西表、再び


 朝8時、僕は暑苦しさで目が覚めた。あ、クーラーが止まっちゃってるからだ。この民宿のクーラーはいわゆるコイン式クーラーで、クーラー本体のそばに設置されているボックスに100円硬貨を入れると2時間だけクーラーが動かせる仕組みになっている。
 僕はまだバッチリ睡眠中のKを見て、ふと昨夜寝しなにKが言った言葉を思い出していた。
 「波照間に行きたいな、と思ってるんだけど…」
 Kはそう言っていた。波照間島に行くとなると、確か8時30分に安栄観光の船が、それから10分後の8時40分には波照間海運の船が、それぞれ石垣港離島桟橋から波照間島へ向けて出航するので、やはりそれに乗るべきだろう。…あ、今日は木曜日だから9時ちょうどにフェリーも出航になるはずだ。ただフェリーの場合、波照間まで行くのに2時間ぐらい掛かってしまうけれども。
 僕は、Kを起こすべきかどうか少し迷った。もしもKが今挙げたいずれかの船に乗るつもりならば、そろそろ起きてもらわないと困るわけだけど、その後の午前11時に石垣港を出る船に乗るつもりでいるのだとしたら、何も今慌てて起こす必要も無い。う〜む、どうしたものか…
 高イビキで眠っているKの顔を見ながらしばらくぼんやりと考えていたが、喉が渇いていたので、僕は民宿の近くにあるジュースの自販機へ行こうと思い、部屋を出た。階段を降りると、1階ロビーはシ〜ンと静まり返っていて、例の新しい管理人さんの姿は無かった。その代わりに、
  『ご用の方は下記にご連絡ください
      090−…』
 というメッセージを書いた張り紙がテーブルの上に置いてあった。う〜む、どうやら新管理人さんは、ここに住んでいるわけでは無いようだ。きっとこことは別に自宅があって、日中は他の仕事をしているんだろう。そりゃそうだよな、この常に空き室のあるような民宿の稼ぎだけで暮らすのは、ちょっと無理っぽいし。新管理人さんにとって、この民宿の管理は今のところ副業みたいなものなんだろう。…そうか、だから“戸締り”を気にするのかも。夜の間はこの民宿には宿泊客しか居ない状態になってしまうわけだし、何か起こってしまっては困るもんねぇ。だから新管理人さんは、お客が出入りするドアの鍵を掛けてから自宅に戻るのかもしれない。って、これは僕の推測に過ぎないけれど。
 とにかく僕はそんなことを考えながら外に出て自販機でさんぴん茶を買い、それをチビチビと飲みながら民宿に戻って、そのまま何となく屋上に上がってみた。
 空には雲が多少あるものの、まずまずの天気だった。雲間から太陽が照りつけると一気にジリジリとした暑さが迫ってくる。気温こそそれほど高くは無いし風も爽やかなのだが、陽射しはまだかなり強い。沖縄の場合、この陽射しってのが曲者(くせもの)で、ただ表を歩いているだけで知らず知らずのうちにすっかり日焼けしてしまい、後で大変なことになってしまったりする。
 そんな陽射しを浴びながら、屋上から四方をグルリと見回してみる。屋上とは言っても、この民宿は2階建てなのでそれほど眺望が良いわけでもないんだけど、元々石垣にはそれほど高いビルが建っていないので、案外遠いところまで見渡せちゃったりするのだ。ほんの少しだけど港だって見えるし、『あやぱにモール』も確認出来る。町並みの隙間から於茂登山系の山陰も見えるし。
 などと、ひとり屋上で周囲をキョロキョロしていたら、いつの間にか8時30分近くになっていた。ゲゲッ!もうそろそろヤバいな。僕は慌ててKが眠る部屋に戻る。
 Kはすでに起きていて、ボ〜ッとテレビを見ていた。僕がKに船の時間のことを話すと、Kは「う〜ん…」と唸って短い思案をし、
 「…9時に出るっていうフェリーじゃ時間が掛かり過ぎるしなぁ。仕方ないから波照間は明日行くことにして、今日はどこか違うところに行こうか…」と言った。僕もそれに異存は無かった。何も慌てて今日行くことも無い。
 「じゃあ、レンタカーでも借りて石垣を周るか?」と僕が訊くと、Kは再び少し思案し始めて、
 「レンタカーは止めておこう。俺のドライブはささきに不評みたいだし」と言って笑った。おっ、ようやく気づいたか。苦節10年、Kさんお得意の、泳ぐのを止めると死んでしまう回遊魚のように停まることを知らないダラダラとしたドライブ(=サメドライブ)に、僕が今までどれほど翻弄されたことか。
 「うむ、いい心掛けだ。じゃあ、どこか他の島にでも行くか?」
 「そうだね、とりあえず離島桟橋に行って、そこで決めようか」
 

