Wondering up and down


 国頭村・与那から県道2号線に入る。西海岸から東海岸へと横断する、文字通りやんばるの森の中を突っ切る幹線道路。道の両側にはいかにも亜熱帯な植物がワサワサと生い茂る。…結局、お手軽にやんばるの雰囲気を味わおうとなると、こういう道路を走ることを選んでしまう。あまりにお手軽すぎ。
 とは言え、こんなお手軽な方法でも、それなりにやんばるの自然のおすそ分けには触れられる。窓を開けて車を少しゆっくりめに走らせて行くと、街の中とは明らかに違う空気や風、葉や枝の擦り合う音、鳥の声に気づくことが出来る。僕は途中で何度となく車を停めて、道の脇から奥へと続く森を見る。ときどき通過していく車やバイクのノイズを除けば、辺りは静まり返っていて、森の奥から草のそよぐ音が幾重にも重なって耳に届く。森って、こんなにたくさんの音に包まれているのか、と改めて驚くぐらいに。それだけいろんな生き物が、それぞれに懸命に生きてるんだろうね。
 
 そんなふうにちょっと車を動かしては停め森を見る、という行為を繰り返していたら、思いのほか時間が掛かってしまった。日程に余裕がある旅だったらそれもOKなんだけど、何せこちとら一泊二日。そうのんびりもしていられない。少しばかり先を急ぐことにしよう。
 しばらく走って行くと、10台ほどのバイクの集団が、次々と僕の車を追い抜いて行った。どうやらツーリングか何かをしているグループらしい。普段の僕だと「ムッ!抜きやがったな!追いついて煽ったれ〜!」などと敵意剥き出しで急加速!ってなことになるんだけど、今日はそんな気分じゃないんだよねぇ。と、突然道の両側の森が消えて、そこには湖が見えて来た。
 …ここって、なんて湖だろう?やっぱり地図を伊芸SAで買えばよかったかな〜。それにしても、この眺望はなかなか雄大だ。細長く南北に伸びる湖と、その周辺に広がる森の緑。さっき「少しばかり先を急ごう」なんて思ったこともすっかり忘れ、しばらくこの眺めに見入ってしまう。―― 後で知ったんだけど、この湖は“フンガー湖”という名前だった。「フンガ〜!」とでも叫んでおけばよかった。こだまが返ったかもしれない。
 で、この湖の先に“普久川ダム”があった。ダムの上はちょっとした公園のようになっていて、その公園では先ほど僕の傍らを駆け抜けていったバイクのグループが休憩していた。…みんな、バイクを横一列にズラリと並べ、そのバイクに向かい合うように立ち尽くしている。何してるんだ?コイツら。みんなで各々のバイクの鑑賞でもしてるんだろうか?僕は正直言って、バイクや車に異常なほど関心を示す人って、ちょっと分かんない。
 バイク野郎は置いといて、それ以外にもここには、野鳥を観察しているらしい人や、ベンチでイイ感じで憩うカップルなどが居た。それぞれが好き勝手にバラバラな行動を取る公園。ちょっと妙な感じ。取り合わせがチグハグで。
 


県道2号線。やんばるを横断する幹線道路。
車もあんまり走ってません。
やたら居たのがバイクの集団。ツーリングかな。

  

こういうジュラシックパーク風な植物が多数。
ヘゴだかシダだか、そういう類の。
さすがはやんばる。一気に雰囲気Up。

  

“フンガー湖”。2号線の上から北側を見たところ。
この名前を聞いては真っ先に思い浮かべるのは…。
ほら、『怪物くん』のさ、あのキャラクター…

    

これもフンガー湖。こっちは南側。
この先には“普久川ダム”があります。
緑が深いね〜。

  

で、これが“普久川ダム”。
ダムの上はちょっとした公園っぽくなってる。
ここにもバイク野郎がたむろってた。

  

昭和58年に“安波ダム”と一緒に完成。
その頃、僕は13歳。中学生だったわけだ。
まさか沖縄にハマるとは思っても居なかった頃…(^_^;)

  

