…
 仕方なく、僕は1階に降りてしまったエレベーターでそのまま再び2階へ引き返し、祝事に華やぐ人々の中を背を丸めてそそくさと通り抜け、大浴場に急いだ。いやぁ、恥ずかしかったぁ。
 大浴場自体ははそれほど広くは無かったけれど、浴槽は思ったよりも大きかった。しかも中には誰も居らず、僕の貸し切り状態だ。ホテルのユニットバスだとシャワーだけで済ませてしまうことも多いのだが、この夜はしっかり体を伸ばしてゆっくりと風呂に浸かった。目を閉じると、湯の揺らぎが伝わって来て、このまま自分が湯に成れてしまうんじゃないか?と思えるぐらいに心地良い。
 風呂から上がって、ホテルに戻る前に寄った『サンエー』で買ったビールを飲みながらテレビを観ているうちに、猛烈な眠気がやって来た。結局、明日のことを何も考えないまま寝てしまった。
 深夜、少し肌寒い感じがして一度目が醒めた。点けっ放しになっていたテレビを消し、何と無しに窓を開けてみると、外は雨降りだった。雨かぁ…夜が明けても雨が降り続いていたらちょっと嫌だなぁ…と一瞬思ったが、「まぁ、今回は雨降りでも良いかな」とすぐに思い直し、再びベッドに潜り込んだ。微かな雨音を聞きながら布団に包っていると、不思議と落ち着いた気分になって来る。が、何故かなかなか寝付けない。たまたま持って来ていた文庫本や、羽田空港で何となく買った雑誌などをパラパラと捲ってみたが、とうとう眠れないまま空が白み出す時間を迎えてしまった。…う〜む。
 

間違い無くここは沖縄市です。
でも、この名前です。
…Why?

   

ホテルのロビーには五重塔&クリスマスツリー。
くどいけど、ここは沖縄です。コザです。
当然ここには東寺の五重塔は在りませんので。

   

表紙へ            前のページへ            次のページへ