Take me out to Yanbaru


 とにかく、那覇空港の閑散ぶりといったら、そりゃあもうビックリするほどだった。今まで何度もこの空港を利用してきた僕だが、こんなに人影の無い空港を見たのは初めてだ。
 いや、これはある程度予測のついていたことではあった。9月のテロ事件以降、沖縄の観光が深刻な打撃を受けているということは、様々なメディアで展開されている“だいじょうぶさぁ〜沖縄”というキャンペーンの必死さ加減を見てもよく分かったし、10月の沖縄旅行のときに体感もしていた。ついでに言えば、この日僕が羽田から乗った那覇行きのJALのジェット機は空席だらけで、飛行機の中からしてすでに閑古鳥状態だったのだ。
 …それにしても、今日の空港ロビーの寂しさは一体何だ?いつもだと、出口をくぐって到着ロビーに出ると真っ先に目に入る、“○○様”なんて書かれたプラカードを持った出迎え人がまったく居ない。ロビー内にある“レンタカー案内所”には係員すら居ない。各レンタカー会社の送迎社員も居ない(唯一居たのは『ジャパレン』の社員のみ)。ロビーから空港の外に出てみれば、タクシーさえも数えるほどの台数しか停まっていない。沖縄観光業界を襲う厳しい現状がそのまま具現化してしまったかのような状況に、僕は驚きを通り越して思わず笑ってしまいそうになった。あんな、都市伝説並に眉唾な噂程度で、こんなふうになってしまうなんて…今までの“沖縄人気”を支えていたものって、一体何だったんだろう?と首を傾げたくなる光景だ。
 
 さて、これからどうしたものか…と、僕は少し迷った。レンタカー会社に電話して、空港から送迎してもらおうと思っていたのだが、このぶんだと僕一人のためにわざわざ空港まで送迎車を回してもらうことになってしまう。それではあんまりにもレンタカー会社が気の毒だ。仕方ない。とりあえずレンタカー屋まで自力で移動するか。
 折りよく那覇ターミナル方面に向かう路線バスが停車していたので、僕はそれに乗ることにした。
 バスの中には、これまた乗客は僕を含めて3人しか居なかった。空港の人気(ひとけ)の無さを思えば、そりゃ当然なのだが。僕以外の2人のお客は、男女それぞれ1名づつ。どちらも一見して“ディープな一人旅”をしに来た人たちだというのは一目瞭然だった。どちらも大きなリュックを所持していて、男性のほうは何かの文庫本を読み、女性のほうは手帳にしきりに書き込みながら、それそれうつむいて自分の世界に入り込んでいた。…う〜む、迂闊に近づけないオーラを放ってる…僕も端から見るとそんなふうに見えたりするんだろうか?少なくとも“近づけないオーラ”は放って無いとは思うんだけどなぁ…
 待つこと約20分ぐらい。空港ロビー内でくつろいでいたと思しき運転手が車内に戻って来て、さっさとバスを発進させた。

 僕は、“軍桟橋前”というバス停でバスを下車した。そのバス停と目と鼻の先にあるレンタカー屋で車を借りて、329号線を経由し、そのまま沖縄自動車道に入った。
 目的地は当初から決まっていた。やんばるだ。
 


見よ!この閑散とした空港ロビーを!
レンタカー屋も居ない。ツアー会社の社員すら居ない。
ここまで来るとむしろ痛快か!?

  

那覇空港にベタベタ貼っても無意味じゃないか?
ここでこれを見る人=沖縄に来てる人、だもんねぇ。
どうせなら首相の顔にでも貼り付けちゃおう!米百俵!

路線バス。相変わらず独特の雰囲気。
シートの背には“ホリデーマーガリン”の広告。
他愛ない学生の落書きもバカっぽくてイイかも。

  

那覇軍港。
浦添に移設する計画が進行中らしい。
それでいいのかなぁ…?

  

『大成軒』はいいとして、『プレジデント』は…?
もともとなんだったんだ?『プレジデント』って。
ホテルか何か?

