栄町、再び。とは言っても、昨夜は時間が遅かったせいで市場の店はすでに閉店していて、すっかり降り切ったシャッターを見ながら薄暗いアーケードをくぐっただけで終わってしまった。おまけに、ヤバい商売を営むオネーサンたちに擦り寄られ、周囲を見回しながら街を歩く余裕などほとんど無かったし。さすがにこんな真っ昼間だし、その手の女性陣も営業活動を控えているだろうと思い、僕はすっかり安心して市場へと歩き出した。…のだが…“旅館”だの“サロン”だのという看板がひしめく通りを歩き出すと、まるで昨夜の状況と同じだった。日傘を差し、デップリとした体に張り付くような黄色のTシャツを着た女性が、どこか覚束ない足取りでフラフラと僕に近づいてきて、「オニイサン、オニイサン、遊んでかない?」とか細い声で囁いてきた。「ゲゲッ!こんな明るいうちから!?」と、僕が驚きのあまり立ち止まると、黄色いTシャツ女の後ろから、全身黒尽くめのおばちゃんが、そして、脇の路地からも、フラフラとこちらに向かって歩いて来る。彼女らには失礼だが、その様子は生存者を襲わんとするゾンビの動きと瓜二つだった。狙われている!僕は腕に纏わりついてくる黄色Tシャツをスッと振り切り、その他のおばちゃんたちの横を早足ですり抜ける。
 …それにしても、昼間から客引きをするのもどうかと思うが、それよりも何よりも僕が恐れ入ったのは、そんな彼女の背中越しに、市場のアーケードでのどかに買い物をする人の姿が見える、というこのギャップ。買い物袋を下げたアンマーやオバァ、小さな子供を連れたお母さんと数十メートルと離れていない場所で、こういう商売をせっせと繰り広げている女性が存在する、というこのとてつもない違和感。もちろん、市場の人たちや、そこで買い物をしている人たちだって、この商売のことをまったく知らないはずが無い。…これは、かなりスゴイことだと思う。市場の人たちは内心「迷惑だなぁ」と思っているのかもしれないが、この両者の付かず離れずの関係は、昨日今日に始まったものじゃない。これを懐の深さと取るか、はたまたテーゲーな精神の成せるワザと取るかは、人それぞれだとは思うけど…
 あ〜、ビックリした。とにかく、今日こそは市場の中をしっかりと見て歩こう。

 市場の中は、至って穏やかな商店街といった雰囲気だ。いわゆる“市場”の活気とは異なる、ごく普通のアーケード街。牧志の公設市場界隈や、今朝歩いた農連市場のような雑多でパワフルな感じはあまり無い。その分、強烈な生活感と地元の空気が辺りを包んでいた。僕のような人間が一歩足を踏み入れると、途端にその場の空気から浮いてしまうような、そんな感じだった。
 僕は、出来るだけその空気を壊さないようにと思いながら、こっそりと写真を撮ったり、店を覗いたりする。何もそんなにコソコソしなくても良さそうなもんだが。
 とは言え、このさほど広くない上に碁盤の目のようになっているアーケードをウロウロと彷徨っていると、同じ店の前を何度も通過することになり、どうしても「あの男、何だか怪しげな動きをしているなぁ」という視線を浴びることになる。小心者の僕にとっては、実に肩身の狭い状況である。う〜む、何かしら突破口を開く必要があるな。よし、いっちょ買い物でもしてみるかな。
 こういう場合、僕はまず“お客”になることにしている(朝の農連市場のときと同様)。お客になってしまえば、この肩身の狭い思いも幾分和らぐというものだ。僕は適当に目に入った『100円の店・ワールド』という看板の店先に立ち ――今から思えば、この店ってどうやら女性向けの小物をメインに扱っている店みたいだったけど―― 、ぜんぜん欲しくも無い小さな紙袋を買った。さらに薬局で、これまたまったく買う気の無かったマスクと栄養剤を買ったりもした。「お風邪ですか?」と訊ねてくれた薬局のご主人に「はい、そんな感じなんです…」と歯切れの悪い返答をし、少しばかり罪悪感を抱いたりして…
 せっかく買ったので、さっそくマスクを着装してみたが、これじゃあますます怪しい人物になってしまうと気づき、慌てて外したり…って、俺何やってんだ?
 だけど、とにかくこの“栄町市場”は、見事なまでの“地元の商店街”だ。店先では買い物客と店主の何気ない遣り取りが交わされ、アーケード特有の、いろんな匂いが混ざった何とも形容し難い匂いが漂い、街の騒音もほどよく遮断されていて、柔らかい日陰の下でトロンとした時間が流れていく。暮らしの実感がある。

