to let it go


 「“泡瀬”の干潟を埋め立てる」という計画。埋め立て推進派の言い分として「沖縄市は米軍基地に多くの土地を取られ、陸地を開発するのは無理。埋立地にスポーツスタジアムやリゾートホテルを誘致して、若年層や高齢者の雇用を促進。冷え切った商業地への人の流れを作ることで地域の活性化を図る」というようなメリットが見込めるのだそうだ。…ホントかよ、と思ったりもするが。でも、ただでさえ不況のこの世の中、ましてやコザ中心部の閑散さ加減を見ると、何らかの形で地元経済が活気付く希望があるのだとしたら、それを推進したいと思う人が居るのは当然のことと言える。だけどね、ハッキリ言って果たしてそう上手く事が運ぶとは考えにくいんだけど…。以前、何かのメディアで「沖縄市以外の人間がこの計画に異議を唱えるのはおかしい」と推進派の中心人物(←議員だったかな?)が言っているのを見たことがある。ま、ごもっともな意見だ。だけど、だったら開発に際して国の助成金だか補助金だかを宛てにするなんて都合のイイことを言わないでよ、絶対!と僕は思う。少なくとも僕の収めた税金を埋め立ての一部に充てるなんてことだけは、絶対にしないで欲しい。これぐらいの異議は唱えておいてもいいよね?
 一方、埋め立て反対派は当然「泡瀬は重要な藻場。ここを埋めたてるのは環境破壊である」という主張をしている。これはある意味最強の理由だ。が、同時に脆弱な理由にもなり得る危険性を孕んでいる。実際、反対派は「沖縄市の経済復興のためには自然を資源とした街づくりで活性化をするべきだ」という、どうも曖昧で説得力の乏しい言葉で答えるほか無いのが現状だし。
 開発と自然。この相容れない関係。僕らにはもう、「人間が居るかぎり、自然はやがて滅び行く運命にある」或いは「人の暮らしを豊かにするためには、自然の犠牲を受け入れるしか無い」とあきらめてしまうしか手立てがないのだろうか。

 「沖縄の海を、山を、自然を護らなきゃ」と僕は思う。切り崩された山や、土砂が無造作に注ぎ込まれた海を見ると、何だか何かに責め苛まれているような気分になる。でも、僕の暮らしは間違いなく自然を壊す形で築かれたものだ。たとえば、沖縄に来ると僕は必ずレンタカーを借りる。そのレンタカーで、アスファルトで舗装された道路を走る。排気ガスを吐き出しながら。そしてこう言うのだ。「沖縄の自然ってイイなぁ〜」と。
 極端な話、僕は少しづつ自然を壊しながら生きている。僕が生きている、ただそれだけで少しづつ自然は死んでいる。僕が「沖縄の自然を護って欲しい」という気持ちになるのは、もしかすると極めて自分勝手でお仕着せがましい罪滅ぼしみたいなものなのかも知れない。沖縄の人にとっては、そんなお門違いな贖罪を沖縄に向けられるのは「いい迷惑」なのかも。「沖縄の開発を云々言う前に、オマエの住んでる街の開発を阻止してりゃイイじゃないか」と言われてしまえば、僕には返す言葉も無い。確かに「せめて沖縄は…」という気持ちが僕にはある。我ながら実に勝手な言い分だよね。
 
 次にこの“泡瀬”に来るときには、ひょっとするとここは一大リゾート地になっているかもしれない。埋立地だけが広がる荒涼とした“夢の跡”になっているかもしれない。あるいは、今と変わらない海がそのままちゃんと残っているかもしれない。いずれにせよ、僕はこの“今の泡瀬の海”をきちんと見ておこうと思った。ただそれだけなのだ。…ここもまた、消え去ってしまう風景かもしれないから。
 泡瀬の海が見渡せる防波堤に立って、しばらく暮れかかる海を見た。ここが藻場であろうと無かろうと、海はとても穏やかに目の前にあった。もしも、この海と会話することが出来たらねぇ。
 「え?埋め立てる!?冗談じゃない!そんな好き勝手なことするなよバカ!」と怒り狂うのだろうか。それとも「あ〜、仕方ないかもな。アンタらがそれを望むなら…」と寂しく許してくれるんだろうか。「埋め立て?そりゃイイねぇ。バンバン埋め立てちゃってくれや〜♪」と喜んだり…しないか。
 ただひとつ、今の僕が揺ぎ無い決意で言えること、それは「こんなところにホテル建てたって、俺は死んでも泊まらねえ!」ってことかな。
 
