珊瑚の石垣に感嘆し、神様と対峙してしまったお昼前


 “内花集落”から牧草地や畑を横目で見ながら、島の西側をぐるりと周る。時折、荷台に溢れんばかりのサトウキビを積んだトラックと擦れ違う。ちょうど収穫の時期なんだろうか。仲田港の近くに製糖工場があったから、きっとそこへ運ばれるんだろう。
 離島では一際存在感のある製糖工場。大抵、港や空港などの近くにあって、大きな煙突があって、稼動していると周囲に素朴な甘い香りを漂わせる。でも、その工場の中で一体どんな工程が執られているのか、僕はあまりよく知らない。サトウキビの幹を搾る→搾り出した汁を煮詰める→冷やし固める、という大まかな流れは分かっているけど、工場の中にどんな設備や機械が備わっているのか、どれぐらいの人が従事しているのか…そう思うと、なんだか秘密工場のように思えてきたりして。実は、僕の想像を遥かに凌ぐほどにオートメーション化されてたりしてねぇ。“全自動黒糖製造マシーン”みたいなものが開発されてたり…しないか。
 本島には工場見学をさせてくれる製糖工場もあるらしいのだが、離島の工場はどうなんだろう?「小浜島に行って製糖工場を見学してきました〜!」なんていう話、あまり聞かない。ちょっと見学してみたい気もするよね。かと言って、「製糖工場でアルバイト」などと本格的に携わる根性は無い。俺って…
 
 話が逸れたが、そんな畑や牧草地を見ながらしばらく車を走らせて行くと、昨夕も訪れた“勢理客”の集落に着いた。昨日はだいぶ陽が暮れかかっていたので、改めて明るい集落の中を歩いてみることにした。
 勢理客の家並みは、内花集落と同様に現代的な住宅が多いのだけど、この集落に独特の風情を与えているのが“石垣”。比較的小さくて平べったい珊瑚の欠片がギッシリと高密度で積み上げられた石垣は、ゴツゴツとしていてどこか重厚感があるように思える。そんな石垣に囲まれた集落に彩りを添える、南国の草花。そのコントラストの強さが何ともイイ感じである。
 …などといちいち有り難がってる余所者の感慨をあざ笑うかのように、石垣に子供用のゴム長靴がズコッとぶっ刺して干してあったりする。この石垣だって、集落の人にとってはごくありふれた生活の中の一部。当たり前のことなんだけど、今さらながらそんなことに気づかされたりしてね。きっと島の人にしてみれば、「石垣なんか面白がるなんて、アンタも変わってるねぇ」ってなところなんだろう。
   

トラックに山積のサトウキビ。
こういうトラックがかなり頻繁に走ってました。
収穫の時期なんだろうねぇ。

   

勢理客港。
ここにもだ〜れも居ません。
こじんまりとした港です。

  

勢理客の集落。
周囲の建物そのものは比較的新しいかな。
でも、この石垣と草花が放つ雰囲気。

  

どことなく質実剛健って感じがしない?
穏やか、というよりはどっしりとした感じの石垣。
色もなんとなく黒っぽいし。

  

よく見ると珊瑚の欠片だってことがハッキリ分かる。
これもまた海がもたらした恵み。
それを上手く活かしてきた島の暮らし。

  


形も大きさもまちまちだけど、しっかりと密集。
…あの〜、今さらこんなこと訊くのもなんだけど、
これって接着剤とか使ってないんだよねぇ…

     

林の中の抜け道を通ると、港の脇の海岸に出ました。
手前のリヤカーには何かの葉っぱがいっぱいに積載。
この荷の主は何処へ?

  

 勢理客の集落から南下してしばらく行くと、“伊是名ビーチ”に辿り着く。この島で“ビーチ”として整備されているのは、ここだけ。伊是名集落のすぐそばにあって、ビーチ沿いの道には軽食屋やパーラー、民宿もある。
 ビーチの手前には並木の遊歩道があって、東屋風の休憩所やベンチも備わっている。そして、その並木越しに見えるビーチ。ビーチには人影も無く、砂浜に立ってみると、波と風の音しか聞こえない。僕は、静かで穏やかな砂浜を少し歩いてみた。「砂浜を歩く」というただそれだけの行為が、これほどまでに気持ちを安らかにしてくれるとは…
 サンダルを履いたまま足を海に突っ込んでみると、さすがに海の水はまだ冷たかった。こうポカポカ陽気だとうっかり忘れちゃいそうだけど、まだ2月だったんだよなぁ。ちなみに、この日の伊是名島は気温20℃。長袖で軽く動くと汗ばむぐらいの暖かさ。

 ビーチから沖に視線を向ければ、“屋那覇島”がかなりハッキリと見える。屋那覇島―― 別称“共和国・こんがりここなつ島”。う〜ん、微妙なネーミングかも…この島は、何でも島がまるごとキャンプ村のようになっている、“野外生活型ミニ国家”なんだそうな。とくに子供たちには「ちょっとした探検気分」が味わえるスポットだそうで、そんな子供たちや家族連れがキャンプできる体験ツアーもあるらしい。かつては有人島だったらしいのだが、今は無人島。
 キャンプか…ヘタレ観光客の僕としては遠慮したいところではある。生まれてこのかた、僕は一度もキャンプをしたことが無い。大体、僕の辞書の中には“野宿”とか“寝袋”という言葉も存在しない。屋外で眠れるような神経の太さや強靭さも無いし。…こんな軟弱な僕は“こんがりここなつ島”で、その性根を叩き直すべき?
 

