海は銀色 ニシンの色よ


 くどいようだが、この日の函館はそれはそれは涼しかった。この頃、東京では連日30℃近い蒸し暑い日が続いていたので、摂氏20℃にも満たない函館に着いたときには、その湿気の少ない涼しい気候に「さすが北の大地!」などと感激していた。が、陽が傾いて来るに連れて、当然気温はどんどん下がっている。今や僕の体感気温は“涼しさ”から“肌寒さ”に変化しつつあった。やや強い風が吹いて来ると「ホントに今は7月なのか?!」と疑いたくなるほどに体が冷える。
 そんな函館の気候が、僕を温泉へ向かわせているんだろうと思う。僕はどちらかというと温泉って苦手なんだけど(湯疲れしやすい体質なので)、あったか〜いお風呂でポッカポカになりたいなぁ、などと柄にも無く思ってしまったのだろう。

 “五陵郭”から市電で一気に“谷地頭”へ。さっそく温泉へ…と思ったのだが、不意に目に飛び込んで来たのが“立待岬”への案内板だった。そうか、立待岬ねぇ。温泉で温(ぬく)まる前に、まずは岬に行ってみることにしようか。
 谷地頭の市街地から案内板に従って、ズンズンと南下していく。住宅街を抜けると、そこには墓地があった。立待岬に行くには、この墓地の真ん中を突っ切っていくような形になる。一瞬「この道で大丈夫なの?」と不安になるが、途中で観光バスとすれ違い、「あ、やっぱりこの道でいいのか」とホッとしたりする。この道は緩やかな坂道になっていて、右手には函館山が、左手には海が見える。なかなか風光明媚な墓地だ。墓参している人も多く、みんな両手に花や水桶を持って銘々の墓前に向かう。今日は平日なのに…何でこんなにお墓参りしてる人が居るんだろう?

 と、周囲の風景を眺めながら墓地を歩いていると、“石川啄木一族の墓”あった。…でも、石川啄木は岩手県出身。で、最期は東京で迎えている。なんで函館にお墓があるのか?
 啄木という人は26歳という若さで逝去するわけだけど、その人生たるやひたすらに生活苦と自己の葛藤で埋め尽くされているような感じ。住所や職を転々としながら、常に詩人(あるいは物書き)としての自分の理想と現実とのギャップに苦悩し、ときに現実逃避ともとれる行動をとってしまったり…どうも彼自身も彼の家族も、あまり恵まれた人生を送っていなかったように思える。
 まぁ、啄木に限らずこの当時の作家や詩人って、心身のどこかに問題や不具合を抱えた人が多かったとは思う。ひょっとすると、そんな境遇にある人が文学や芸術に惹かれていくのかもしれない。人生順風満帆でマイ・ライフを心底エンジョイ♪してるような人は、きっと文章や何かをチマチマ創ったりしないのだ。…あ、じゃあ、こんなふうにチマチマと旅行記もどきの駄文を書き散らしている自分も…じっと手を見る。
 話が逸れたが、そんな啄木が比較的穏やかな生活を送っていたのが、函館に居を構えていた時期。期間は短かったのだが、函館時代の啄木には良き理解者・協力者が居たし、仕事の面でも生活の面でもわりと安定していたようだ。だからだろうか啄木は生前から「死ぬときは函館で死ぬ」と言っていたらしい。実際には東京で亡くなったわけだけど、啄木の思いを汲んで妻・節子が啄木の遺骨を東京から引き取り、函館に埋葬したのだそうな。
 それにしても…26歳で他界してしまうとは…僕が26歳のときって一体どんなだっただろうか、と思い出そうとするのだが、な〜んにも思い出せません。たぶん、大した変化も気概も無く、無駄にダラダラと暮らしてたんだろうと思う。
 

“谷地頭”の町。ちょっと寂しい感じ。
この奥には大きな神社がド〜ンとありました。
巨大鳥居のそばでタクシーの運ちゃんお昼寝中。

  