 で、そんな僕は一路那覇に戻り、那覇のホテルに泊まるわけです。
 僕が今回泊まったのは、当サイト初登場!(って力むほどのことじゃない)の『ホテルサン沖縄』。僕が今まで泊まったホテルや民宿の中では一ニを争う立派なシティ・ホテルだ。このホテル、何がうれしいって、大浴場があるんだよ〜♪普段の僕はそれほど風呂にこだわったりしないんだけど、ことさら“風呂”に対する情熱が薄いと思われる沖縄で、こういう設備があるというだけで何だかちょっとトクした気分じゃあないか。
 チェックアウトを済ませ、部屋に入って一休みもそこそこに、さっそく僕は大浴場へGo!大浴場には誰も居ない。ヤッホ〜ィ!貸し切りじゃんか〜♪…ちょっと泳いでみようかな。泳ぐには少し狭いけど…などとすっかり浮かれ、ごきげんバスタイムを堪能し、心も晴れやかに部屋へ戻る。ベッドに豪快にダイブ。う〜む、このまま眠りたい気分。………ハッ!いかん!マジで眠っちまう!
 僕は気合を入れ、夜の街へ繰り出すことにした。実は、ぜひ夜に行っておきたい場所があったのだ。
 

こちらは開発推進派の立て看板。
大型開発が沖縄市にもたらすものは…
横浜のMM21みたくならなきゃイイけど…

  

こちらは開発反対派の立て看板。
“環境庁指定”の文言が虚しい。
何の効力も持ってないのか?環境庁って…

  

そうだね、出来ればそうやって決めるべきかも。
行政に任せてたら絶対バカを見る。
とは言え、民意が必ず正しいとも言い切れないが。

    


そんな人間の思惑を知ってか知らずか、
泡瀬の海は静かに広がっております。
それはそれは静かに。

  

静かに。
声高に主張するでも無く。
ただ、有るべき姿でそこに在る。

  

防波堤を散歩する人の姿もありました。
どんな気持ちで歩いているんだろう?
街の音が遠くに聞こえる、この海辺を。

  

2001年12月9日午後6時の空。
色づく雲の向こうの空がグ〜ッと深い。
なんだか“地球”って感じがする。

  

ホテルに着く頃にはすっかり日が暮れちゃった。
いつになくリッチな気分の『ホテルサン沖縄』。
ロビーには“だいじょうさぁ〜沖縄”のポスターが…

   


僕の泊まったホテルの窓からこれが見えた。
…だからどうしたってわけじゃないけど。
記念に撮ってみました。

  

 ホテルから外へ出ると、いきなりホテルの前でたむろしていたタクシーの運ちゃんが僕に声を掛けてくる。
 「オニイサン、お出かけ?どこに行くの?遊びに行くの?」
 う〜む、鬱陶しいなぁ。男ひとりで夜の街に繰り出す=色町に行く、とでも思われているんだろうか?だとしたら、ちょっと不本意。僕は適当にあしらって先を急ごうとする。が、運ちゃんもこの不景気の折りちょっとでも稼ぎたいようで、思いのほかしつこかった。
 「遊びに行くなら案内するよ〜。僕らはそういうの詳しいからさ〜」
 「……はぁ、そうですか…(結構毛だらけネコ灰だらけ)」
 「もうどこか行くところを決めてるの?“波の上”?“新町”?」
 「……(さっさと振り切って行こう)」
 ホテルの脇の路地の角辺りまで運ちゃんは付いて来たが、ようやくあきらめて去って行った。
 …それにしても…そういうお客が多いってことなんだろうか。確かに、宜野湾にある“真栄原”などには“そういうこと”を目当てにやってくる観光客も結構居るらしいが…
 とか何とか言いながら、実はね、僕もそんな“怪しい場所”に、これから足を運ぼうと目論んでいるのだった。