 何だかすっかり旅行気分がかき消されそうになりながら、僕はアーケードを出た。…あ、そうか。またあの“営業活動地帯”を通らなきゃならないのか。
 さっき僕に総スカンを食らったにも関わらず、またしても同じメンバーが同じように擦り寄ってくるのをかわしつつ、僕は栄町を離れた。
 しかし、くどいようだがホントにこのギャップたるや、一瞬気持ちの切り替えに困るほどの差がある。「市場に少しでも溶け込みたいから、買い物しなくちゃな」というノリで、ついうっかりこちらの女性までも“お買い物”しちゃったり…しないか。
 でも、こういった女性と、そういう行為に及ばずとも、ちょっと話を聞いてみたいな、とも思ったりする。いや、べつに「どうしてこんな商売をしてるの?」なんてお節介ジジイのようなことを根掘り葉掘り聞こうというわけじゃなくて。ひょっとすると、彼女たちはどこか静かな視線でこの街を見ているのかもしれない。それどころか、もしかするとことによっては沖縄を、そこで生きる人たちを、そこに訪れる人たちを、分け隔ての無い目で見つめているのかもしれない。何しろ、本来隠したいと思う部分を曝け出すことで繋がるのを厭わない存在なのだから…
 ふと振り返って見ると、黄色いTシャツの女性は、ぼんやりとした表情で日傘を斜めに傾けて、空を見上げるような姿勢で佇んでいた。その彼女の向こう側には、“栄町市場入口”と書かれたアーケードのテントが見える。両者の境界線は限りなく曖昧で、不思議と繋がっているようにも見えた。
 

昨夜の雪辱(?)を晴らすぞ〜!
市場を闊歩してやるのだ。
う〜む、武者震い!

  

あ〜、なんかイイ感じじゃん。
適度な賑わい具合だし。
完全地元密着型のアーケード街。

  

碁盤の目のような市場の中。
闇雲に曲がっているとちょっと迷う。
…俺って方向音痴なのかも。

   


垢抜けない婦人服、惣菜屋さん…
どこか懐かしいその佇まい。
何だかホッとする小さな世界。

  


通路に飛び出す商品でゴチャゴチャ。
店先で世間話をするオバァやアンマー。
まどろみと賑やかさが心地良く共存する。

  

お世辞にも広いとは言えない市場。
時代の中で一際小さく見える。
でも、その中に詰まった濃厚な空気の魅力。

  

市場の中にあった居酒屋(?)。
ウッドストックに浅川マキ。
只ならぬ店っぽい予感が…

  


左はケーキ屋、右は乾物屋。
通路越しに会話する店の人。
その下をくぐる僕。

  

市場から安里方面に抜ける狭い通路。
そこに響くチ〜ンジャラジャラピロピロな音。
ちょっと中を覗いて見ると…

  

オジィがパチンコ打ってます。
パチンコ屋って独特の様式美を感じさせない?
僕はやらないけど、パチンコって。

  


“真心と信頼を売る皆様のストア”。
きっとそのキャッチに偽りは無いのだろう。
…でも、何を売ってる店なんだろう?

  

ブーゲンビリアが目に沁みる。
が、これを撮った直後に例のオネーサンが…
こんな真っ昼間から果敢な営業活動かい(^_^;)

  

旅館。旅人は泊まりません。
バーやスナックもちょっと普通とは違ってます。
そこは怪しいワンダーランド(なのか?)

  


えっ?110番しろって?
果たしてどこまで本気の張り紙なのか。
客引きされまくりですけども。

  

でもね、なかなか味わい深い街だよ。
そういうことに不快感を持つ人はダメだろうけど。
取って食われるワケでもないし。

  

直線にして100m足らずのごく狭い色町。
そこにピッタリと接する市場のアーケード。
ひしめく清濁の振り幅の大きさはある意味感動的。

  