“立待岬”に向かう道には墓地があります。
山に掛かる濃霧と相まって、なかなか雰囲気バッチリ。
横溝正史か寺山修司の世界っぽい感じ…

  

殉職した消防士さんたちの慰霊塔もあった。
消防署員の人たちが掃除してました。
明治時代、“函館大火”という大火事があったんだよねぇ。

    

墓地越しに見える海。
どうせならこんなお墓で眠りたいものだねぇ。
晴れてたらさぞかし綺麗なんだろうなぁ。

  

石川啄木一族の墓。
墓地の外れにありました。
啄木自身の願いを汲んでここに葬られたらしい。

  


お墓を抜けると岬に続く一直線の道。
…それにしてもどんよりした天気だな。
おまけに風も吹いてきて…

  

 啄木さんも眠る墓地を過ぎると、道の先に海が広がりはじめる。道はそのまま“立待岬”へと緩やかな下り坂になって続いていた。
 その道の向かって左側にちょっとした土手があって、そこには一面びっしりとタンポポの黄色い花が咲いていた。…タンポポかい。もう7月ですぜ。タンポポっていったらアンタ、そりゃ春の花じゃないの。などと少々呆れていると、その土手の下にある岩の側面に何やら碑石のようなものが埋め込まれているのを見つけた。
 それは、与謝野鉄幹と晶子夫妻の詩が刻まれていた。この与謝野夫妻は石川啄木と交友があったらしい。彼らは啄木の没後に、先ほどの啄木の墓と立待岬に訪れている。逝ってしまった人を思うのに、岬というのはあまりにもふさわしすぎる場所のような気がする。どこか繊細でか弱い印象さえ受ける啄木の詩と相まって、何とも切なく感じられる。
 …なんて、したり顔で言ったりしてますけど、実はそんな感傷に長々と浸っていられないぐらいに風が強いんだよ、ここ。ただでさえ今日はちょっと風が強いってのに、岬の先に行くとそりゃあもう猛烈な風が容赦無くビョ〜ビョ〜と吹き付けてくる。そんな状況にもかかわらず、岬の記念撮影スポットでとある家族連れが根性入れて岬からの眺望をバックに写真を撮ってもらっていたのだが、曇天と濃霧を従えて家族全員の髪の毛がまるで生き物のように逆立っている様は、「まるでメデューサ一家のようだ…」と思わせるに充分のド迫力。まさに「目を合わせたら石になっちまう!」な状況だった。
 僕は岬からの眺望を味わうのもそこそこに、岬にあるこじんまりとした売店に避難。と、店先には何やらイイ匂いが漂っている。香ばしいその香りを辿ると…おおっ!“焼きとうきび”だの“つぶ貝串焼き”だの“焼きホタテ”だのが店頭でバッチリ販売されてるじゃないか!そりゃあイイ匂いがするわけだよぉ。…ジュルル。と、僕がヨダレダラダラで店を覗いていると、せっせと店の冷蔵庫にジュースを補充していたおじさんが「はい、いらっしゃ〜い!」と笑顔で僕を誘惑する。よし!食おう!…でも、どれにしようかなぁ。とうきびもつぶ貝もホタテも、どれも美味そうで…迷っちゃうなぁ。
 結局、僕は焼きとうきびを買った。滴り落ちるほどたっぷりと塗られた醤油だれで手やら顔やらを汚しながら、歯でとうきびの実をこそげ取るようにして頬張る。う〜ん、美味い!こんがりとした砂糖醤油の香ばしさと仄甘(ほのあま)さ、とうきびの甘味と歯応え、こりゃあもうお口の中がパラダイス♪ほっぺが落ちて宍戸錠!な感じ。
 思わず「それじゃ、次はホタテいってみよ〜!」と勢いづきそうになったが、さすがにそれは恥ずかしかったので止めておいた。今思えばもったいないことをした。ホタテもつぶ貝も全部食っときゃよかった。
 立待岬までやって来て僕が何よりも感銘を受けたのが、岬からの眺望でもなく、石川啄木の生涯でもなく、与謝野夫妻の歌碑でもなく、結局“焼きとうきび”だった、というこの素っ頓狂な事実。僕を文学の世界に浸らせるには、岬の風はあまりにも過酷すぎ、焼きとうきびはあまりにも美味すぎた。ここで一句。『とうきびに さの字をつければ さとうきび』…とくに意味無し。
 


