Koyaanisqatsi


 東村の平良辺りから、道路は平良湾の海岸線に沿って走るようになる。ビーチリゾートや景勝地が集中する西海岸に比べるとどうも地味な印象が持たれがちなこの東海岸だけど、…って、そりゃまぁ確かに西海岸と比べりゃ地味なんだが、こっちにはこっちなりの風情があって、僕はわりと好きなのだ。
 そんな穏やかな東海岸の海に、全国区のニュースでも取り上げられるふたつの問題がある。ひとつは“泡瀬干潟埋め立て”、そしてもうひとつが“米軍ヘリポートを辺野古沖のリーフ上に建設”という問題。とくに辺野古のヘリポートの問題は…噴出してからもうどれくらい経つんだろうか。少なくとも4年は経ってるはずだと思うんだけど…
 
 東海岸をひた走る僕の視界に、何やら妙な物体が飛び込んで来た。
 それは『久志やんばる特産』という文字が一際目立つ店だった。みやげ物を扱う傍ら、食堂も経営しているらしい。建物自体は特に妙でも何でも無い。道路沿いに建つ、ごくありふれたみやげ物屋といった感じだ。…だがしかし、その建物の屋根に目を向けると…
 屋根の上には、円錐型というかタワー型というか、とにかくそんな形状の物干しラックのようなものがたくさん立ち並んでいて、その物干しラック状の物体には“イカ”がズラリと吊るされている。その様子だけでもかなり珍奇な光景なのだが…その物干しラックもどきが、ものすごいスピードで回転するのだ!イカを振り回しながらグルグルと景気よく回るラックに、僕はもう目が点。最初は「風で回ってるのかなぁ?」と思ったのだが、この回りっぷりは尋常じゃない。明らかに電力で回転しているようだ。それにしても、これだけの量のイカを高速回転させている、その意味は…?
 う〜ん、意味はさっぱり分からないけれど、これは面白い。僕の住んでるアパートの屋根にもこの“イカ回転装置”をぜひ取り付けてもらいたい!人に僕の住処を説明するときに「あのね、屋根の上でイカがグルグル回ってるのが目印だよ♪」なんて教えられたら、きっと楽しいに違いない。…たぶん。きっと。恐らく…
 

“瀬嵩”の海岸。
すっかり天気も良くなって、海がまぶしい!
今日は風も穏やか。で、暑い!

   


大浦湾。実に気分がいい。
やっぱり海は青いほうがいい。
天気がいいのはいい。



協同保育所の壁に描かれた絵。
都市部じゃないところだと子育ても大変だろうなぁ。
保育所通いも、急病のときなんかも。

  

唐突に現れた人力車。
引き手も居ないんですけど…
この人力車の前には…

  

みやげ物屋&食堂が。
屋根の上に何かがいっぱいあるの、分かる?
その正体は…

  

イカがた〜くさん干してありました。
で、しかもこれがグルグルフルスピードで回転中!
この光景、かなり笑えます!

  

屋根の上だけじゃなく、下にも!
回転させると速く干し上がるのか?
それとも単なる客寄せ?

   
Movie
屋根の上のイカ回転装置。



Movie
軒下のイカ回転装置。

 さらに331号線を進んで行くと、やがて“辺野古”に辿り着く。
 99年の12月に、僕はこの辺野古の町を歩いた。廃墟のようなバーやスナックが通りに立ち並び、かつてここが基地の恩恵を受けていた跡は確かに感じられたのだが、今では物寂しくなるほどひっそりと静まり返っていた。が、その寂れ具合は同時に、この町に平穏で安全な暮らしをもたらしてもいるようだった。かつては米兵による騒動や事件もあったらしい。
 キャンプ・シュワーブが出来る前、辺野古は急速な過疎化に見舞われていた。基地が出来たことによって、地元の若者にも働く場が提供された、というのもまた事実。そして、基地が出来たことによって、それまでには有り得なかった危険や不安を抱えることになった、というのもまた事実。
 この辺野古の海の沖に、普天間基地移設の代替用地としてヘリポートが建設される―― それを巡って97年に行われた名護市の住民投票では“基地移設反対”が上回り、前市長が辞任した。しかしその後任の現市長は、最初は基地移設凍結を唱えていたが、99年に移設受け入れを表明。結局、地域復興を優先させる結論を出した。
 とかく、こういう問題の争点となってくるのが、この“地域復興”。東海岸で展開されているもうひとつの問題、泡瀬干潟埋め立ても、この地域復興がその最大の目的とされている(…果たしてホントにそれだけの理由なのかどうか、ちょっと怪しいとは思うんだけどね)。
 
