残 像


 性懲りも無く、またまた早朝にホテルを抜け出し、人気(ひとけ)の無い那覇の街を散策。いつも僕はついつい国際通りの西側・松尾という町の界隈を歩きがちなので、今朝はちょっと方向を変えて東側・安里の交差点方面に進んでみることにした。
 国際通りの安里寄りには“久茂地川”が交差していて、その川に沿うように“ゆいレール”の高架線路が伸びており、“牧志駅”や“安里駅”の駅舎が出来ている。そのせいもあってか、まだ開通前だというのに早くも近くのマンションの名前には『牧志駅前』なんて文字がついていたりする。「“駅前”かぁ…」などと少々複雑な気持ちでつぶやきつつ、またしても例によって路地裏に入ってみる。
 松尾の辺りとは違って、この牧志の界隈は国際通りと久茂地川に囲まれているので、路地裏をじっくりと時間を掛けて彷徨うといった雰囲気はあまり無い。周辺に大きな観光ホテルやビルも多い。でも、その谷間にはしっかりとスージグヮーがあり、生活の匂いが漂う民家が連なる。そんな家並み越しに国際通りのビル群が見える光景は、なかなか不思議な感じがする。
 そのまま足の向くままにグチャグチャと、裏通りを久茂地方面に向かって歩いて行くと、これまた昨日と同様、商店や民家の裏に隠れるように墓や拝所と遭遇する。と、そんな中に“那覇大綱挽久茂地旗持練習場”という場所を見つけた(写真を撮り忘れた。残念!)。この練習場なんだけど、国際通りからかなりの至近距離にある雑木林の中に忽然と現れる。民家に隠れているようにあるのでちょっと分かり難いかもしれない。“練習場”とは言いながら、辺りは鬱蒼と茂る木々に囲まれていて「果たしてこの林のどこで練習するんだろう?」と疑問を抱いてしまうような場所だった。“練習場”というよりは、何だかその奥に御嶽でも在りそうな、とても不思議な空気に包まれた空間だった。
 そんなふうにしばらく周辺をほっつき歩いていると、だんだんと出勤通学の人たちの姿が多くなってきた。間口の狭い飲み屋が軒を連ねる一角に、取り残されたように建っている小さな民家の玄関先で、学校に向かう小学生を、その姿が見えなくなるまで見送っているオバァ。人と車が激しく行き交う国際通りのすぐ裏で、こんな何気なくもやさしい日常が繰り返されているということに、何だか涙腺が緩む。僕が那覇の街に惹かれるのは、こういう人の暮らしの匂いがそこここにしっかりと残っているからだろう、と思う。単なる盛り場でも観光地でも無く、味気ない住宅街でも無い。今から60年近く前に、この辺り一帯を壊滅状態にした10・10空襲の後、人々の力で復興を遂げた“奇跡の1マイル”・国際通り。そこに集まったパワーと歴史は、今でもこの街の至るところに滲み、漂っているような気がする。
 
 …さて、そろそろホテルに戻ろうか。徐々に賑やかになって来る国際通りを歩いていると、こちらまでだんだんと身体に血が通い出して来るような心持ちになる。
 

エアポケットはあちこちにある。
普段は雑踏に隠れているけれど。
それを見つけるための朝の散歩。

  


まだ誰も居ない“むつみ橋交差点”。
日中〜夜の喧騒が嘘のように静かです。
信号機の誘導音が響き渡ってます。

  

『高良レコード』のアートしているシャッター。
キング・クリムゾン『クリムゾン・キングの宮殿』。
インパクト大のレコードジャケットでしたよね。
   


EL&P、ツェッペリン、デレク&ザ・ドミノス…
60〜70年代の名盤のジャケットがズラリ!
僕も大好きなアルバムばかり♪(註:僕は33歳ですけど)

  


こちらは『丸高ミュージック』の店頭広告。
地元色の濃いアーティストの名前がズラリと。
この店も夏川りみを強力プッシュ中!の模様でした。

  

国際通りから見える“ゆいレール”の高架。
これが開通すると確かに空港からの移動は便利に。
人や車の流れにどんな変化を及ぼすのか?