 まずは、国際通りの郷土料理屋に入り腹ごしらえ。僕の座ったカウンターの両隣には、それぞれ僕と同世代、もしくはもうちょっと上ぐらいの年齢の男性がひとりで座っていた。どちらもかなり早いピッチで泡盛を呑んでいる。泡盛かぁ…ちょっと呑みたいなぁ。でも、ここで酒にどっぷり浸かってしまったら、この後に控えた“目的”を遂行する気が失せてしまいそうだ。ここはガマンすることにする。
 僕が酒を抑えてまで果たしたい目的、それは「“栄町”を歩いてみる」ことだ。
 “栄町”…国際通りと通り一本隔てた場所にある、市場と歓楽街の町。夜ともなると、さっきのタクシーの運ちゃんが誘って来たような“そういうこと”を“商売にする人”、そしてその商売を“買う人”が出没する(実は夜限定というわけでも無いようだが)地域。僕はそんな怪しげな場所を歩いてみたいと思って居たのだ。
 

『パレットくもじ』の周辺はクリスマスな雰囲気。
が、しかし、こう暖かいとなぁ…
ちょっと気分が出にくいんだよねぇ。

  


豆電球で出来たトナカイ。
…ちょっと分かりづらいんだけどね(^_^;)
ま、こういうのは雰囲気モンってことで。

  

クスガラス豆腐。シークヮーサー付き。
酒の肴には最高だよね、これ。
日本酒にも合うんだよなぁ♪

  

定番・ゴーヤーチャンプルー。
何だか得体の知れない中毒性がある(僕の場合)。
ときどき無性に食べたくなる、この苦味。

  


こういう店も結構遅くまで開いてることが多い。
個人的にこういう店は大好き。
で、用も無いのに入っちゃう。

  

安里交差点付近にある店。
たこ焼きとかをテイクアウトできるみたいだ。
美味いかどうかは知らないが…

  

  僕が栄町に行こうと思ったのは、モノレール開通に絡んだ動機だった。今、那覇でせっせと建設中の“ゆいレール”。この新交通機関は、空港から久茂地川沿いを経て、この栄町の辺りも通ることになる。それに合わせてかどうか、牧志や栄町の周辺も開発の対象になっている。このことが、僕を“栄町散策”へと駆り立てた。「ひょっとすると、もしかすると、栄町がモノレールの開通に合わせて“クリーンな町”に変わってしまうんじゃないか…」という、何の根拠も無い焦りだった。
 栄町の存在自体は、僕ははじめて沖縄に来た9年前から知っていた。そこに市場があることも、そして“もうひとつの顔”を持っている場所だということも。

 僕が生まれ育った横須賀にも、そういう場所がある。一見、普通の飲み屋街なのだが、“ポン引き”と呼ばれる人々が獲物を捕らえるハンターのように虎視眈々と徘徊する場所。…いわゆる“ちょんの間”というヤツだ。平たく言っちゃえば売春宿である。表向き(?)“旅館”などという看板が立っては居るものの、旅人が泊まったりはしない。みんな、そこへは“ある目的”のためだけに入る。言ってみれば“裏社会”な臭いが濃厚な世界だ。
 僕は、こういう場所があることをイヤだとは思わない。むしろ、こういう場所があるということは、街として正しい、健全なかたちなのだろうと思っている。
 光があるところには、必ず影がある。影は、光の存在を保持するのに無くてはならないもの。何もかもが無菌状態のように明るくキレイになってしまうことが、今までどれほど人間を弱くしてきたか。しかし、それでも人は影を忌み嫌う。排除しようとする。混沌の中から何かを見つけ出す楽しみを奪い去ってしまう。
 …などと熱くなって語っていると「アンタは単にスケベなだけじゃないか」とツッコまれそうなので、このへんにしておこう。あ、断じて言っとくけど、僕はそういうものを、そういう理由で擁護してるわけじゃないからね!