“立待岬”に到着。
左側の斜面に咲いているのはタンポポ。
…7月なのにタンポポ。いかに北海道が涼しいかを物語る。

   

柵にあしらわれたイカ。
こんなところにまで…
函館のイメージキャラ、って感じか?

  

タンポポの咲いてる斜面の下にあった、
“与謝野鉄幹&晶子の歌碑”。
内容は…忘れました(^_^;)

  

立待岬からの眺め。
何だかスゴイ。天気のせいもあって。
風がビュ〜ビュ〜吹き荒んでおります。

  

岬にある唯一の売店。
焼きホタテ、つぶ貝など美味そうなものがいっぱい!
さんざん迷った結果…

  

これを買っちゃった。
美味かったよ〜!醤油がほんのり甘くてね。
ムシャムシャと一気食い!

  

 立待岬に吹き荒ぶ強風で、すっかり体が冷えてしまった。これは一刻も早く“谷地頭温泉”に行かなければ。
 僕は岬から再び谷地頭の住宅街のほうへと引き返すことにした。途中、海岸沿いに逸れる道を見つけて、何となくそちらのほうへ進んでみる。
 そこはいかにも漁師町といった風情が漂う、少しばかりの寂寥感と濃厚な生命感を湛えた空間だった。辺りに響くのは、やや時化(しけ)た波と風の音、そして時折鳴くカモメ(ウミネコ?)の声だけ。う〜む、この“北の漁場”ムード満点の小さな町を歩いていると、心ならずとも浮かんでくるのは演歌。どう間違ってもビーチボーイズやチューブはBGMにそぐわない。僕の鼓膜の彼方では、♪上野発の夜行列車降りたときから〜、とか、♪しみじみ飲めばしみじみと〜ぉぉぉぉ〜、とか、♪ひゅ〜るり〜ひゅ〜るり〜らら〜、とか、そういう類の音楽が波のように押し寄せて来ている。が、この状況にもっともふさわしい1曲、それはきっと北原ミレイの『石狩挽歌』だろうね。って、知ってる人がどれだけ居るんだ?この歌を…

海猫(ごめ)が鳴くから ニシンが来ると
 赤い筒袖(つっぽ)の やん衆がさわぐ
 雪に埋もれた 番屋の隅で
 わたしゃ夜通し 飯を炊く
 あれからニシンは
 どこへ行ったやら
 破れた網は 問い刺し網か
 今じゃ浜辺で オンボロロ
オンボロボロロー
沖を通るは 笠戸丸
わたしゃ涙で
にしん曇りの 空を見る
 



燃えろ篝火 朝里の浜に
海は銀色 ニシンの色よ
ソーラン節に 頬そめながら
わたしゃ大漁の 網を曳く
あれからニシンは
どこへ行ったやら
オタモイ岬の ニシン御殿も
今じゃさびれて オンボロロ
オンボロボロロー
かわらぬものは 古代文字
わたしゃ涙で
娘ざかりの 夢を見る
   
  
 …って、この曲のホントの舞台は小樽なんだけどね。何となくしっくり来てしまった。それにしても、こんな古い歌をフルで歌えてしまう自分が恐ろしい。いやさ、でもこれは名曲だと思うよ〜。何たって、情念の塊・なかにし礼作詞だからさぁ。『東京ワルツ』とかもイイんだよねぇ。♪赤や青、紫のネオン地獄に〜…って、もういいですね。
 というふうに、すっかり『演歌の花道』チックになってしまった僕の思考回路は、気持ちをだんだんとモロ日本人なメンタリティーへといざないつつ、目的地“谷地頭温泉”へと足を運ばせる。温泉…湯煙…日本情緒…湯治場…隠れ湯…ここで“スパリゾート”だの“健康センター”だのと無粋なことを言っちゃいけない。飽くまで俺は日本人だ。どっぷりと浸りきってやるのだ、和の境地に!
 