 さて、前書きが長くなっちゃったが、僕は久しぶりに辺野古の海を見に行こうと思った。もしも、今の基地移設計画がそのまま実行されてしまうとすれば、辺野古の沖にある“リーフ上”にヘリポートが完成することになる。しかも、そのヘリポートが軍民共用の施設になった場合、その規模は想像以上に巨大なものとなる(で、稲嶺知事は軍民共用を推進しているみたい…)。
 約60年前にあった戦争。その代償をいまだに負わされ続ける沖縄。日本とアメリカの軋(きし)みと歪(ひず)みが、この小さな町の、静かな海に圧し掛かる。
 辺野古の住宅街を抜け浜辺に出ると、海を見渡せるちょっと高くなったところにひとりの中年男性が、海を見つめて佇んでいた。腕組みをし、足を肩幅に開き佇んだまま、ピクリとも動かずにジッと海を見据える。どう見ても沖縄の人だ。が、彼の横に停まっていたのは“わナンバー”の車、つまりレンタカーだった。…地元の人じゃ無いんだろうか?ひょっとすると、他の島から来た人なのかもしれない。身動(じろ)ぎひとつせず、海を見つめながら、彼は一体何を思っているのだろうか。基地移設に賛成している人なのか、はたまた反対している人なのか。
 僕は砂浜に下りてみた。この日の辺野古の砂浜には、ゴミひとつ落ちては居なかった。海草と木切れ、そして珊瑚の欠片があるだけだ。海も青く輝いていて、波も穏やか。まったく申し分無い。…だが、砂浜の中央は有刺鉄線で隔てられていて、その向こうにある東半分には民間人は立ち入れない。砂浜の東側にあるのは…『キャンプ・シュワーブ』。その役割は“実弾射撃訓練及び爆発物処理施設”。アメリカにとって、沖縄、とくにやんばるの森は、実に有益な実戦型訓練場だ。かつてベトナム戦争で、その地形的な問題ゆえに苦汁を飲まされたアメリカとしては、こんな有意義な訓練場を手放したくは無かろう。
 その上、この沖合いにヘリポート…このままで行くと、辺野古の海はどうなっちゃうんだろう、と荒涼たる気分になってくる。ヘリポートが出来てしまったら、この浜辺は全面立ち入り禁止になってしまうんだろうか。この上空を飛行機やら何やらが飛び交うとなれば、きっと騒音だって…
 「海を護る」という反対派の主張。「北部復興のため」という賛成派の主張。どちらの主張も理に叶っている。が、果たして新しい基地を作ることが本当に「北部振興」につながるのか?という疑問は残る。名護以南の東海岸の珊瑚は、ほぼ死滅状態だという。辺野古のリーフ上に基地施設を建設する…ホントにそれでいいの?
 
 2002年の2月、名護市長選がある。現・岸本市長(基地移設容認)と、宮城市議(基地移設反対)が真っ向からぶつかる選挙になる模様だ。名護の人々が果たしてどんな選択をするのか、僕はとても関心がある。
 静かに凪いだ海を、僕は長い間見ていた。無人の砂浜に腰掛けて居ると、たまらなくせつない気持ちになる。この、恐らく旅行で訪れる人もほとんど無いであろう海が、もしかするとガラリと様変わりしてしまうかもしれない。だったら、今のうちにしっかりとこの目で見ておこう。頭と心に刻み込んでおこう。まどろんでしまいそうな安らぎと、胸がザワザワするような焦燥が、交互に湧き起こる。
 

ヘリポート建設反対派の根拠のひとつ。
反対・賛成、それぞれの主張に正誤は無い。
何を求め何を捨て去るのか、その価値観の違い。

  

キャンプ・シュワーブの中。
実弾射撃訓練及び爆発物処理施設。
沖縄は彼らにとって格好の実戦型訓練場…

   

99年12月にここを訪れたときには、
まさにヘリポートを巡って集落が揺れている真っ最中。
今もなお、揺れ続ける辺野古とその周辺地区。

  


辺野古の浜辺。
この沖合いにある“リーフ上”に代替施設が…
希望・懸念・怒り。人々の思いが交錯する。

    

風紋が作る幾何学模様。
人の気配の無い砂浜。
波の音と風の音しか聴こえない、静かな場所。

  

そんな砂浜が有刺鉄線で途切れる。
幾重にも巻き付いた鉄線が隔てる向こう側。
そこにあるのは一筋縄では行かないもの。

  

キャンプ・シュワーブ。
静かな海と集落と隣り合わせの米軍基地。
果たして彼らは“良き隣人”足り得るのか。

   

辺野古の集落。
この小さな町が日本とアメリカを背負わされてる。
さぞかし重荷だろうと思う。

  

 辺野古から出て、再び幹線道路に戻る。329号線を宜野座、金武、石川市と南下し、沖縄市へ入る。
 これから僕が向かおうとしているのは、東海岸で起こっているもうひとつの問題の舞台、“泡瀬”だ。
 
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