今朝はいつにも増して早めに起床。いつもだと朝食は抜きでホテルをチェックアウトしてしまうのだが、このホテルの場合、宿泊料金に朝食代が込みになっているので、どうせなら食わなきゃもったいない!というわけで(我ながら意地汚い)、食堂に移動する。
 バイキング形式の朝食なのだが、ハッキリ言ってそれほど食欲があるわけでもなく、ロールパン1個とゆで卵とコーヒーという、何だか粗末を絵に描いたような取り合わせをトレイの上に乗せて、適当な席に着く。まだ早い時間ということもあって、テーブルには数えるほどの人しか居なかった。僕の向かい側に座った家族連れが「今日はどこに行こうか〜」などとほのぼのムードで語り合っているのを微笑ましく眺めながら、僕はぬるいコーヒー(←ほとんど人肌)を啜る。
 だが、今朝はそうのんびりもして居られない。というのも、今日はこれから“農連市場”に行こうと思っているからだ。
 “農連市場”。何しろこの市場は、夜中(明け方と言うほうが正しいかな?)から開いている市場らしい。「そんな時間から開いてて客が来るの?」と思ったりもするが、これが案外夜中から賑わっているらしいのだ。ホントだったら、その夜中に行ってみたいとも思ったのだが、昨夜はかなり遅い時間まで街をほっつき歩いてしまったので、結局起きられなかった。だがら、一刻も早く市場に出掛けたかったのだ。
 僕は粗食極まりない朝食を味わうことも無く片付けて、さっさとホテルを出て、一路農連市場へ向かった。

 農連市場は、牧志の市場のやや南東、ひめゆり通りを越えた“樋川”という町にある。何でも、例のドラマ『ちゅらさん』の中で、スーちゃんこと田中好子扮する主人公の母がこの市場で働いている、という設定だったそうだが、僕はあいにくその場面を一度も見たことが無い。
 漠然とした場所の記憶を頼りに歩いて行くと、人と車の流れですぐにその場所は分かった。…確かに、こんな早朝(8時ちょっと過ぎ)だというのに、何だか人も車もワサワサと群がっている。市場の前には食堂もあって、しっかり開店営業中。
 僕はさっそく市場の中に入ってみることにした。この市場は、上手く説明できないけど“バカでかいバラック”みたいな感じになっていて、そのバラックの中に細い通路が不規則な碁盤の目(そんなもんあるか!)状態で巡っている。ちゃんとした店のようになっているところもあれば、通路の横の地べたにシートを敷き、その上に商品を並べただけで商う人も居る。とにかく雑然としていて、何だかムチャクチャ“濃い”空気が辺りを覆い尽くしている。買い物をしている人も、たぶん僕以外はほとんどが地元のお客だ。それが証拠に、僕が中をウロチョロしていると殊のほか強い視線を感じる。さしづめ「こんな時間にこんなところに来る観光客も珍しい…」といったところだろうか。買い物客はもとより、ちょうど学校の登校時間でもあったので、制服を着た中学生や小学生が市場の中を歩いたりしている。…とにかく、やたらとゴチャゴチャしているのだ。
 僕は、ひと通り市場の中を歩いてみる。が、いつの間にか同じ店の前を何度も通ってしまったりする。と、お店の人はますます僕を怪しい人間を見るような目で見る。こんな状況でデジカメを取り出して写真を撮ったりしようものなら、何だか悪いことでもしているような気分になっちゃったり。…ちょっと気まずいなぁ。買い物でもしてみるか。
 僕は、とりあえず果物を床の上に広げているオバァに接近。オバァは僕を見るなり、
 「あい、おにいさん。どうね、買っていきなさい。安いから」と、いきなり強い口調で商売をはじめた。
 「う〜ん、そうだなぁ…」と品物を眺めながら、僕は内心「でもなぁ、ここで果物を買っても、荷物になるだけだし…」と躊躇していた。
 「おにいさん、観光で来た人?だったらこれ買って行きなさい、シークヮーサー」
 「シークヮーサーかぁ…こっちのヤツは普通のみかん?」
 「あ?ああ、そうよ、これは温州。これにする?」
 「…うん、じゃあそれ…」
 一体、何が悲しくて沖縄で普通のみかんを買わなきゃならないんだ?しかもビニール袋にたんまりと入ったヤツを…。だけど、シークヮーサーを買ったところで使い道が無いし。これだったら、今すぐにでも食べられる。今日中に食べてしまえば荷物にならなくて済む。購入を決めたポイントはただそれだけだった。
 