  

幹(根っこ?)に侵食されたビル。
『酒豪』という店名もストレートと言えばストレート。
かなり老朽化してるような…

  

久茂地川から安里方面を見る。
すぐ横には“琉球バス”の本社があります。
この本社ビル(?)もなかなか年季の入った建物。

  


“牧志公園”の中にある“牧志御嶽”。
これはかなり新しい建築物みたい。
結構大きいし。

  

ビルの裏にひっそりと残る家屋。
一歩路地を入ればしっかりと漂っている生活の匂い。
外置きの洗濯機が何ともイイ味を醸し出す。

  


こちらは住宅街の中のクリーニング屋さん。
オバァが店番をしてました。
目が合って会釈されてしまった(^.^)

    

やっぱり心惹かれるスージグヮー。
路地を進めば、また別の路地へ。
そして路地はやがて国際通りへと繋がる。

  


木造の古い家屋がひしめき合う一角。
不安定な増築の具合も何故か魅力的。
…と思うのは僕だけかもしれないなぁ(^_^;)

  

松尾界隈の路地裏とはまた一味違う感じ。
牧志2丁目の路地裏探検もまた楽しい。
このまま久茂地川沿いを歩くのもまた良し。

  

店と店の間の狭い道。
その奥に何やら叢(くさむら)が見えるぞ。
ちょっと行ってみようかな。

  


やっぱり在ったね、お墓が。
大きさはそれほどでも無いけど、インパクトは結構ある。
何しろ周囲は店舗&マンションだし。

  

国際通り周辺にはこういう場所がホントに多い。
みやげ物屋巡りだけで終わらすのは勿体無い!
奥が深いのだ、那覇の街は。

  

なんてこと無い駐車場の隅に在った拝所。
こういうものがちゃんと残されているのはイイよねぇ。
僕が沖縄を尊敬する理由のひとつでもあります。

    

 午前10時、ホテルをチェックアウトして、僕とKは牧志の公設市場の方に繰り出した。市場本通りの店は、まだ開店準備中の店が多く、そぞろ歩く人の姿も疎(まば)ら。第一公設市場の中に入っても、やはり買い物客は少なかった。まず僕らは市場の2階の食堂街に直行。いつも利用する『すえひろ食堂』で、やや遅めの朝飯を食べることにした。
 僕は、これまたいつもの“ポーク玉子”を注文する。改めて思い返すに、僕はひょっとしてこの店で“ポーク玉子”以外のメニューを頼んだことが無いかも…でもイイのだ。僕はポーク玉子を心底愛しているのだから。一方、Kさんは“ゆし豆腐”を注文。
 と、僕らのすぐ横に、母(60代)・娘(40代)・孫(20代)と思しき女性観光客3人組がやって来て、テーブルに着いた。母娘三代で仲良く沖縄旅行…微笑ましい光景だなぁ、と思いつつも「旦那はどうした、旦那は?!」と言いたくもなったりして。やっぱり今の世の中、男よりも女性の方が自分の時間を上手に楽しんでるのかもねぇ。往々にして女の人の方が元気だったりするしなぁ。などと男としてはちょっと寂しいような気分になりながら、運ばれて来た料理を食べはじめると、3人組の40代の女性が僕の食べているポーク玉子を指して、店のおばちゃんに「あれは何ていう料理ですか?」と訊ねる。「あれは“ポーク玉子”ですよ」と店のおばちゃんが答えると、「じゃあ、私はその“ポーク玉子”を…」と40代女性が注文した。続いて20代女性が「あ、私も同じのがイイな」。おまけに60代の方までもが「私も同じのでイイよ」。
 …というわけで、店に居る客5名のうち、4名がポーク玉子を食べている、という少しばかり珍妙な状況に至ってしまった。だたひとりゆし豆腐を食べていたKが「何だか肩身が狭い感じだなぁ」と苦笑する。すると、さらにそこへ若い女性2人組が登場し、この状況に流されるかのように相次いでポーク玉子をオーダー。まるで“ポーク玉子専門店”のようになってしまった『すえひろ食堂』。そして、まるで“ポーク玉子店頭マネキン”になってしまったような気分の僕。「今日から俺のことを“ポーク玉子親善大使”と呼んでくれ!」とやや意味不明なことをほざきつつ、僕はすっかりご満悦であった。…お店の人にしてみれば「どうせならもっと値の張る料理を広めてくれれば良かったのに…」と思うかもしれないが。

