那覇を離れて“コザ”に行くことにした。
 とにかく今回の沖縄旅行は、僕の旅行にしてはめずらしく(って言うかはじめて?)行く場所のほとんどをあらかじめ決めていた。やんばる、東海岸、栄町、農連市場…そしてコザ。いつもは場当たり的に行き先を決めていた僕だが、沖縄本島を短い時間で周る場合、それではあまりに非効率だということに『月刊・一泊二日』の旅で思い知らされたので、その反省を踏まえての実に賢〜い選択だ。って自分で言ってりゃ世話は無い。
 が、那覇から沖縄自動車道を移動している途中で“中城村”の標識を見たとき、僕の脳裏に“中城城跡”が掠め飛んだ。…中城かぁ…ちょっと寄って行こうかなぁ。
 

たぶん那覇インター付近からの眺め。
…記憶があんまり定かじゃないけど。
緑と白と青。何となく沖縄らしい色具合。

  

沖縄自動車道。
北行きはいつもガラガラです。
ひょっとして、この高速道路って赤字?

  

 “中城城跡”に向かう道は、なんだか普通の住宅街の中を走っているみたいで、「ホントにこの道でイイのか?」と少々不安になりそうな感じなのだが、しばらく進んで行くとちゃんと城跡が現れる。
 城跡は案外閑散としていた。まだ時間が早いせいかもしれない。静まり返った城跡の中に入ってみると、いやぁ、これがスゴイのなんの。石積みの城壁や石門がたくさん残ってるじゃん。今まで行った沖縄の城跡の中でも、これだけたくさんの石壁がしっかりと残されている城跡は無かったんじゃないかなぁ。
 こうして見ていると、やっぱり沖縄の城って独特だ。少なくとも暴れん坊将軍とかが出て来るような趣きでは無い。むしろどこか西洋チックな気がするのは僕だけか?実際には15世紀辺りに築かれたものらしいのだが、なんだか“遺跡”って感じが炸裂している。さすが世界遺産!
 城跡の中で、何かの撮影をしている人たちが居た。この中城城って、結構いろんなロケに使われてたりするんだよねぇ。が、どうやら僕が出現したせいで撮影を中断させちゃったみたい。すんませ〜ん、とばかりにそそくさと退場。
 この撮影隊以外には、芝生の手入れをする地元の人しか見掛けなかった。城壁の上に上ると、眼下に広がる町の音がとても近く聞こえてくる。中城村と北中城村、そして太平洋が一望できる、極めて気持ちのいい眺めをぼんやりと見ていると、かつてここに居た城主(護佐丸さんでイイんだったよね?)のことさえグッと身近に感じたり…と、ふと西側を見ると、視界に嘉手納基地が入って来た。そのだだっ広さは圧巻だ。う〜む、基地かぁ…ま、とりあえず基地のことはここで深入りするのは止めよう。
 
 それにしても、月曜日の午前中に、こんなふうにのんびりと城跡巡りをするなんて、なんだかこの上ない贅沢って気がする。多くの人が「はぁ〜、今日からまた一週間働かなきゃならないのかぁ〜」と憂鬱な気分で迎えていると思われるこの時間を、僕はすっかり弛緩しきって古(いにしえ)の世界で過ごしてるなんてさ。普段の僕だったら、今頃は池袋辺りで眉間にシワを寄せて仕事してる時刻。とても同じ時間のスピードとは思えない、このギャップ。休みってイイなぁ。
 とは言え、僕の場合、沖縄でもそれほどのんびり出来ないのだよ。何しろ一泊二日なのでね。…ちょっとムナシいなぁ。
 あっちこっち見て周って「今回の旅は充実してたな!」と悦に入ってしまうような、根っからの貧乏性は何とかならないものか。ホントは二日間、どこにも行かないで海辺でボサ〜ッとしてるなんて旅を、一度ぐらいしてみたいと思うんだけど。「せっかく沖縄に来たんだから、いろんなところに行かなくちゃ」という妙な使命感もしくは征服欲に、つい突き動かされちゃう。とくに本島に居るときにはね。
 というわけで、僕は中城城跡を発ち、次の目的地“コザ”へと向かうことにした。
 

“中城城跡”の前にて。
犬もひどくのんびりした感じ。
すぐ横のみやげ物屋で飼われてるのかな?