民宿の屋上から港方面を見る。
ちょっとだけ港が見えるでしょ?
で、やっぱり気になる“ことぶき荘”。

  

いつの間にか駐車場が…
石垣島もところどころ変わって来ています。
変わっていくのが街の宿命なんだろうけど。

  

 僕らは石垣港の離島桟橋に移動。しばらくあちこちの船会社の運航表などを見ながら行き先を考えていたが、いきなりKが「西表に行こうか」と言い出した。
 「西表?うん、イイけど…でもなぁ〜、去年の西表旅行は…結局西表でもKのサメドライブ状態だったし…」
 「今年は大丈夫だよ。ほら、去年は“由布島”もほとんど素通りしちゃったじゃん。今度はちゃんと由布島にも渡るつもりだし。去年のことは俺なりに反省してんだからさぁ」
 …ホントかよぉ。その言葉を信じていいんですね?Kさん。
 とにかく、Kの意思に従い、僕らは西表島に行くことにした。9時30分に出航する“あんえい号”で、大原港を目指す。ちなみに、この船は途中で“新城島(パナリ)”を経由するという。僕らは少し色めき立った。まだ上陸したことはおろか見たことすらなかったパナリを間近で拝めるのかぁ♪
 普段だと船に乗るとすぐにグ〜スカ眠ってしまう僕らだが、このときばかりはパナリを一目見ようと航行中もしっかりと起きていた。やがて、船は小さく平べったい島に向けて旋回しはじめた。お〜、これがパナリか!パナリの海岸線にポツンと設けられた船着場に船が着岸し、どうやら島に工事か何かの仕事のために上陸する男性を数人降ろすと、さっさと船はパナリを離れてしまった。
 「早っ!1分ぐらいしか留まって無かったじゃん。あの工事関係の人たちだけのために島に寄りました、って感じだね」
 「そうだね。きっとまたあの人たちの帰る頃合にパナリに寄るんだろうねぇ、このあんえい号は」
 「ちょっとしたチャーター便、ってな感じだよなぁ」
 「俺たちがパナリに行く、としたら、同じようなことをしてくれるのかなぁ?」
 「う〜ん、それはどうだろう。一介の観光客の我がままをそこまで聞き入れてくれるんだろうか…?」
 …それはたぶん無理なんじゃないだろうか。(ちなみに、新城島(パナリ)に行く一般的な方法は、西表島から週2回ほど就航している船で渡るらしいです)
 そんなふうにチャッとパナリに寄った後、あんえい号は西表島に到着した。西表…去年の西表初体験は、Kさんのサメドライブのおかげですっかり台無し、な感じで終わってしまったのだが、果たして今回はその雪辱を晴らすことが出来るのか?!…ちょっと期待薄な気もするんですけどね…
 

ィヤッポ〜イ!晴れてます!
朝なのに陽射しが強くて眩しいこと眩しいこと。
(…が、これもほんの束の間のことで…)

   

石垣港・離島桟橋。
このHPではもう何度も登場してますね。
桟橋だけで写真集が出来そうな勢いで。

  

毎度お世話になる『中村釣り具店』で弁当購入。
ポーク玉子、ウナギ、ほうれん草ソテー。
船の中で摂る朝食。なかなかオツですぜ!

  

西表に行く途中で新城島に寄港。
はじめて間近で見たパナリ!ちょっと感激!
時間があったらちょっと寄りたいな、なんて思ったが…

  

作業員の人々を降ろして、すぐに船はパナリを去ってしまいました。
ほんの一瞬の新城島。
果たして僕がこの島を訪れる日は来るのか?

  