 “普久川ダム”からさらに東側に進むと、今度は“タナガーグムイの植物群落”という看板が見えて来た。“タナガーグムイ”の“タナガー”はテナガエビ、“グムイ”は淀みを差す言葉らしい。…テナガエビって、どんなエビ?
 2号線から看板に習って細い脇道に入る。と、すぐにちょっと広めの駐車スペースのような場所に着いた。ここには地元の家族連れの先客が居て、ちょうど帰り支度をしているところだった。…ところで、“タナガーグムイ”はどこに…あ、あれか。駐車スペースの向かい側に、タナガーグムイの入り口があった。が、その入り口を見て、思わず僕は絶句した。
 そこは、崖だった。僅かに傾斜がついては居るものの、命綱のようなロープが渡してある。つまり、このロープを頼りにこの崖を降りろ、ってことか。マジかよ…
 実はこの日、僕はサンダル履きだった。こんなサンダルでこのアドベンチャーな崖を降りるのはちょっと…さらに、入り口の周辺には「車上荒らしに注意!」だとか「事故多発注意」などという戦慄の警告文が書かれた札まで立っている。もしもこんなところでマヌケにも怪我でもして動けなくなったら…おまけに、レンタカーから物でも盗まれたりした日にゃあ…僕の脳裏に浮かぶのは“遭難”とか“大怪我”とか“無一文”とか、そういう不穏な単語ばかり。今、タナガーグムイにチャレンジするのは、実にリスキーな行為に思われた。
 …でも、せっかくここまで来たんだし、やっぱりタナガーグムイまで降りてみようかなぁ。さっきの家族連れだって降りて遊んでたみたいだし、そんなに警戒しなくても…でも、車上荒らし対策のためにも、荷物は持って行ったほうが無難だろうか。
 僕は一旦車に戻り、中から小さなリュックを持ち出しそれを背負い、再び入り口の前に立ち、ロープを手にして崖を降りはじめた。が、やっぱりサンダルでは足元が覚束ない。ロープを握っていてもズズッ、ズズッと足が滑る。…何だか、だんだん虚しくなってきた。なんだって30男がこんな無様な格好で、崖下りなんぞしなくちゃなんないの?それに、降りたはイイけど、今度はこの崖を登って来なくちゃならないわけだし。しばらく僕はロープ片手に崖の途中で固まってしまった。………や〜めた!
 僕はさっさと崖の上に戻り、タナガーグムイを後にした。「この根性なしがっ!!」と罵りたければ罵るがいい。いや、これがもしもひとりじゃなくて、それにちゃんと靴を履いて来ていたとしたら、そりゃ降りますよ、こんな崖ぐらい。でもさ、一度迷いが生じると、ねぇ。こういうのは勢いで行かないとダメだね。「よし!降りるぞ!」という気持ちにならないと。「どうしよう…」などというあやふやな気勢で降りる場所じゃないよ。
 
 なんか、ちょっと悲しい気持ちになってきた。やっぱり僕には山ってダメなのかも…こんなヤツが「やんばるを味わいたい!」なんて言うのは、何だかやんばるを愚弄してる感じ。根性なしは大人しく、やんばるの森を立ち去ることにするか…
 

“タナガーグムイ”に降りる道。
…“道”というよりは“崖”っていうほうが近い。
いきなりサバイバルな感じ。

  

げげっ!こんなところで!?
怖くて車から離れられないじゃん!
…というわけで、タナガーグムイ行き断念。(←言い訳)

  

う〜ん、車上荒らしといい、これといい、
何だか危険がいっぱい!なタナガーグムイ。
万全の準備で臨むべき場所なのかもしれないなぁ。

    

 県道2号線を抜けて国頭・東線に出てしばらく南下すると、“安波”の集落の近くに着く。ひたすら山道だったところに、人の暮らしの匂いがする空間が現れると、何だかホッとする。
 安波といえば、『安波節』。三線初心者でもとっつき易いとされる、ゆったりとしたあのメロディー。僕の好きな古典民謡のひとつだ。そんな唄が生まれたのもうなずけるような、のどかな安波の集落。思わず伸びをしながら深呼吸したくなるような、澄んだ空気に満ちている。
 集落からちょっとだけ離れたところに、小学校と中学校が一緒になってる校舎が見えた。日曜日なので当然生徒は居ない。が、校庭で遊ぶ子供の姿もあった。僕は学校のそばにある畑にそろそろと歩いてみる。
 畑では、オジィとオバァが腰を屈めて畑仕事をしていた。ふたりは僕に気づき、ペコリとお辞儀をして「こんにちは〜」と言う。僕も「こんにちは〜」と返す。
 「今日は暖かくていいですねぇ」 「そうですねぇ。天気もだんだん良くなってきて」
 空は、次第に雲も切れて来ていて、青空がだいぶ多く覗くようになっていた。陽射しが直に射し込んでくると、ちょっと暑いぐらいだ。長袖のシャツを着ていた僕は、陽射しに釣られて腕まくりをする。
 小さな畑で、小さなオジィとオバァが土をいじる姿。その後ろに広がるやんばるの森と晴れた空。横を流れる安波川。すべてがまるで絵のように収まる昼下がり。何でも無いこんな小さな世界に、大切な何かがある。
 僕はしばらくこの周囲を宛ても無く歩いてみた。今この場所に居られることの幸福感をいま少し感じて居たかった。
 学校のそばで遊んでいる子供たちと目が合った。子供たちはニコニコしている。イイなぁ、こういうの。
 「おにいさん、カメラマン?」と、その中のひとりが言ってきた。僕の持っていたデジカメを見て、そう言ったみたいだ。
 「ううん、違うよ。旅行しに来ただけ〜」 「ふ〜ん。これからどこに行くの?」 「え〜っとねぇ、辺野古のほうに行くつもり」
 わりとこの辺りの子供たちは人懐っこいのかもしれない。僕がほっつき歩いていてもとくに警戒するふうでも無く、ときにはこちらがドキッとするほど屈託無い笑顔を向けてくれる子も居る。実は、沖縄本島でこういう子供に出会うとは思いもしなかった。離島なんかでは結構あるんだけどね。
 例えば、2人の女の子が自転車で遊んでいる。僕に向かって笑いかけてくるので、「写真撮るよ〜」と声を掛ける。と、しっかり自転車を停めて写真に収まってくれた。僕が「ありがと〜」と言うと、「じゃあね、バイバ〜イ」と手を振って、子供はフラフラとしながらも自転車で走り去っていく。…考えてみれば、どこの誰だか分からない男が小学生の写真を撮る、なんて、一歩間違えれば「コイツ、アブナイ男なんじゃないか?」と警戒されそうなシチュエーションではある(もちろん、僕にはそんな趣味はないぞ!断じて!)。が、僕が今包まれているこの幸福感は、間違いなく人との触れ合いの中から生まれてくるものだ。それがちゃんと残っている場所。これからもずっとそうであってほしい、と願う僕の気持ちはきっと、それがすでに失われてしまった世界で生きて行かざるを得ない、僕の心からの祈りみたいなものなんだろうと思う。
 