“伊是名ビーチ”。
島で唯一の海水浴場です。
シーズンじゃないので誰も居ませんけど。

  

海は澄んでいて実にキレイでした。
2月じゃさすがに泳げないけどね。
こんな海が身近にあるってイイよなぁ。

  

白砂がイイねぇ〜。
夏は島の子供たちが元気に遊ぶんだろうね。
今は波の音だけの静かな空間。

  

沖に浮かぶ“屋那覇島”。別称“こんがりここなつ島”。
無人島だけど子供のための体験型ツアーもある。
しかし、この別称はどうなんだ?

   

 “伊是名ビーチ”のすぐ隣りに“伊是名集落”があるのだが、集落は後でゆっくりと周りたかったので一旦通過して、昨日の夕方にも訪れた『ギタラ展望台』へ。と、次第に空模様が怪しくなって来た。島の西側はかろうじて晴れているものの、雲がだんだんと広がりはじめて、空はすっかり白くなってしまった。このまま曇天に変わってしまうんだろうか。少し雲行きに不安を感じつつ、展望台に上ってみる。
 展望台から見る“海ギタラ”と伊是名の海。昨夕の景色とはまた一味違う眺望を堪能する一方で、どうしても雲の行方が気になって仕方が無い。昼の船で島を離れるまでは、せめて晴天であって欲しいと思うんだけど…

 展望台から道路を挟んだ向かい側に、“陸ギタラ”が聳えている。陸ギタラの麓には石のモザイクで造られた慰霊塔があった。
 実は、この伊是名島にはかつて、残置情報員或いは離島工作員と呼ばれる人間が配置されていた。もちろん戦時中のことだ。何でもあの『陸軍中野学校』出身の組織だったそうな。その組織は、島民の前で米兵を殺害したこともあったらしい。こんなに静かで穏やかな島で…そう思うと、何だか背筋が凍るような気持ちになって来る。直接戦火に晒された沖縄本島(とくに南部)はもちろんのことだが、そうでない島々にも戦争は容赦なく覆い被さって、そのどす黒い力を及ぼし拡大させていく。本島から遠く離れた八重山にさえ、戦争の傷跡は未だに残っている。…だけど、僕はそんな傷跡が本当に伝えたい何かを、ちゃんと受け止めることが出来ないで居る。いや、たぶん今、日本で暮らしている人のほとんどが同じだろうと思う。戦争の真の恐ろしさは、実際に戦争というものを体験した人々にしか分からないんだと思う。
 ふと、今朝の名護市長選のニュースを思い出す。辺野古にヘリポートが出来ることが即戦争に繋がるというのはあまりにも乱暴すぎるけど、今あの問題を議論している人々、あの問題を実際に動かそうとしている人々の中に、果たしてどれだけ戦争体験者が居るんだろう?もっとも、戦争体験者すべてが基地に拘りを持っているとも言い切れないんだろうけど…
 ハッ!またいつもの悪いクセが!どうしてこうヘビーな方向に考えが向いてしまうのか。それは、僕が理屈っぽい石頭野郎だからで〜す。
 ほら、そんなことをウジウジ考えてるもんだから、天気までますますウジウジしてきちゃってるじゃんか。何だか一雨来そうな空だ。弱ったなぁ、これからもう少し島を見て周りたいと思ってるっていうのに。
 僕は空を睨みつつ、慰霊塔から離れた。
  

“ギタラ展望台”。道路沿いにあるのですぐ分かる。
しかも“陸ギタラ”の真ん前だし。
わりとこじんまりとした展望台。

  


展望台からの眺望。
目の前にあるのは“海ギタラ”ですね。
海水の透明度がバツグン。

  


“陸ギタラ”の麓にはこんな慰霊塔が。
この小さな島にも沖縄戦の影が…
あちこちの離島に慰霊碑や慰霊塔があるという事実。

  

間近で見る陸ギタラは結構インパクト有り。
海ギタラと対を成しています。
※ギタラ=切り立った岩山。

  