 西表島に着いて、まず僕らが驚いたのが船着場だった。去年の港の様子とすっかり様変わりしてしまっていた。桟橋は何やら神社の鳥居、もしくは遊園地のアトラクションのエントランスを思わせるような、真っ赤な鉄柱とアーチに覆われた妙にド派手なものに変貌を遂げていた。これを一目見て僕とKは「…なにこれ…」と絶句してしまった。島とは不釣合いなこの派手な桟橋をくぐり抜けた先には、これまた偉く立派な待合所が建っていた。赤瓦をあしらったコテージ風リゾート施設を思わせる外観と、一体何をモチーフにしているのかさっぱり分からない内装を見て、僕らはさらに「…なにこれ…」と言葉を失う。
 「…そう言えば、今の竹富町の町長さんって、西表出身なんだよね?」
 「そうらしいよ。何だか政治的な臭いがプンプンするねぇ…」
 思えば、去年この港を訪れたときにはすでに港の改修工事は始まっていて、“仲間港完成予想図”なんてものもしっかり掲げられていたっけ。まぁね、地方行政のやることに一々ケチをつける気なんてサラサラないけれど、これを無駄と言わずして何を無駄だと言うんだろう、ってな気持ちになってしまう。
 港の周辺には「竹富町役場移転早期実現!」とか「小浜島・西表島間架橋、早期実現!」などといった、これまた政治的な臭いを放つ横断幕や看板があちこちにババ〜ンと掲げてある。…いきなりこういうのを見せられてもなぁ。何となく気勢が殺がれちゃうんですけど…
 「待合所はともかく、桟橋の柱が赤いのはどうよ?あれってちょっと趣味が悪くないか?」
 「まぁ、良心的に捉えれば“赤は目立つので船の着岸時の安全を喚起する”というふうに言えなくも無い…かなぁ?」
 「べつにいいけどね…さ、じゃあ気を取り直して西表観光をしようじゃないか!」
 「…それにしても、だんだん曇って来てるよねぇ…」
 そう、石垣島を発って南に向かうにつれて、どんどんと雲行きが怪しくなって来てしまっていたのだ。朝のうちの晴天がいつの間にか消えて、空はどんよりとした白い雲に覆われてしまった。
 「去年もこんな感じの天気だったよね、確か」とKが言う。
 「うん、曇っててね。…何だかこれはイヤな暗示なのでは?」
 「何?イヤな暗示って?」
 「去年と同じような天気。=去年と同じようなKのサメドライブの幕開けを告げる…」
 「大丈夫だって。ささきもしつこいなぁ。今年は去年の二の舞はしないって」
 ホントだろ〜なぁ。
 

新しくなった西表島・仲間港。
この赤が目立つ桟橋は…
もの凄いセンスです。

  

何だか鳥居をいくつもくぐってるみたいな…
“首里城”とか“赤瓦”とかを意識してるの?
実は大した意味は無かったりして。

  

その桟橋のアーチを抜けると赤瓦の待合所が。
待合所が快適になるのは嬉しいことかもしれない。
とは言っても、これはちょっと…

  

広い空間なのに発券所はこじんまりと。
色とりどりのベンチが虚しく華やいでる。
パイプ剥き出し風なのは?あれはアート?

  

「町民の合意形式で ふるさとづくり!」
…すみません、べつにイチャモンつけたくは無いんです。
でも、なんだかなぁ。

  

いろんな思惑が絡み合ってるんだろうねぇ。
やがて西表が八重山の中心になる日が来る?!
そりゃヤマネコもビックリでしょう。

  

大原の集落。いたって静かです。
そう言えば、信号機ってここにしか無いのかな?
他にちょっと思い当たらない。

  

集落を抜けて、Kが向かうその行き先は…
どんどんイヤな予感が強くなってくる。
そう、だってこの先にあるのは…

  