  


これは…古波蔵あたりだったかな?
晴れ間はあるものの、やや曇りがちな天気。
バスを待つ青年と目が合った。ちょっと気まずい。

  

これは…どこだったかなぁ。大里村か佐敷町あたりかな?
ちょっと寄り道した川沿いの道。
サギも居ました。こういうの、ホッとする眺め。

  

 今回の旅行は、いつもの僕にしては珍しく、だいぶ前から行く場所をあらかじめ決めてあった。そのひとつが“やんばる”なのだ。今までにも何度か訪れてはいるのだが、どうも僕には今ひとつピンと来ない場所だった。たぶん、やんばるのやんばるたる所以を身をもって体験したいのならば、エコツアーとかトレッキングとか、そういう類の体験型ツアーに参加するのが一番手っ取り早いのだろうとは思う。でも、ひとりで旅をする場合、そういうものに参加するのはかなり抵抗がある。かと言って、ひとりでやんばるの山の中へ進入するなんて、そりゃ絶対無理な話だ。元々僕にはそんな根性もサバイバル精神も無いし。
 恐らく、やんばるを訪れるとなると、ほとんどの人は車での移動を余儀なくされると思う。僕もそうだ。車で移動しつつ、ハードな行程を極力避けて、それでもそれなりにやんばるの魅力を堪能することが出来る。そんな虫のいい話がどこかに転がっては居ないかなぁ、という、極めて根性なしの僕には打って付けの目的を持ちながら、僕はハイウェイをグングン北上した。

 途中、“伊芸サービスエリア”で一休み。ちょうど小腹も空いてきたので、SAにあるレストランで軽くそばでも食べようかな。
 パーキングに車を停めてレストランに入ろうとすると、向かって右側に、なにやら見慣れないものが建っていた。あれ?あんなもの以前ここに立ち寄ったときには無かったはずだけど…
 その見慣れないものは、白い石で出来た門だった。門のアーチの上部には“かりゆし”の文字が刻まれている。何だか胡散臭いその門をくぐると、中にはちょっとしたスペースがあって、木やら草やら花やらが植えられ、ベンチなどが置かれていた。「ただの屋外休憩所か…」と思いきや、どうやらここは、去年開催されたあの九州・沖縄サミットを記念して作られた、その名も『サミット開催記念広場』(そのまんまじゃん!)という憩いスペースだった。そうかぁ、沖縄サミットって、去年(2000年)の出来事だったんだっけ。何だかもっと昔のことのような気がする。…それだけいろんなことが世の中に起こってる、ってことなんだろうなぁ。あれだけ盛り上げておきながら、終わってみればやれ“接待サミット”だの“金の無駄遣い”だのとケチョンケチョンにけなされた、ある意味不遇なイベント。終わってしまってから文句を言ったって、何の意味も無いのにね。なんて、若干の虚無感を抱きつつ、僕はとっとと広場を離れた。
 レストランであまり美味しくない(←関係者の方には申し訳ないけど)そばをすすりながら、僕はやんばるのどの辺りに行ってみようかと考える。
 が、またしても例によって、僕は地図やガイドブックの類を持って来なかった。このSAで買おうかとも思ったが、結局やめた。成り行きに任せたほうが楽しいかもしれないし。気が向いたところに、気が向くように行きゃあイイか。
 そばも食べ終わったので、SAから自動車道に戻り、そのまま終点の許田まで一気に走る。

 自動車道から58号線に出て、名護市街を通り、大宜味村へと進んで行く。この辺りは10月にKのサメ・ドライブで“通過”したところだ。58号線が海岸線に沿うようになると同時に、大宜味村の集落が見え始める。歴史を感じさせる民家と比較的新しい民家が入り混じる集落は、潮焼けしたコンクリートの色と瓦の色のせいか、どこかくすんだように見える。そんな集落と集落の間には、これまた灰色の墓の群れ、グソーが現れる。寂しいような感じもするし、気持ちが落ち着くような感じもする。…ちょっと、集落の中に入ってみようかなぁ。
 『大宜味村立診療所』の看板に引かれるように、58号線から少し外れた道路に入ってすぐのところに車をちょっと停めて外に出て、集落の中をぐるりと見回してみる。背後には山が迫り、目の前は海。集落はその狭間にひっそりと詰め込まれていた。
 と、ひとりキョロキョロとしている僕。その横を通り過ぎて行く地元の人の車。車の中から僕を見る人の目は、「怪しいヤツが居るなぁ」という威圧感を感じさせた。
 …だけどね、さっきからどうもこの眺めに見覚えがあるような気がしてるんだけど…これっていわゆるデジャヴーってヤツ?はじめて来た場所のはずなのに、前にも一度来たことがあるような気がする、っていう。「深町く〜ん!」「芳山く〜ん!」(出典:時をかける少女)みたいな。
 (―― 旅行から帰って来て、このとき撮った写真を見てギクッとしたんだけど、ここって、ひょっとすると…数年前にトップニュースにもなった、悲惨な事件が発生してしまった場所なのでは!?もしもそうだったら、関係者のみなさんに申し訳ない気がするけど…違うかもしれないし…違ってるといいのだが…)