 ま、とにかくこれで僕も無事買い物客の仲間入りを果たしたわけだ。みかんを片手に下げて歩いていれば、もう怯む必要も無い。僕はさっきとは比べものにならないぐらいにすっかり調子付き、かなり大胆に市場内を闊歩する。
 でも、この市場は牧志の市場なんかとは違って、呼び込みなどは一切ない。買い手が店に近づいても、それほど「買って!買って!」的な姿勢は見られない。だから比較的のんびりと市場散策が出来る。牧志の市場だと、あっちこっちから引っ切り無しに声を掛けて来るからねぇ。
 通路にひとりきりで小さな店を出しているオバァ、そのオバァに朝の挨拶をしながら通学する子供たち。陽気に談笑するアンマーたち。常連の客と世間話をする店の人。熱心に品定めする人。いろいろな人の時間が錯綜する、市場の朝。何気ない光景にさえ、掛け替えの無いものがあるような。

 とはいえ、こんな市場の風景も、いずれ消え去ってしまうことになる。
 牧志の市場からこの農連市場にかけて、かなり大規模な再開発計画が提案され、市場側もそれを承諾した。道路事情の悪さや駐車場の不備などで市場の売上が減少している現在、この再開発計画にこれといった反発も無かったようで、いや、それどころか「市場の再開発は長年の悲願だった」という市場の人も少なくなかったらしく、どうやら市場が今の形を失ってしまうのは確実なものとなったようだ。
 市場の人たちが望む開発ならば、それは仕方が無いこと。…だけど、やっぱり寂しい。もしもマチグヮーが、そこいらへんにあるような“普通のアーケード街”になってしまうとしたら…僕はたぶんもう、今までのようにワクワクした気分でマチグヮーを歩くことも無くなるだろう。
 牧志、樋川、栄町…街が時代と共に姿を変えるのは、至極当然の変化なのだとは思う。そして、街はまるでクローンのように同じ顔になっていく。僕らが“沖縄のマチグヮー”と呼んでいた場所は、そう遠くないうちに過去のものになってしまうんだろう。…ひょっとすると、僕が勝手に惚れ込んでいる“沖縄”ってのは、幻みたいなものなのかもしれない。その幻がすっかり消え去ったとき、たぶん僕の沖縄通いも終わるんだと思う。そこいらへんで普通に見られるもの、触れられるもののために、わざわざ沖縄まで旅したりはしない。
 
 …まぁ、これは余所者の観光客が抱いている自分勝手な気持ちに過ぎなくて。沖縄は、そんな観光客の感傷に付き合う必要な無いのだから。街は、そこで暮らしそこで生きる人のための場だ。その街の将来は、その街の人々自身で決めること。だから、僕はその変わっていく過程をただ見届けたいと思っている。そうすることで、僕の中にある沖縄が死んでしまうとしても。
 農連市場の、物と人が入り乱れる中を歩きながら、僕はその活気と裏腹に無性にせつない気分になった。バカみたいに写真を撮った。いくら撮っても撮り切れないような感覚に、ジリジリとしてくる。ひとつ残らずかたちに残したい。…でも、それこそバカみたいだ。とても未練がましい。もうやめよ〜っと。
 
 市場から外に出ると、何だか夢から覚めたような気がした。僕は農連市場をさっさと後にした。
 

朝の那覇。午前6時頃。
まだ完全には明けきってません。
さすがにこの時間は気温も涼しい感じ。

    


久茂地交差点。
だんだん交通量も増えて来てます。
まさに“都会”の朝の光景。

 

“農連市場”。って書いてあるし。
荷物の搬入・搬出で混み合ってる。
まさしく“市場”という雰囲気。

  

野菜を扱う店が多いかな?
ま、農連市場っていうぐらいだからね。
…観光で行っても買う用途が希薄か?

