コザから那覇方面に戻る途中、“安保の見える丘”に寄ってみることにした。ここに行くのはこれがはじめて。今まで気にはなっていたのだが、どうも反戦&平和教育的な臭いが強くて、足を向けるのを躊躇っていた。ついでに言えば、僕は飛行機とかにまったく興味が無いので、米軍機を見たところで「それがどうした?」という感想しか持てなさそうだったし。
 “安保の見える丘”…それにしてもなんとも不思議なネーミングだ。名前そのものが安保に対するアンチテーゼになってしまっているような。たまにテレビなどで、平和学習でこの丘を訪れる修学旅行生の様子なんかを見たりする。平和ガイドさんの説明が米軍機の飛び立つ轟音にかき消され、学生達も思わず耳を塞ぐ―― というようなお約束の画面。沖縄に基地が在る、ということの負のメッセージを強く語り掛けてくる場所なんだろうなぁ、とは思うんだけど、それだけに今ひとつ行く気がしなかった。

 さて、その丘に行ってみると、そこは“丘”というよりはちょっとした展望スペースのようになっていた。道路から階段で丘の上に上がれる程度の小さな丘で、階段の上には警邏中の警察官が居た。やっぱり時節柄(アフガン戦争)なのか、それとも平時から警邏しているものなのか。僕が階段の下からしげしげと警官を見つめていると、いきなり僕に向かってギロリと厳つい視線を飛ばしてきた。それが仕事だとは言え、なんか感じワル〜。階段を上って警官の後ろ姿に向かってアカンベーしながら、丘に立つ。
 丘の上には、数人の見物人が居た。が、僕が訪れたときには一般の観光客もしくは見物客は一人も居らず、双眼鏡で基地と飛行機を熱心に覗き込む人、そして、イアフォンをつけて無線機か何かをいじっている人(←これって法的に大丈夫な行為なの?)、米軍機の写真や軍用品などを販売する人といった“一癖有り”な感じの人ばかりだった。…何だかイメージと違うなぁ。僕はてっきり反戦色の強い場所なのだと思い込んでいたのだが、ある種のマニアにとっては、案外心ときめくスポットなのかもしれない。そうでなければ写真や軍用品を扱う商売なんかが成り立つとは思えないし…あ、でも平和教育でここに来た人が「記念に」買っていくこともあるかもね。
 おまけに、この日の嘉手納基地は、拍子抜けしてしまうぐらいに静まり返っていた。ひょっとするとアフガン戦争に絡んで多くの米軍機は出払ってしまっていたのかも。以前、ガイドブックか何かで「米軍の飛行機が次々と目の前を通過し、飛び立っていく」なんて表記を目にしたことがあったが、少なくともこのときの“安保の見える丘”からは、飛行機は飛び立つどころか滑走路を走ってさえもいなかった。が、逆にその静けさがどこか不気味でもあった。

 しばらく丘の上に居たが、結局僕の頭上を飛行機が飛んで行くことも無く、風の音と車の音だけが微かに聞こえる丘を後にした。
 

空を行く米軍機。
一体どこへ飛んで行くんだろう。
時まさにアフガン戦争の真っ只中…

 


沖縄・嘉手納線から見るフェンス越しの基地。
ここで僕と同じように基地を見る人が5人居た。
みんな、何を思いつつ基地を見つめるのか。

  

…とは言っても、基地内ではときどきトラックが通り過ぎる程度。
それにしても広い。ムチャクチャ広い。
どこか荒涼とした感じさえする。

  

“安保の見える丘”。
車道を挟んで駐車場も完備。
階段の下では双眼鏡のレンタルも(有料?)。

  

基地の中っていつもこんなに閑散としてるの?
人の気配も少なく、米軍機の数も少ない。
時節柄、出払っているんだろうか?

  

防音壁(?)でそれほど見晴らしは良くないかも…
まぁ、見晴らし云々という問題でも無いけど。
飛び立つ飛行機もほとんどナシ。

  

耳を劈(つんざ)くような騒音を起こす米軍機。
しかし、その音を体感することは出来ず。
曇り空の下、待機するばかり。

  

様々な機材を揃え、双眼鏡を覗き込む男性。
報道関係者か、はたまたただのマニアなのか。
ジュラルミンのケースがすごく気になる…

  

戦闘機の写真や軍関係品を即売する人たち。
需要があるから供給もあるんだろうけど…
何だかちょっとイヤな感じ。

  

お巡りさんがしっかり警備体制。防弾チョッキが物々しい。
…でも、背中にスキがあるような気が…
なんか頼りないよなぁ。

  

 それにしても、つくづく沖縄、ことさら国道58号線沿いは米軍基地で占められてるなぁ、と思う。基地なんか無いに越したことはないけれど、その基地で生計を立てている人も居るわけだし、僕自身、基地の在る街独特の雰囲気を楽しんでいる部分があるし…実際、昨日行った辺野古は地域経済の振興のために軍施設を誘致しようとしている。正直言って、米軍基地に頼った振興なんてものがそう長続きするとは思えないが、とりあえず“それ”が来ることで何らかの形で財政が潤うのも確かなんだろう。では、辺野古に軍施設が移転した後の普天間は、一体どんな町になるんだろうか。普天間基地の跡地は、ちょっと想像がつかないぐらいに広大だ。こんな広い土地を果たして有効に使うことが出来るんだろうか?…ちょっと怪しいな、と僕などは意地悪く思ってしまう。
 例えば、天久。今、天久には“新都心”なる新しい街が造られている。その天久新都心は軍施設の跡地を利用して造られつつあるのだが、具体的に計画が動き出すまでにとても長い時間が掛かってしまっている。普天間は、その天久を遥かに凌ぐ広大な空き地になる。「普天間跡地は最早県のレベルでは対応しきれない。国の対策が要だ」というのがもっぱらだが…沖縄本島の総人口は約120万人。県の財政の多くを観光などのサービス業で賄っている沖縄の現状を思うと、どうしても商業地区として再生させることになってしまうのかもしれない。う〜ん、ちょっと微妙だなぁ。
 あ、そうだ。天久に行ってみようかな。10月に寄り道しようとしたが、激しい交通渋滞で断念しちゃったし。
 

