村々清(かい)しゃ、とつぶやいてみる


 “龍神洞”でのハチャメチャな祈りが通じ、すっかり“ド”がつくほどの晴天になってしまった伊是名島。こうして太陽が真っ直ぐに照り付けて来ると、2月だというのに汗ばむぐらいに気温が上がる。車の中ではクーラーを全開にし、着ている長袖のシャツの腕を捲り…その頃、東京ではまだ冬真っ只中。いくら南北に長い日本とはいえ、これほどまでに気候が違っちゃうものなのかぁ〜、と今さらながらビックリしてしまう。
 僕は「今がチャンス!」とばかりに、一目散に“伊是名集落”へと向かった。昨夕も歩いたが、やっぱり白い道と古い家屋と石垣で出来た屋並を歩くなら、こんなふうに陽射しがまぶしい青空の下に限る。
 
 今まで周った集落のほとんどがかなり現代的になっているのに対し、伊是名の集落は(竹富島と同じように)古い街並みを意識的に保存しているみたい。僕はそこに“島の人の誇り”のようなものを感じる。が、それは同時に“保存”ということを意識しなければ容易く消えてしまう脆いもの、でもあるということを宣告されているようにも思えて、少し寂しい気持ちにもなる。
 …ま、ともかく、今はそんなことをつべこべ考えるのは後回しにして、伊是名集落巡りを思い切り堪能しようじゃないか♪

 伊是名の集落に入ると、赤瓦の木造平屋の家と石垣、そしてフクギをはじめとする様々な植物が、青空の下に静かに続いている。僕は腹の底から湧きあがってくる喜びをなだめつつ、出来るだけ穏やかな気持ちで散策を始めた。
 まず向かったのは『銘苅殿内』。ここは代々伊是名島の地頭を務めた銘苅家のお屋敷。琉球王朝時代、この“地頭”という職がどれくらい立派でどれほどの権限を持つものだったのかはよく分からないけど(こういうところで“歴史音痴”の弱さが露呈)、今の感覚でお屋敷を見ると、案外質素な感じがする。もしもこの『銘苅殿内』が、もっと煌びやかでド〜ンとゴージャスな建物だったりしたら、「この地頭、相当権力に物を言わせてブイブイあこぎな生き方をしてたんだろうなぁ」と、貧乏な一般庶民の僕は激しく反感を持つところだろう。
 今はおそらく住人は居ないと思うんだけど、家屋の中には一昔前の給湯器みたいなものや工具なんかが無造作に置かれていたりする箇所もあって、ヘンな生活臭が残っていたりする。って言うか、そういうものはもうちょっと人目のつかないところに隠したほうがいいかと存じます。国の重要文化財だし。でも、こういうものがあるってことは、比較的最近まで銘苅さんの子孫が住んでいたのかもしれない。
 重要文化財で暮らすというのは、一体どんな感じなんだろう?僕だったら、落ち着かないからイヤだけどなぁ。うっかり壁にポスターも貼れないような気がするし…Tシャツにトランクス姿でウロウロするわけにもいかなそうだし…「何でウチが文化財なんだ?!いい迷惑だ!」と嘆き悲しむ毎日を送りそう。
 でもまぁ、僕はそんなことを考えながらも、沖縄独特の建物の趣きを存分に味わう。この建物の10分の1でもいいから、俺にくれないかなぁ。などと相変わらず不届きなことを思いつつ。
 

『銘苅殿内(銘苅家住宅)』。伊是名集落にあります。
さすが地頭様のお屋敷。立派です。
…え?そうでもない?

  

いやいや、なかなかどうして広い敷地です。
建物自体は明治時代に再建されたもの。
道理でキレイなわけだよね。

  

この別棟なんてかなり新しく見えます。
中には錆びた給湯器らしきものなどが無造作に…
最近まで家の人が住んでたのかなぁ?

    

このシーサー、口デカ!
顔も体つきもちょっと豚&犬っぽい。
しっぽ立ってるし。

   