 Kは、去年と同じく大原の集落に入ってすぐのところにあるレンタカー屋で軽自動車を借り、これまた去年と同様、車をズンズンと南西に向かって走らせはじめた。僕はさっそくイヤ〜な予感に苛まれる。
 「Kさん、あなたは一体どこを目指しているんですか?」
 「え?“南風見田(はえみだ)の浜”だけど」
 「…それって、ひょっとして去年とまったく同じ行動パターンなのでは…?」
 「え?そうだったっけ?」
 「そうだよ。浜の入り口の雑木林で謎の手帳を拾って、それから白人のおじさんとすれ違って、誰も居ない曇り空の浜辺をボケ〜ッとほっつき歩いただろ?」
 「…ああ、そうだったねぇ。ささきは記憶力がいいなぁ」
 くっ!コイツはどうしてこうも同じ行動を取るのか?この男には変化を求める気持ちというものが無いのか?ついさっき「去年の二の舞はしない」などと言ったばかりなのに、さっそく去年と同じルートを辿っているじゃないか!
 僕が助手席で激しい虚脱感に襲われている間にも、Kはしっかりと“南風見田の浜”に到着した。この曇天の中、野郎ふたりで海を見たって物悲しいだけじゃないか…
 何だか気乗りしない僕をよそ目に、Kはさっさと浜に向かって行く。あきらめて着いていくと、雑木林の中でいきなり“たずね人”と書かれた印刷物が目に飛び込んで来た。どうやらひとりの若者が、西表島の山中に入ったっきり消息を絶ってしまったらしい。何とも心配である。そう言えば、何年か前にやはり西表のジャングルで若い女性ふたりが行方不明になった、というニュースがあった。そのふたりは無事自力でジャングルを脱出したようだったが、この青年は…?
 「…去年の“手帳”といい、今年の“たずね人”といい、どうも不安な気持ちを掻き立ててくれるね、この雑木林は…」
 「そうだねぇ…何だかちょっと怖くなるよね」
 「…それもこれも、ぜ〜んぶKのせいだからな!」
 「ええっ?!どうして?」
 「Kが真っ先にここに来たりするから、こんな不安な気持ちになるんじゃないか。しかも、2年連続でだぞ!どうしてくれるんだよ、このテンションが下がった状態を〜!」
 「…ハハハハ」
 こんな“たずね人”を見せられた後に曇った海辺をブラブラしたって、どうしても行方不明になってしまった青年のことが気に掛かってしまい、まったく気分が晴れやしない。僕とKは浜の後ろに聳える西表の山を見上げて、「あの青年は今頃、この山の中に居るかもしれない…」などと言いながら、まんじりともしない浜辺の散策をする。…これまた去年と状況が酷似している。
 「あ〜もう、このままじゃいけない!何か変化が欲しい!去年と今年が明らかに違う、という実感が欲しい!Kと一緒の旅では、それは永久に不可能なことなのか〜!」と、僕はまるでシェークスピア芝居に登場する苦悩する人のように、頭を抱えて絶叫した。
 「…そろそろ違う場所に行こうか…」
 Kも閑散とした浜辺散策を切り上げる気になったようだ。僕らは“南風見田の浜”を立ち去った。
 

表示板さえもすっかり傾いちゃって。
ご覧のとおり“南風見田の浜”の入り口。
浜へと続く雑木林を進んで行きましょうか。

  

と、いきなり飛び込んで来たのがコレ。
松尾さん、無事に戻って来るといいんだけど…
今もかなり心配。

  

“南風見田の浜”。
お暇だったら去年の旅行記を紐解いてみましょう。
きっと同じような写真が拝めるはず(^_^;)

   

波打ち際で海草か何かを拾っていたおじさん。
何を拾っていたのかは分かりませんでした。
菅笠がイイ味出してるよねぇ。

  

 さて、ようやく“南風見田の浜”を離れた僕らだったのだが、これまた去年同様、僕らは“忘勿石之碑”と書かれた看板の前で車を停めた。実は、去年はこの看板を見ただけで、実際には“忘勿石之碑”まで行かなかったのだった。…というのも、お恥ずかしい話なんですけど、僕らはこの看板がてっきりその“忘勿石之碑”そのものだと思っていたんですねぇ〜。まったくバカな話である。が、去年の旅行から戻ってからしばらく経ってから、それがただの看板だったということをはじめて知り、僕もKもぜひ本当の碑を見たい、ということになったのだ。
 問題の看板から雑木林の中を抜けて行くと、浜辺に行き当たった。これは先ほどの“南風見田の浜”の東側に当たるようだ。この浜辺がこれまた実にスゴイ。ノッチ岩などの奇岩があちこちにボコボコと出現していて、何とも不思議な雰囲気をかもし出している。で、僕らが目指している“忘勿石之碑”は、そんな浜の東端のほうに聳える岩の下に立っていた。想像していたよりも遥かに立派で大きな碑だ。
 第二次世界大戦中、波照間島のすべての島民が軍の命令によって西表島に強制疎開させられ、その3分の1の人々がマラリアによって西表で命を落とした。疎開してきた子供たちに教育の場を与えようと、識名信升さんが校長となって青空学校を開設したのがこの岩場だったそうだ。が、結局その青空学校もすぐに軍によって閉鎖され、多くの子供たちがマラリアで島へ帰ることもなく死んでいった。その後、疎開が解除されて島民が波照間に戻る直前に、識名さんがこの岩場の石に“忘勿石 ハテルマ シキナ”と刻んだという。この石のことが知られるようになったのは、かなり最近のことらしい。
 波照間島の小学校の壁に『星になったこどもたち』という、それはそれは辛い歌の歌詞が書かれている。僕はその歌詞を読んで何だか胃が痛くなるような重さを感じた。“忘勿石之碑”を見ていると、そのときと同じ感覚に襲われる。碑の向かって右下のほうに、
  虚ろに煙る 母の島影
  呼べど白砂続く恨みの浜
  母も逝き露しずくともがら
  帰らぬ教え子抱き恩師の声
  石叫びやまず 忘勿石
 という詩が刻まれていた。“恨みの浜”…何とも凄味を孕んだ言葉だと思った。その碑の傍らに、ポツンと置かれている“忘勿石”は、もうそこに刻まれていた文字すら読み取ることが困難な状態だった。それを見て、僕は“風化”というものをじっと考える。こうやって、識名校長が思いを込めてひっそりと刻んだ“忘勿石 ハテルマ シキナ”の文字が次第に消えていってしまうように、僕らは戦争のことをいつかすっかり忘れてしまう日を迎えてしまうんだろうか。いや、それがもしも「戦争なんてバカげたことを昔の人はしていたんでしょ?」というような、誰も戦争のことなんて思い起こす必要が無いような完全に平和な世界だとしたら、それはそれで幸せなのかもしれないけど…残念だけど、そんな世界はきっとやっては来ない。ならば、この石のことを僕らはずっと心の中に留めておかなくちゃね。正義のための戦争なんてありえないんだ。それがいかなる相手であっても、殺しあう限りそれは正義とは呼ばない。そこに生まれるのは“恨み”だけなんだ。きっと今も、波照間の人々の“恨み”と“悲しみ”は、この浜辺にじっとりと染み込んでいる。
 …そう思うと、僕はなんだか急に恐ろしいような、だけどここを簡単に立ち去ってはいけないような、複雑な感情に揺さ振られた。時折吹く風の音にさえ、僕はビクビクした。Kが一緒でなかったら、きっと逃げ出してしまっただろう。
 Kが、果たしてこの碑をどんな思いで見ていたのかは分からない。が、僕もKもほとんど会話をせず、ただじっと碑を見つめた。
 「…じゃあ、そろそろ行こうか」とKが言った。Kがこの場を離れるきっかけをくれたことを、僕は心の中で密かに感謝した。
 