  

とにかく地元の人比率が高い。
ウチナーグチも飛び交っています。
で、ここもやっぱりアンマー&オバァで溢れてる。

  

こういう場所が残ってるのはイイねぇ。
でも、再開発で消えていく運命。
だから、今のうちに、ね…

  

品物を車から降ろし、開店の準備をする人も。
一日のはじまりの潔い空気。
血が巡っていく瞬間の高揚感。

  

狭い路地を荷を積んだバイクが走り回る。
どこかアジアを思わせる光景。
垂れ下がった天幕でさえも。

  

アンマーやオバァの力強さ。
咽(むせ)返るような生活の匂い。
市場の魅力はきっと万国共通なんだと思う。

  

生鮮食品だけじゃなく、衣料品も雑貨も多数。
とくに市場の中央付近の婦人服屋(?)は圧巻。
暖簾かカーテンのように吊り下げられた衣類…

   


畏(かしこ)まったところがまるで無い。
それでいて、決して弛緩しきっても居ない。
この間合いはかなり絶妙だ。

  

学校に向かう中学生男子。
“仏壇”の下を毎日くぐって行くんだろうね。
この通学路もいつか無くなっちゃうんだよなぁ。

  


Movie

市場の中の様子。
かなりファイルサイズがデカいので、悪しからず。



  


ずらりと並んだ車。
人も車も引っ切り無しで右往左往。
荷降ろしがあっちこっちで。

  

都市の中に埋もれるような市場。
時代と共に姿を変えるのも仕方ないことなのか。
…ものすごく寂しいけど。

  

市場のすぐ脇を流れる小さな川、“ガーブ川”。
市場の背中がバラック群のように見える。
一昔前の川縁の風景。川の汚れ具合も。

   

ガーブ川に架かる橋の上でもオバァが商い。
川の向かい側にも店舗が並ぶ。
どうしてこんな風景がこれほど胸に沁みるんだろう。

  

シャッターを下ろしたままの店もある。
廃墟のようなその佇まいに、少し考える。
市場の活気は次第に衰えているのだという事実。

  

もう見れなくなってしまうんだろうか。
僕はちょっと感傷的すぎるんだろうか。
市場の人々はきっと変わらず生きていくのだろうし。

  

 農連市場から樋川の街を歩く。住宅街の路地裏には、しっかりとした生活感が漂っていて、僕は何だかホッとした。そうだよね、人の暮らしは時代が変わっても続いて行く。姿形が変わろうと、人の暮らしは続いて行くのだ。それだけで、充分なのかもしれないね。
 さっきまでの寂しい気持ちが次第に薄らいでいくのが分かる。こんな何てこと無い路地裏にだって、僕の好きな空気がちゃんとある。もう少し、いろんなことを信じてみよう、という気持ちになる。
 …僕は、沖縄の何に惹かれているんだろう?みなさんはどうですか?僕はだんだん分からなくなってきました。でも、その“分からないもの”に僕は惹かれているのかもしれない。最近そう思うんだよねぇ。
 では、気を取り直して、その“分からないもの”をさぐる旅をもうちょっと続けることにします。
 

市場から通り一本隔てたところにあるリサイクル屋。
…このダジャレ、どうよ?
店内に置かれた商品は最早骨董品チックな趣き…

  


コインパーキング。
この手の駐車場って小銭が無いと困るよねぇ。
そんなときには…

  

すぐ近くにあるこういう店の両替機が便利!
…かと思いきや、両替機は見事“コイン切れ”(^_^;)
みんな考えることは同じなようで。

  

市場のすぐ横にある学校。
近くに良い社会勉強の場があってイイかも。
子供たちは市場のことをどう思ってるんだろう?

  


住宅地には、スージグヮー有り。
古い木造家屋はほとんど見当たらなかったけど。
それでもやっぱり心惹かれます。

  

コンクリート剥き出しのベランダに貯水タンク。
空は目が冴えるような青空。
沖縄!って感じがする。

  

トックリキワタっていう木らしいです。
あちこちでこのピンクの花が咲いてました。
ちなみにこれは“開南”のバス停のトックリキワタ。

  
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