雪国ならではの屋根の形。
雪が積もらないように丸みを帯びてます。
こういう建物、実はあまり見かけませんでした。

  


漁師町や漁村って、独特の雰囲気がある。
どこか粗っぽいというか、ね。
僕はそんな雰囲気がかなり好きなんだけど。

  

やや時化(しけ)た海と港。
何だか無性に演歌が歌いたくなる状況。
北原ミレイの『石狩挽歌』とか。

  

♪今じゃ浜辺で オンボロロ オンボロボロロー
…あんまりに似合い過ぎてて、ちょっと寂しくなってきた。
“にしん曇り”ってこんな天気なんだろうか?

  

 明治時代の文壇たちやら北原ミレイやらで、ひとり気持ちよく雰囲気に浸り切っていたのも束の間、谷地頭の中心部に出るや否や目に飛び込んで来た『キングストア』なるスーパーマーケットにすっかり心を奪われてしまう僕。やっぱり慣れないことは長続きしないものだ。僕は抱え込んでいた情念の世界をあっさりとかなぐり捨てて、『キングストア』に一目散に突進して行った。
 旅先でこういう何気ないスーパーなんかに入るのって、かなり面白い。いわゆるみやげ物屋には無い、生活臭に溢れた土地の特産品などに遭遇できる喜びは、ある種の中毒性を持っている。
 で、ここ『キングストア』なのだが、品揃えそのものにはそれほど強烈な郷土色は無かったのだけれど、やはり北海道だけあって、魚介類の種類が驚くほど豊富だった。メニューの充実した居酒屋などでしかお目に掛かれないような魚が普通にパック詰されて売られているのには、なかなかのインパクトがある。
 僕はひととおり店内を観察して周る。見慣れない男が何も買わずに店内をウロウロするという行為は、店側にしてみれば些か警戒してしまいかねない不審人物と見なして当然なんだろうけど、こっちはそんなことぜんぜん構やしない。さんざんうろついて、僕は特に理由も無く“イモ餅”とコロッケの二品を買ってみることにした。さすがにレジで精算してもらうときには少し恥ずかしかったけどね。何しろふたつ併せても200円そこそこの金額にしかならなかったし。
 さて、店を出て道を歩きながら、さっそくイモ餅を食べてみた。見た目は真ん丸でそれほど厚みの無い揚げ物、といった感じなのだが、味は一体どんなものなんだろう。…あ、なるほどねぇ。どうやら蒸かしたジャガイモを片栗粉(?)と一緒に練ったもののようだ。餅というだけあって、モチッとした食感なのだが…味自体はジャガイモそのまんま、な感じ。素朴と言えば素朴、味気ないと言えば味気ないような…
 あまり人の気配の無い谷地頭の町を、イモ餅とコロッケをムシャムシャと食べながら歩く32歳の男。我ながら実にマヌケな姿だ。ハッ!そうだった、温泉だよ温泉。
 うっかり目標とは反対方向に歩き出していた僕は、コロッケを咥えつつ方向転換し、今度こそ一路温泉に向かって進む。
 

旅先のスーパーマーケットを覗くのが好きなのだ。
“イルカの肉”とか売ってないかな〜♪…無いや。
でも、そこはかとない郷土色があちこちに。

  

確か“イモ餅”という食べ物だったはず。
じゃがいもを練って揚げたもの。
味は…想像どおりの味。

  