  

中城城跡。
どこか余所の国の古城を思わせる佇まい。
廃墟好きの俺様にはたまらない好物件♪

  


とにかく、石門の多さは恐らく沖縄の城跡でNo1!
微妙に形の違う門がた〜くさん。
そそり立つ石の壁もナイスな感じ。

  

城壁、石段、石畳。そして木々。
もはやエキゾチックな趣すら有り。
やっぱりイイわ、沖縄の城跡。

  

「ここはペルーの遺跡ですか?」って感じ。
「いや、アンコールワットかも」とも言えそうな。
…どっちも行ったことないけど(^_^;)

  

見よ!この生命力!
って言うか、これで養分摂取出来るのか?
ちょっと気持ち悪いかも…

  

ガジュマルの木の下に拝所。
木洩れ日さえもどこか崇高な気がする。
静まり返ってるので、少し怖かったりもする。

  


これも拝所。
この城跡にはこういう拝所が結構ありました。
本土の城には無いよね?こういうの。

 

造られてから500年ぐらい経ってるわけでしょ?
スゴイよなぁ〜。
…でも、どうして壁しか残ってないの?戦争のせい?

  

何かの撮影をしてました。
とくにモデルさんらしい人も居なかった。
何の撮影をしてたんだろう?ちょっと気になる。

  

この門を昔の人もくぐってたわけだよね。
そう考えると一歩一歩慎重に踏みしめたくなる。
石床に頬擦りしちゃったり(それはヘン)

  

カーブしてるところにご注目!
こんなにキレイな曲線を描くことが出来るとは!
造った人たちに思わずブラボー!

  

…もう飽きた?
何しろ作者がこういうのを偏愛してるもんで(^^ゞ
“世界遺跡ツアー”とか行きたいねぇ。お金があれば。

  

それにしても、この造形の由来はどこから来たんだろう?
やっぱり中国からなのかなぁ?
それとももっと西の方から?

  

城壁の上からの眺め。
これは…恐らく宜野湾・普天間方向。
もう少し左にパンすると普天間基地が見えます。

  

こっちは中城湾方面。
海に向かって伸びるのは某石油会社の製油場の…
…何だろう?パイプか何か?

  

かなり高台にあるんだよね、この城跡も。
今帰仁も勝連も座喜味も、眺望バッチリだったもんね。
もっとも、そういう立地に建てるものなんだろうけど。

  

タンポポが。春だねぇ〜。
…って、12月じゃん!
沖縄のポカポカ陽気、恐るべし!

  

 城跡から国道に戻る途中の住宅街の片隅に“カー”がいくつかあった。“カー”っていうのは、漢字で表記すると“川”。とは言っても本来の“川”の持つイメージとはかなり違う。だから“井泉”と表されることが多い。
 今でも多くの人が何らかの形で利用している“金武ウッカガー(大川)”や“垣花樋川”などを訪れると、そこが単なる水源としてだけじゃなく、人が憩う場所でもあるんだということに気づかされる。もっとも、ほとんどのカーは今では史跡として存在しているわけだけど。
 ここ中城に点在するカーも、今では利用する人は居ないようだ。淀んだ水面には枯葉などが浮かび、辺りに人影も無い。堀の中には藻がいっぱいだし、まさかこれが今でも利用されてるとは思えないんだけど…。一体いつぐらいまで現役で活躍していたんだろう。“チブガー”という井泉の案内版には「旧正月2日にハチウビー(初御水)の祈願をする」と書いてあった。ということは、現在でもその日はこのチブガーに人が集まるのかな?…ところで、ハチウビーって、どんな儀式なんだろうなぁ?ちょっと見学してみたいものだ。
 そのチブガーのすぐ横で、何やらちょっとした工事をしていた。ここは『チブガー庭苑』という公園のようなものになるらしい。
 それにしても、こんな住宅街の片隅に歴史を思わせるものがちゃんと残されている、というのは、なかなか感動モノだ。それでなくても、沖縄本島の場合、戦争のせいで島の多くのものが失われてしまったわけだから、こういったものが何らかの形で残されていくといのは個人的にはスゴクうれしい。
 消しちゃうのは簡単なこと。残し守っていくのはとても大変で難しい。この小さな水庭を見ながら、しみじみと思ってしまった。
 

“チブガー”です。
水はちゃんと入ってますが、使える状態かどうかは…
少なくとも飲めそうにはありません。

  

触れあいの場でもあり、生死の際の神聖な水でもあり…
生きることと死ぬことが密接に繋がってる。
沖縄に限らず、昔はきっとそうだったんだろうね。

  

こっちは“イリヌカー”です。
“チブガー”のすぐ近くにあります。
“西の川”ってことかな?小さなことからコツコツと。

  


こちらも水はちゃんと入ってました。
…でも、ひょっとすると単なる雨水かも…
水が伝ってくる“とい”は乾き切ってたし。

  
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