 ポーク玉子を頬張る女性達をわき目に僕は颯爽と食堂を去り、再び市場の1階に降りた。Kはここで毎年実家や知人に宛てて、沖縄みやげを購入する習しになっている。Kはこういうことにはかなりマメな人物なのだった。僕はというと滅多にみやげ物を買わないので、ここではKのお供に徹することになる。Kがあちらの店こちらの店と物色して歩く後ろを、何となく手持ち無沙汰でくっついて歩くだけ。この市場に関しては、僕よりもKの方がずっと貢献度は高いはずだ。伊勢海老やらアサヒガニ、島らっきょうなどを次々に買っていくK。きっとこの数十分間で彼は2〜3万円ぐらいの買い物をしている。ヨッ!この太っ腹!
 と、市場の中を巡っていて、ふと気になるプラカードが天井からズラリとぶら下がっているのに気づいた。それには「お魚センター建設 断固反対!!」という文字が書かれていた。
 この『お魚センター』なるもの、県漁業協同組合連合会が防衛庁と県の補助事業として那覇市の泊漁港の中に作ろうと計画している、水産物流総合センターのことらしい。このセンターが建設されると、牧志の市場で商売を営んでいる小売業者に甚大な影響を及ぼすのではないか、というのが最大の問題点なのだそうな。
 …それでなくても、天久の新都心の誕生や、水上店舗の整備といった那覇市街地の再開発計画など、牧志のマチグヮー周辺には今、いろいろな変化の波が押し寄せつつある。僕がずっと抱いている「いつかマチグヮーが消えてしまうのでは?」という不安が、徐々に現実のものになっているような気がして、正直言ってとてもイヤな気分になる話ではある。
 何度も何度もクドクドと書いているけど、街が姿を変えていくこと自体は仕方が無いことだと思うし、それが街の宿命なんだろうとも思う。とは思うんだけどね…やっぱり寂しいんだよなぁ。とくにこの牧志の市場の界隈は、その猥雑さや混沌とした佇まい、そしてその空気にピッタリと嵌まる人々のエネルギーが何よりの魅力のはずで、そこが小綺麗でありきたりなアーケードになってしまったら、「べつにわざわざ牧志に出掛けるまでも無いな」ってなことになってしまうんじゃないか、と僕は考えてしまう。
 とは言え、結局はこんな感情なんて単なる一観光客の虫のいい感傷に過ぎないのだろう。再開発や整備などの計画が生まれるということは、その必要性を固く信じる人が存在している証しでもあるわけだし。
 …僕とKは、また数日前の西表島での光景を生(む)し返しながら、しばらく沖縄が変わっていくことについて、あれこれと話をした。もちろん僕らが幾ら話したところで状況に何ら変化が起こるわけでも無く、ただ「寂しいねぇ」というひとことに終始するだけなのだけれど。
 価値観は、人の数だけある。それは当然のこと。僕らが「どうかこのままで居て欲しい」と思うのと同様に、心から変化を求める人も居るのだ。価値観が一致しないのであれば、永遠に擦れ違っていく、ただそれだけのことなんだろう。いつか、僕らの心が沖縄から永遠に擦れ違ってしまう日が来るのだろうか。僕はその日が来るのをとても怖いと思うし、ずっと来ないことを祈ってはいるけれど…
 

まだ開店準備中な感じのマチグヮー界隈。
もう10時過ぎなんだけどね。
さすがにお客さんの姿も疎(まば)ら。

  


第一公設市場の中もまだ閑散としています。
開いてない店もあったりするし。
嵐の前の静けさ、って感じか?

   

市場2階の食堂街も静かなもんです。
昼時や夕方は結構混んでますけどね。
下手な食堂に入るよりここで食べたほうが無難だし。

  

僕らが御用達にしている『すえひろ食堂』。
この店、何故かいつも空いてるんだよね(^_^;)
僕らは他の店で食事したことがありません。

  

大概、アンマー&オバァで切り盛りしてます。
麦茶はたぶんおかわり自由。だと思う。
料理の完成まで時間が少々掛かるのはご愛嬌。

  

僕が心から愛する“ポーク玉子”♪
一番好きな沖縄の家庭料理。
…料理と呼んでいいのかはちょっと怪しいけどね。

  


だんだん活気付いてきた市場。
地元の人と観光のお客が入り乱れております。
この時間は観光客の方が多いみたいだけど。

  

Kさん、珍味を購入中。
大城ヤスさんは商売上手なオバァ。
僕もいろいろと買わされてしまったりして。

  


Kさんご所望の伊勢海老を選定中。
カラフルな魚の数々は見てるだけでも楽しい。
…って、見てるだけじゃお店の人は嬉しくないよね。

  

Kさん、島らっきょうをお買い上げです。
パワフルなアンマーにすっかり呑まれてます。
おいおい、ちょっと買い過ぎなのでは?

  

そんな市場に忍び寄る脅威。
何だかいろいろと考えさせられるこの文言。
ちょっと切ない気分にもなったり。

  

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