 とにかく、僕は栄町に行く。国際通りを安里交差点まで突っ切り、330号線を越える。と、“栄町市場”という看板が見えて来る。僕はそのアーケードの中に進む。
 夜10時間近の市場の中は、当然ほとんどの店がシャッターを下ろしていて、仄(ほの)暗いアーケードを歩く人影もまばらだった。僕の前を、リュックを背負った旅行者らしきカップルが歩いて居たのだが、彼女のほうがしきりに彼氏の背中をバシバシと叩いていた。きっと「なんでこんなところに連れて来たのよ〜」という抗議の意味をこめていたのだろう。そりゃまぁ無理も無い。店の開いてない市場なんかに来たって、面白くもなんとも無いだろうに。
 僕は、碁盤の目のようなアーケードを闇雲に曲がったり、引き返したりしながら歩いた。決して広くない市場なのだが、どこも似たような感じなので、少しばかり方向感覚が狂う。と、アーケードが途切れて、辺りは真っ暗闇になった。すぐに目が慣れて、僕のすぐ目の前に誰かが立っているのに気づく。ひとり、ふたり…4、5人の女性が、袋小路の奥に立っていた。僕と一番至近距離に居た女性が、声をひそめるようにして「おにいさん…おにいさん…あそばない…?」と、僕のほうにフラフラと歩いてきた。
 僕は一瞬たじろいだが、すぐに踵を返してアーケードに戻った。…やっぱりコワイや。僕はてっきりポン引きか何かが居るものだとばかり思っていたのだが…ひょっとして、ここって直接交渉なのか?
 アーケードから今度は少し広い道路を目指して進んでみる。市場の出口から出ると、そこには一目で“それ”と分かる怪しいバーや旅館が立ち並んでいた。旅館の脇には中年女性が佇み、バーの入り口には、店内から漏れる赤い照明をバックにして女性が椅子に腰掛けて、こちらをジッと見ている。
 「おにいさん…ちょっと遊んでかない?」と、僕の母親ぐらいの年齢の女が、旅館の前からス〜ッと寄ってきて、僕の腕をヤワヤワと掴んでくる。僕はそ知らぬ顔でそのおばちゃんを遣り過ごす。と、今度は別のおばちゃんが近づいて来て「ねぇ、おにいさん、おにいさん…」と肩にもたれかかるように擦り寄って来る。それをかわすと、続いて店先で椅子に座った女性が「はい、おにいさ〜ん。寄っていきなさい〜」と通りの向こうから声を掛けて来る…
 まさかこんなにあからさまだとは。僕は密かに冷や汗をかきながら、言い寄ってくる女性をかいくぐって、一旦すぐそばにある『栄町りゅうぼう』というスーパーマーケットの駐車場まで避難する。『りゅうぼう』には、こんな時間にも関わらず、会社帰りのOLや家族連れの買い物客が引っ切り無しに店舗に出入りしていた。駐車場の誘導係の警備員が僕のことに気づいたが、とくに気に留めるふうでもない。
 …このギャップは何だ!片や高々数千円の商売をするために体を売ろうと誘いを掛けて来る女の棲む空間。片やごくありふれた街のスーパーマーケット。それがピッタリと背中合わせになった栄町。もはや、何が日常で、何が非日常なのかも判断がつかなくなってくるような、光と影が共存する世界。