 『銘苅殿内』を出て、しばらく集落の中をほっつき歩く。
 集落の中はとても静かなのだが、地元の人の姿はかなり多く見られた。自宅の庭の手入れをするおじいさんや、石垣越しに立ち話をしているアンマーたち、スクーターで辻を行き交う人など、静かな中にも人の気配は思いのほかあった。
 が、こんなシーズンオフもいいところな時期に、いかにも余所者な僕がフラフラと歩いていれば、当然島の人は僕の存在が気に掛かる。おじいさんもおばあさんもアンマーも、みんな僕のほうをジッと見る。その度に萎縮してしまう僕。こんなときは“必殺・笑顔でご挨拶攻撃”で迎え撃つしかないわけだが、どうも皆さん、今ひとつ反応が宜しくない。…そんなに怪しいですか?僕…あ、そうか、手に持っているカメラのせいかもしれない。そうだよなぁ、ここは“生活の場”なんだもんな。余所から来たヤツがカメラ片手にウロチョロしてりゃ、そりゃ警戒心を持たれても仕方が無いのだ。
 僕はカメラをポケットにしまい、気を取り直して散策を続ける。人と出くわすと、思いの丈を笑顔にこめて「こんにちは〜」と挨拶。お互い穏やかな気分で一言二言言葉を交わし、「では」と別れたところでおもむろにカメラを取り出し、ササッとシャッターを押す。…何だか俺、悪いことしてるみたいじゃんねぇ。なんでこんなにコソコソしなくちゃなんないの?それは俺が小心者だからさ。
 とにかく、人目を凌ぐようにして盗撮カメラ小僧な感じで次々と集落を写真に収める僕。そんな状況でも写真を撮ってしまうほど、この集落にはあちこちに魅力的な場所があった。
 僕がカメラを構えていると、背後から「おにいさん、何を撮ってるの?」という声が聞こえた。一瞬「しまった!見つかっちゃったよ!」と凍りつき、恐る恐る声の主を見ると、そこには麦わら帽子に頬被りをした、真っ黒に日焼けしたアンマーが不思議なものを見るような目をして立っていた。
 「あっ、あの、いえ、この石敢当を撮ってたんですけど…」僕はかなりオドオドしながら答えた。
 「へぇ、面白いものを撮ってるのね。珍しい?それが」アンマーはニコニコとしながら言う。
 「え〜っと、俺、好きなんですよ、石敢当が」く、苦しい!我ながら実に苦しい言い訳だ!
 「そうなの〜。ほほほ」と笑いながら、アンマーは立ち去って行った。
 …“石敢当が好きだと言うヘンな観光客”。それですべてが腑に落ちるのだったら、僕はそれでも構わない。

 さて、そんなこんなでちょっとドギマギした散策を終え、集落を後にしようとしたそのとき、通りの向こうから自転車に乗って来た青年と擦れ違った。彼は僕の持っているデジカメなんかより数倍は大きな一眼レフのカメラを手に、堂々と集落の風景をフィルムに収めていた。僕はそんな青年を見ながら、己の気の小ささ加減を思い知らされ、情けなさに苛まれる。ああ、あんなふうに臆することなくカメラを向けることが出来たら…
 颯爽と走り去っていくカメラ青年の背中を密かに見送りながら、「あんたは立派だ!」と心の中で賞賛する。そうだな、僕もこれからはもっと大胆になるべきだ。好きなものをカメラに収めて何が悪い!これが俺の愛情表現だ!(←それはちょっと違う)
 と思ったものの、集落のゴミ集積所の写真を撮っているのを地元の人に見られ(ゴミの中に伊是名島産の泡盛“ときわ”の空き瓶&空き箱をみつけたから撮っていたのだが)、意味も無くペコペコと遜(へりくだ)ってしまう自分が悲しい。
 

伊是名の集落の穏やかなお昼前。
フクギ並木、珊瑚の石垣、瓦屋根の平屋。
強めの陽射しに映える。

  

ホントに静かです。
庭いじりする人、立ち話する人。
時間の流れまでも静かで緩やか。

  


木立の下に建つ拝所。
これはたぶん“ノロ殿内”だと思う。
違ってたらごめんなさい(^_^;)

  

もしも左が“ノロ殿内”で正解だとしたら、
これは県下一大きなデイゴの樹…のはず。
この樹の花が満開になると災いが起こる、とか。

 


独特の石垣と、赤瓦の家。
家の中にはトートーメー。
う〜ん、イイねぇ。

  

こういうのを有り難がるのは観光客の身勝手?
でも、やっぱり惹かれずには居られない。
ただ歩くだけで至福のひととき。

  

そんな中、どうも浮いて見えるこの看板。
需要があるのかどうかちょっと心配。
なぜここにコインランドリーが?

  


石垣、赤瓦、フクギの豪華3点セット。
オプションで青空もお付けしました。みたいな。
伊是名島がこんなに風情ある島だったとは!!

  

一見普通のお宅かと思いきや…
よく見ればお店です。
縁側に蒲団が干してあるけど。

  

酒・飲料・調味料・缶詰・サニタリー・蚊取り線香…
狭いながらもバラエティーに富んだ品揃え。
白髪染めまで売ってるよ♪

  

石垣に埋め込まれた石敢当。
ややもすると見落としそうな保護色仕様(?)。
この心許ない感じがまた愛らしい。

  


ね?“ときわ”の空き瓶と空き箱。
…こんなもん撮ってたら、確かに不審に思うよなぁ。
おじさんの視線が痛かったよ…

  

集落の辺りだけ、こんもりと木が生い茂る。
生活の場とそうでない場所の境界がハッキリしてる。
都市では希薄になったこの感覚。

  

伊是名集落のすぐ横にある“伊平屋島番所跡”。
かつて伊是名と伊平屋は同じ行政区だった。
繋がりの深い、ふたつの島。

  
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