 栄町で思いのほか時間を費やしてしまい、もう空港に向かわないといけない時刻になってしまった。
 レンタカー屋のすぐそばにある『那覇そば』で食事を摂り(そういえば、今日はこれまで何も口にしてなかった…)、レンタカーを返却。レンタカー屋の送迎バスで空港まで送ってもらった。
 僕は、バスの中から飛行機に乗るまで、ずっと昨日と今日のことを考えていた。僕はどうして沖縄に通っているんだろうか。沖縄が変わっていくことが寂しいと思いながら、そんな沖縄を見たり感じたりするのが辛いと言いながら、ましてやそれが本島だけじゃなく、今や離島にさえも押し寄せている変貌だということを思い知らされながら、何で俺は沖縄に来ちゃうんだろう?
 …なんか、ここまで来るとまるで演歌だね。「ダメになるとは分かっちゃ居るが、どうしても離れられない。あなたは何て罪な人」みたいなね。我ながら、冷静に考えるとつくづく「俺ってとてつもないバカだなぁ」と思う。今までせっせと沖縄に通い、果たしてどれだけの出費を重ねて来たことか。一泊二日の沖縄旅行をはじめてから、恐らく20回近く沖縄にやって来ているわけだから、一回につき5万円のお金をつぎ込んでいると単純に計算しても…100万ですぜ、100万!諭吉が百枚!これを散財と言わずして、何を散財と言うのか!ってな勢いですよ。おかげで貯金らしい貯金なんぞ皆無に等しい懐具合。こんなんで俺の将来は大丈夫なのか!?
 そんなことを考え出し、半ば青くなっている僕の目に、『だいじょうぶさ〜沖縄』のポスターの文字が飛び込んで来る。…ホントにだいじょうぶなんでしょうか。
 だけどね、気取ったことを言わせてもらえば、たぶん僕はそれ以上の何かを沖縄からもらってるはずだと信じている。自分で勝手に飛び込んで行って、自分で勝手に玉砕し、それでもやっぱり気持ちを断ち切ることは出来ない。…これは間違いなく恋愛感情ですね。ありとあらゆる恋愛に関する格言を当てはめてみても、笑っちゃうぐらいしっくり来るんだよ〜。
 
 さて、話は変わって帰りの飛行機なんだけど、今回は沖縄での出費がかなり少なかった(島に渡ったりもしてないし)ので、ちょっとここらでリッチな気分♪と気張って、スーパーシートなるものを利用してみることにした。何しろシートがスーパーなわけだから、きっと椅子だってふっかふかで、帰りの便はぐっすり熟睡しながら快適に羽田へ…などと、ちょっとウキウキした気分で意気揚揚乗り込んだのだが…
 確かにシートは広く、リクライニングだって後ろの席の人を気に掛けることなく倒せるし、だてに別料金を設定しちゃいないな、と思わせてはくれるんだけど…客室乗務員のサービスが、ちょっと鬱陶しいんだよなぁ。何だか無駄に話し掛けて来たり、「お飲み物のおかわりはいかがですか?」とか「お酒はいかがですか?」とか、やたらと構って来る。…まぁ、サービスだから仕方が無いのは分かるんだけど…
 ついでに、酒が無料で飲めるので、僕の隣りに座った男性(ゴルフか何かで沖縄に来たらしい。前の席の人とゴルフ談義に花を咲かせてたし)が、ビールをガンガン飲む。隣人の酒臭い息に内心猿ぐつわでもかませたい衝動に駆られつつ、僕は眠ろうと目を閉じるのだが、あられをボリボリと齧る音、ビールを飲む音、「おかわりはいかがですか?」の声などが次々と耳に入ってきて、眠れねぇだろ〜が!!
 結局、気持ちの悪い半覚醒状態をトロトロと続けているうちに、羽田に到着してしまった。そんな薄ぼんやりとした僕の頭の中には、“恋は盲目”という言葉がグルグルと回転していた。
 …そうだな、これからしばらく俺様の沖縄旅行のテーマは、これで行こうと思う。恋は盲目。「目、ハート」な感じ。あの、黄色Tシャツの人がぼんやりと空を見上げていたように、僕もぼんやりと、沖縄を見つめていこう。そこには何の思想も無く、ただ自分と空がある。僕もそんなふうに沖縄を見ることが出来たら、きっと素晴らしいに違いない。
 

もうそろそろ沖縄ともお別れの時刻。
この明治橋の脇の交差点に差し掛かると、
「あ〜、もう帰るんだなぁ」という寂しさが。

  

二度目の『那覇そば』で、二度目の“煮付け定食”。
皇太子ご夫妻ご来店の写真が飾られてた。
折りしも妃殿下誕生の直後。

  

こうして見ると結構お客が居るみたいでしょ?
だけど、満席には程遠い状況。
次回の訪沖には改善されてるとイイねぇ。

  

イェ〜イ!スーパーシートだぜ!
プラス\3000で何だかリッチな気分だぜ!
…周りに居るのはほとんどオヤジ。

  

サンドウィッチが出てくるんだ〜。
おまけに酒もタダで飲み放題なんだ〜。
…僕は飲まなかったけど。

  

ヘッドフォンだってご覧の通り。
あの聴診器みたいなヤツじゃないんだよ。
でも、機内放送の内容&音質はまったく同じです。

    
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