 僕は、少しの間『りゅうぼう』の店内を歩いてみた。やっぱり、僕は“こちら側”に属する人間のようだ。人が普通に買い物している姿を、こんなにホッとした気持ちで見たのは生まれてはじめてだった。でも、ふと考える。“こちら側”でも“あちら側”でも、実はそれほど違いがあるわけじゃないのかも、と。少なくとも、あの女性たちは“あちら側”でしっかり生きているわけだし。あの人たちにとって、今僕がしている行為はとても失礼なものなのかもしれない。あの人たちの生きている空間を、単なる興味本位で歩いてみたい、なんて…
 僕は自分の無意味な行動を恥ずかしく思いつつ、栄町を後にしようとした。と、さっきの赤いライトの店の前を、ひとりのオジィが横切ろうとしていた。彼は椅子に腰掛けた女性に向かって、「はいさい!」と声を掛けた。女性もそれに笑顔で答える。「ヒマか?」とオジィが訊くと、女性は「ハハ、いつものことよ〜」と屈託無く笑って言った。「ま、ちばりなさいよ〜」とか何とか言いながら、オジィは飄々と去って行った。僕は、この何気ない遣り取りに、何だかとても救われたような、幸せな気持ちになった。
 
 僕はすっかりいい気分になって、しばらく夜の那覇の街を歩いた。途中、コンビニでビールを買ってそれをチビチビ飲みながら。
 夜は、誰もの上に同じにやって来る。世界は光だけで作られているわけじゃない。夜があるからこそ、朝がある。そして、夜はひたすらに暗いばかりでは無く、その中には人の暮らしの匂いも、喜びも安らぎも在る。…って、いくらなんでも気取り過ぎだよね。
 そんなふうに“しみじみモード”に突入しつつ、人もあまり歩いていない夜の街をフラフラと彷徨う。…しかし、それにしても那覇の街はとても深い。観光客や買い物の人で賑わう国際通り、雑多な魅力に溢れるマチグヮー、どこか懐かしさを感じさせるスージグヮー、そして、ハレとケがゴッチャになって共存する怪しい町。
 どれを選ぶかは自分次第。だからといって、自分と相容れないものを排除してしまうことも無く、そこにあることを、ただ認めている。たぶん、那覇は本当の意味で“大人の街”なんだろうと思う。
 


夜の栄町。市場の入り口。
ちょっとビビりつつ進むことにしましょうか。
気をしっかり持って。

  

市場の中の店はほとんど終業。
歩いている人も数えるほど。
自分の足音がやたらとデカく聞こえる。

  

右のオレンジ色の輝きは閉店準備中の肉屋さん。
この市場、へんなふうに入り組んでないか?
僕の土地鑑の無さの問題だとは思うが…

  


市場から一歩外に出ると…そこは…
怪しい女性たちが浮遊する寂しい歓楽街。
あっちこっちから小さな呼び声が…

  

そんな街のすぐ横に地元密着型スーパー『りゅうぼう』があったり。
清濁、陰陽、裏表。どちらがどちらかは人によりけり。
その懐の広さが大切なんだろうねぇ。

  

このコンビニ、前身は“スパー”だったようだけど。
ここでビールを買って、飲みながら歩く。
12月でもまだ寒くないしね、沖縄は。

  

那覇には以外にこれが多い。
僕が知るだけで国際通り周辺に3〜4軒はある。
…それだけ需要がある、ってことなのか?

  

沖縄にはなぜか多いペプシの看板。
それにしても、木造建築にダイレクトに描いちゃって…
褪せ具合がイイ味出してますが。

  

安里にある“サンエー”。
スゴイよね、深夜2時まで開いてるってのも。
そんな時間まで買い物に来る人が居るのもスゴイけど。

  

その“サンエー”の前に居た野良猫。
通り掛かりの人がちょっかいだしても知らん顔。
逞しく生きろよ、街のネコ。

  

この通り、夜はもちろん昼に歩くのも楽しいのだ。
今にも崩れそうな古い建物がたくさんあって。
地元の人比率が高い店が、文字通り軒を連ねてる。

  
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