で、こっちは確か“クリームシチューコロッケ”だったかな。
いや、“コーンポタージュコロッケ”だったっけ?
これは結構美味かった。好みの味。

函館が産んだ偉人・さぶちゃん。
今ではGLAYのほうが一般的なのかな?
でもやっぱりさぶちゃんだよねぇ。鼻に紙吹雪。

  

 『谷地頭温泉』は、住宅街の中にあった。温泉とは言ってもいわゆる温泉郷のような雰囲気ではなく、どこか役所や病院を思わせるような外観の建物に辿り着く。「ふ〜ん、これが谷地頭温泉かぁ」とほんの少し拍子抜けしながらも、とにかく中に入る。
 この『谷地頭温泉』は、正式には『函館市営谷地頭温泉』という。道理で外観がお役所チックなわけだ。受付で入泉料を支払い、ついでにタオルを購入し、さっそく温泉へ。
 おお、浴場はなかなか広い!何でも一気に600人ものお客を収容可能なんだそうな。って、そんなに混み合った温泉なんてイヤだけどね。この日も、さすがに600人とはいかないまでも、かなり多くのお客さんが湯浴みを楽しんでいた。僕が行った時間帯のせいもあったんだろうけど、明らかに地元の人が多いようだった。平均年齢もちょっと高めかな。
 この温泉の泉質は…忘れちゃいました。ただ、お湯の色はかなり濃い茶色。それも、タオルがその色に染まってしまうほど強力なもの。僕が受付で買った白いタオルが、すっかり薄茶色のタオルに変身してしまった。普段、僕は滅多にこういう温泉に行くことが無いので、この茶色に染まったタオルを見ただけで「何だかものすごい効果がありそうだねぇ」なんて、すっかりイイ気分になってしまう。お湯も熱過ぎず温(ぬる)過ぎず、こりゃ快適ですぜ。
 時間にして約20分弱。僕は五陵郭を模(かたど)った星型の露天風呂やら、おじさんやおじいさんの一糸纏わぬヘアヌードがたっぷり拝める(そんなもん拝めんでもイイ!)屋内風呂やらに身を浸し、さっさと風呂場を後にする。
 「え?わざわざ温泉まで来て20分で出てきちゃうの?」と思う方も多いだろう。が、僕としてみればこれで充分。とにかく長湯が出来ないタチなのだ。あまり調子に乗って浸かり過ぎると「あ〜、ダルい〜。もう何もしたくない〜。このまま寝ちゃおうかなぁ〜。ZZZ…」ということになってしまう。温泉に入ることだけが目的ならばそれもOKだけど、今日はそうじゃない。このぐらいで切り上げておかないとね。何しろ、この後は函館山からの夜景見物が控えている。ここで眠るわけにはいかないのだ。

 『谷地頭温泉』からまたまた市電に乗って、函館市街地に戻る。一旦ホテルに行くことにしよう。
 

『函館市営谷地頭温泉』。
一見すると福祉施設みたいな建物。
広い駐車場も完備されてます。

  

これは僕が撮ったんじゃないですよ(^_^;)
どこかの温泉紹介サイトから拝借しました。
内部はこんな感じでした。お年寄り比率が高いかな?

  


で、星型(五陵郭型)の露天風呂も完備。
これも僕の撮った写真じゃありません。
(風呂場にカメラを持ち込む勇気は無いですし…)

  

このとき、函館のあちこちでこの花に遭遇しました。
…何ていう花かは知らないですけども。
曇った町に眩しいピンク色。

  


う〜む…頭上注意。
窓から何かが飛び出してくるんだろうか?
室内から誰かが物を投げてくるとか?

  

マンホールの蓋って結構ポイント高い。
地元の名所や名物がデザインされててね。
五陵郭の輪郭に旧函館区公会堂。

  

谷地頭は支線の終点であり、始点でもある。
それじゃあ函館市街地に戻りましょう。
しかし、ホントに便利だねぇ、この市電。

  

車内の様子はこんな感じ。
電車ともバスともつかない独特の雰囲気。
函館滞在中にかなり利用しまくったなぁ。

  
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