58号線。前を行く米軍車輌。
沖縄では見慣れた光景だけど…
やっぱり得体の知れない威圧感と違和感がある。

  

米軍の車相手に事故ると厄介なんだよねぇ。
だからあんまりそばを走りたくないんだよ〜。
とっととどこかに行っちゃってほしい。

  

とは言え、沖縄独特の雰囲気を生み出す源になっていたり。
基地で生計を立てる人、基地によって派生したカルチャーを享受する人。
考えれば考えるほど難しい。

  

 はじめて足を踏み入れる天久。街中が工事現場みたいな状況で、まだその全貌ははっきりと見えて来ない。が、“新都心”という言葉のイメージとは少し違っているように思えた。住宅やマンションがせっせと建設されている様子は、どこか首都圏のベッドタウンのような趣き。郊外型のスーパーや大型店舗も今後いろいろと進出するらしい。…なんか、休日とかにはあっちこっちで大渋滞が巻き起こっちゃいそうな感じ。どうせ“新都心”なんて言って新しい街を造るんだったら、もっとこうバ〜ン!と派手なことをしても良さそうなもんだと思っちゃうのは僕だけですか?
 造成真っ最中の、まだどこか閑散とした街を車で走っていると、「街って、こうして造られていくんだぁ」と妙な感慨があったりもする。元々あった場所が次第に成長して“街”になっていくのとは違う、機能的ではあるかもしれないがどこか不自然な印象も持ちつつ、僕はこの街のファミリーマートでアイスを買って、それを食べながら天久をほっつき歩いてみることにした。
 大型店舗の周辺は人や車も多くて結構賑わっていたし、住宅を建てている辺りにも、恐らくここで暮らすことを考えているのであろう人たちが下見にやって来たりしていたが、それ以外の場所はまだ人影もほとんど無く、だんだん寂しい気持ちになって来た。たぶん、この新都心が本格的に街として完成するにはまだ時間が掛かるだろう。いずれ、那覇の国際通りや北谷の美浜を凌駕する一大都市に…なってるのかなぁ?
 …でもね、栄町のくだりで触れたように、街の面白さって機能性や美観とは違う部分で生まれてくるものなんじゃないかと僕は思うのです。国際通りにマチグヮーがあるように、北谷にフリーマーケットがあるように。ある種のいかがわしさ、或いは混沌としたものがあってこそ、はじめて街としての魅力が息吹くのではないのか、と。
 新都心を歩きながら、僕は無性に国際通り界隈に行きたい衝動を募らせていた。なんか、面白くないや、ここ。俺の住んでる小平と大して変わんないじゃん。…いや、小平のほうがまだイイかも…もちろん、まだまだこれから出来上がっていく街だけどさ、それにしたってぜんぜん面白味が無い(関係者の方々には申し訳ない気がするけど)。
 そうだ!もう一度栄町に行ってみよう♪昨夜は街角に立つオネーサンたちに圧倒されて、ろくすっぽ街を歩くこともままならなかった。さすがにこんな真っ昼間だし、オネーサンたちにビビることも無いだろう。それに、市場の店もちゃんと開いてるだろうし。よ〜し!栄町散策に再チャレンジだ!
 

新都心の住宅街にある公園。
やけに殺風景だけどね。
まだ建設途中なのかもしれない。

  

せっせと街が造り出されていく。
まるで“シム・シティ”のように。
ここにはまだ街の匂いはまったく無い。

  


苦しい沖縄経済のカンフル剤足り得るのか。
少なくとも建設業には恩恵あり、ってところか。
あっちもこっちも工事現場。当たり前だけど。

  

ヴァーナルですよ、ヴァーナル。
沖縄に居ると何故かよく目にする社長のお写真。
確か空港にもあったような…

  

ガンガン造成中。
最早ここが何だったのかも分かりません。
もっとも、天久って米軍住宅の跡だったはず。

   

荒野の向こうに生まれつつある都市。
…なんとも不思議な光景に思えたりして。
目途が立つまであとどれぐらい掛かるんだろう?

  


そんな中、こんなものがしっかり残されてました。
この墓の周りはちょっとした公園風になってた。
街中が見渡せる高台にありました。

  

その墓の下に川と森の名残りが。
ほんのちょっとでもイイから残して欲しいなぁ。
こういうのってやっぱりホッとするし。

  

“新都心”かぁ…
大きな期待を寄せる人もたくさん居るんだろうねぇ。
スーパー、ファミレス、高層マンションetc。

  

しかし、このネーミングはハッキリ言って嫌いだ。
やっぱり由来は『おもろそうし』から?
普通に“新天久”とかにしたほうがイイんじゃない?

  

すでにオープンしてる店舗もいくつかあった。
で、駐車場は満杯。周辺はちょっとした渋滞にもなってた。
この状況がずっと続けばいいけどね。

  
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