 “陸ギタラ”からさほど離れていないところに、何やら鳥居が現れた。昨日はまったく気がつかなかった。何となく興味を惹かれたので、ちょっと立ち寄ってみることにした。
 岩山をバックにして建つ鳥居へと続く短い参道の入り口には“龍神洞”と掘られた石版が置かれていた。龍神といえば、大概が海の神様だ。海の神様かぁ…これから本島にフェリーで帰るわけだし、海と空模様は密接な繋がりがあるし、ここはひとつ御参りしてみようかなぁ。でも、島の人間でも無い僕が軽軽しく御参りなんてしても大丈夫なんだろうか?沖縄の御嶽って基本的に「部外者は迂闊に立ち入るのは善くない」ってことになってるし…
 僕は参道を前にしてしばらく迷ったが、意を決して鳥居に向かって歩き出す。すみませんけど、ちょっと御参りさせてください。
 参道は緩やかな登坂になっていて、石を地面に埋め込んだようなガタガタの石段が敷かれてあった。陽が届きにくいせいか足元はややぬかるんでいて、うっかりすると滑りそう。聖地に足を踏み入れる畏まった気持ちと相まって、僕はかなり慎重に鳥居をくぐり拝所に近づく。
 拝所は岩の裂け目を利用して設けられていて、手前に賽銭箱や線香を供える台などが置かれていた。裂け目の奥は暗く、どこまで穴が続いているのかよく分からない。しばらく僕は穴倉の暗闇をジッと見つめていたが、何だか怖くなって来たので見るのを止め、その場に座ってお参りすることにした。
 「余所者がこんなところに来てしまって、どうもすみません。でも、ちょっとお願いしたいことがあってやって来ました」と、まずは心の中で神様に言い訳してみる。我ながら気が小さい。
 「だんだん天気が悪くなって来てるんですけど、どうか晴れの天気に変えて欲しいんですけど…無理なお願いでしょうか。あ、神様に向かって無理なんて、失礼じゃんか!無理って言ってもそういう意味じゃなくて、言い換えれば“わがままなお願い”とか、そういう意味で使った言葉なんですけど、え〜っと…」やっぱり気が小さい。小さ過ぎる。
 そう言えば、この時点で僕はまだいわゆる“初詣”という年中行事を行っていなかったことに気づいた。年が明けてからまだ神社仏閣の類にお参りをしていなかったのだ。ということは、これって実質的に“2002年の初詣”ってことになるんじゃないか?だったら天気のことと一緒に今年一年のことも祈っておくべきなんじゃないか?
 「それと、今年一年が無事に、出来れば少しでもイイから幸せに暮らせますように…あ、やっぱりスゴク幸せに暮らせますように…でも、龍神様にこんなことお祈りしても専門外の分野のお願いだよなぁ…あ、べつに龍神様を非難してるわけじゃなくて!きっと龍神様だってそれぐらいのお願いは叶えてくれますよねぇ。って、この言い方は失礼だ!ひぃ〜!ごめんなさい!」
 …と、雑念80%(当社比)な感じの参拝を終え、何だかとても疲れた気分で龍神洞を後にした。こんな初詣じゃ、今年も思いやられそうだな、などと若干ブルーな気持ちで道路に戻ると…おお!なんと!空がすっかり晴れているじゃないか!!さっきまで真っ白だった東の空が青くなって、弱まっていた陽射しもギンと照りつけはじめた。これは…なんて素晴らしいんだ、龍神様!お祈りをしてまだ数分しか経っていないというのに、こんなに即効性のご利益を授けてくれるなんて!…まぁ、単なる偶然かも知れないけど…あ!そうじゃない!なんて罰当たりなことを!俺のバカ!龍神様、ごめんなさい。もう決して失礼なことは言いませんから〜。
 ………神様という存在は、どうしても自分の心の内と直結してしまうのでなかなか大変だ。怖いね、神様って。神様を信じて祈るということは、絶えず自分を見つめるということなのかもしれない。龍神様に天気のことをお祈りするだけで、こんなにヘロヘロになってしまう僕に、信心の道は遠い。って言うか、今のところ信心の道を進むつもりも無いし。…あ、べつに神様を信じない、ってことじゃなくてですねぇ、え〜っと(以降、エンドレスな堂堂巡り)
  

唐突に現れる石版。
お世辞にも上手いとは言い難い素朴な文字。
ちょっとナメて掛かりそうになっちゃうけど…

  

聖なる場所なんですねぇ。
こんな表示板が立ってると、急に身が引き締まります。
御天七龍子神っていうのも何だかスゴイ。

  

松林の中に出没する鳥居。
ホントは部外者が迂闊に入っちゃいけないのかも…
でも、ちょっと御参りしてみます。

  


岩の裂け目に石製の線香台と賽銭箱が。
周囲の空気は凛として、ズンと重い。
振り返ると伊是名の広い海原。

   

“にらいかない”って不思議な言葉だよね。
海の向こうにあるという神の国。
そこからやって来る神様と、それを迎える人々。

  

お参りを済ませると、急に空が晴れてきた。
これはもしかして龍神様のご利益?
うん、きっと間違いない!

  
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