安波の集落。手前は安波川。
日曜の昼下がり、実に静か。
のどかな風が流れています。

  

この赤い橋は“安波人道橋”。
幹線道路と集落を結ぶ小さな橋です。
車は遠回りしないとダメみたい。

  

川に空が映る。
近くの畑では老夫婦が畑仕事。
なんとなく懐かしいような気持ちになる。

   

すぐそばにやんばるの森。
イタジイの幹が白っぽく重なる。
鳥の声が聴こえる。

  

東シナ海と繋がる川。
上流には“クイナ湖”と“安波ダム”。
水は澄んでいて、心安らぎます。

  


『安波小・中学校』のそばで遊ぶ子供達。
裸足で遊んでる子も居ました。
ここには、まだ何かがちゃんと残ってる。

  

 「あ〜、やんばるに来てよかったなぁ」と、僕は思った。もちろん、僕が今見てきたやんばるが、そのままやんばるのすべてだとは思っていない。やんばるにだっていろいろな問題があって、確実に変化を余儀なくされる、或いは自ずから変わっていく部分もあるはず。人と自然がせめぎ合い暮らしている場所は、常に様々な課題を突き付けられている。でも、出来れば信じたいよね、この場所で暮らす人々の選ぶ未来を。間違っても“行政が選ぶ未来”じゃなくて、“ここに住む人々が選ぶ未来”をね。
 
 国頭・東線で“東村”に入ると、、周りにはパインの畑が目立って来た。東村は国頭パインのメッカ。あちこちにパイン園やパイン畑の看板が見えてくる。幹線道路から少し外れたところにある丘に立ち寄ると、いくつものパイン畑が連なっていて、そこでは数人の人がせっせとパインの世話をしていた。それにしても、パイナップルって面白い成り方してるよなぁ。あの形状からすると、何だか大きな木からぶら下がってるような気がしちゃうんだけど…実際には、土から生える、という感じ。細い茎(?)の上にポコッと大きな実がついている姿は、何だか冗談みたいに見える。「誰かが実をぶっ刺したんじゃないの?」というような。
 酸性度の高い赤土、その土地を切り拓くことで盛んになったパイン栽培。海の赤土汚染の問題。基幹産業。…考えれば考えるほど、ホントに難しいなぁ。一概に良いとか悪いとか言えない微妙で出口の見えない問題の数々。沖縄が自然に恵まれているだけに、なおさら気になり目に付くこと。立場や利益、イデオロギーの差異。関心の有無。
 …人々はみんな一生懸命なんだけどね。だからこそ辛くて難しい選択を迫られる。それを上手く中和していく術(すべ)として存在しているのが“テーゲー”という生き方なのだとしたら…「テーゲーってイイよねぇ」なんて脳天気なことを言っちゃいけないのかもね。
 と、例によってウジウジと考え込んでしまう悪いクセ。でも、今回の旅行はハッキリ言って、こんなふうにウジウジと考え込むのもひとつの目的だったりする。
 そう、今回の俺様は、いつもに増して社会派♪題して『ソーシャル・ピクニック』!かっくい〜!
 僕は沖縄を旅するようになって、いろんなことに気づかされた。だんだん自分のポジションが見えてきたように思う。これは、そんな僕個人の、僕個人による、僕個人のための沖縄の記録。“ディープ”だと有り難がるのでは無く、ましてや何かを主張するのでも無い、僕の中にある沖縄(とくに本島)の今の姿のスケッチ。いつかは消えてしまうかもしれないものを残したい、という衝動。僕が沖縄に惹かれ、沖縄を旅していく上でハッキリとさせておきたいことを記述する試み。
 …なんて小うるさいこと言ってるけど、いつもとそれほど変わらないかも…(^_^;)
 


だんだん天気も良くなってきた♪
切り出された赤土の斜面。
その下にはパインの畑。

  

パインの実がちゃんと付いてました。
農作業をしてる人もかなりたくさん居る。
さすがは“国頭パイン”の本場。

  

やんばるの森がず〜っと広がる。
世界でも有数の自然の宝庫。
どんな理由があっても護っていかなくちゃね。

  

とは言え、僕は舗装路を走っているわけで…
僕個人の中にさえ存在するギャップ。
この堂堂巡りの根深さ。

  
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