 レンタカーに乗り込み、僕はさっきレンタカー屋で『八重山民謡〜花城義政とその仲間』というカセットテープを買ったのを思い出した。すっかり沈んでしまった気持ちを切り替えようと、僕はそのカセットをカーステレオで再生する。と、お約束の『安里屋ユンタ』が流れはじめる。3曲目の『八重山観光音頭』が流れる頃には、もうすっかり気分も持ち直した。
 「いいねぇ、八重山観光音頭。ぜんぜん八重山民謡っぽくないけど」
 「だいたい“演奏・花城義政とその仲間”っていう自体が素晴らしいよね。“その仲間”ってのがさ」
  ♪ハァ〜 パイン べっ甲 本上布 海幸山幸恵まれて
    宝の島よ民芸も 記念の土産 いかがです 豊かで明るく伸びる島
 …パインはともかく、べっ甲はちょっと微妙、って気もするけど…
 

僕らはこれを“忘勿石之碑”だと思ってた。
ホントにバカだよなぁ。
こんなバカ、滅多に居ないと思う。

  

これまた鬱蒼と茂る雑木林を抜けて行きます。
それにしても、どうしてこういう林には
靴とかが無造作に捨てられているんだろうか?

  

今度はちょっと親切な表示板が登場。
海に向かって左側、ですね。
了解!

  

雑木林を抜けるとこのような砂浜に出ました。
大きな岩がゴロゴロとあって結構ワイルドな感じ。
ここも“南風見田の浜”の一部みたいです。

  

碑は左端にある大きな岩の下にあります。
浜からはまったく見えませんけど。
手前の岩場を越えて行くと…

  

これが“忘勿石之碑”です。
左上に識名校長の胸像、右上に忘勿石のレプリカ。
かつてここで授業が行なわれたらしい。

  

もちろん、これは本当の“忘勿石”じゃありません。
この碑は1992年に建てられたものです。
つい最近なんですよね。

  


これが“忘勿石”。碑の右脇にひっそりとありました。
断面の部分に薄っすらと文字らしきものが…
でも、ちょっと読めないかな。

  


奇岩がそそり立つ浜辺。
これはきっと当時とさほど変わっていないんだろうなぁ。
波照間の子供らもこんな景色を見ていたのかなぁ。

  

波の浸食が作り出す不思議な模様。
岩も珊瑚も流木も、
波に洗われるとどこか骨のようになって。

  

次第に空が明るくなってきました。
陽射しが出るとかなり暑くなる。
汗をかきながら“忘勿石之碑”を離れる。

  

この海を越えられず、故郷に戻れず、
病苦の中で息絶えた人々の思い。
果たして海を渡って行くことが出来たのだろうか。

   

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