 ひっそりと静まり返った集落をほんの少しだけ歩いて、僕は車に戻った。
 

何だか取って付けたような石門が…
“かりゆしの門”とかいう名前だったかな?
その門の奥には…

  

こういう広場がありました。
参加各国の国旗もあったり。
何だか遠い昔のことのようだなぁ、サミット。

  

これ、シークヮーサーの木だって。
さすがに実は生っていないみたいだけど。
はじめて見た、シークヮーサーの木って。

  


展望台から見る金武湾。
対岸に見えるのは与勝半島と周辺の島々。
もう少し天気が良ければいいんだけどなぁ…

  

これ、レストランの天井に飾られてた紅型。
やっぱり華やかだよね、紅型って。
下のほうに描かれてる花は何の花?睡蓮?

  

名護市街地。
名護には申し訳ないけど、やっぱり寂しいんだよね。
シャッター降りた店がすごく多いし。

  

沖に見える島影は…古宇利島?
古宇利島って、近々橋で繋がる予定なんだよね。
いつか行ってみよう。

  

大宜味村の海岸線。
犬の散歩してる人や走ってる人を多く見掛けた。
沖縄って、走ってる人をよく見掛けるんだよねぇ。

  

“大宜味農研”という特産品の直売所。
『夕波館』というステキな名前の食堂もあります。
ここ、地元の人比率がメチャクチャ高いです。

何気なく撮った写真なんだけど、後で気がついた。
…ここって、あの事件の現場になった場所じゃないの?
どこかで見覚えがあるんだよなぁ…

  

海岸線に数多くある墓の群れ。
厚い空気に包まれてる。
亀甲墓は少ないね。

  

 さっきの集落から58号線をさらに北に上って行くと、『辺土名商店街』というシンプルだが妙にインパクトのあるアーチ型の看板が見えて来た。“辺土名”ということは、もうすでにここは“国頭村”だというわけだね。
 恐らく、この辺土名は国頭村の中では一番栄えた町(集落?)だろうと思う。何しろ国頭村役場があるぐらいだからね。ここからそれほど離れていないところに『オクマリゾート』なんかもあるし。“道の駅”だってあったし。…とは言え、実際にこの『辺土名商店街』の中を歩いてみると…「え?ここって商店街なの?」と思わず訊ねたくなるような趣き。この通り沿いには、確かに村役場や郵便局、銀行、JA、公民館などが密集してはいるけれど、商店街という雰囲気はあまり無い。店らしい店も飛び飛びでちょっとある程度だったし、その店でさえシャッターが降りてたりする。ここまで来ると、もはや寂しいなどという感覚さえ起こらない。
 商店街と位置付けられているメインの通りから海のほうへと進んで行くと、そこには漁港があった。この周辺には学校やバスターミナルなどもある。バスターミナルは、バスが6〜7台も入ればいっぱい、という感じ。数台のバスが待機する未舗装で土のままのバスターミナルに居た客は、地元のオバァと子供のふたりだけ。…何だか、時間が止まってしまったような光景だった。
 そのバスターミナルのすぐ隣りにある『辺土名スーパー』という店で、僕は缶コーヒーとガムを買った。べつに欲しくて買ったわけじゃなく、ただ単に店に入ってみたかっただけだったんだけど。店の中には、様々な生活雑貨類が並べられていて、近所の人がちょこちょこと来店してくる。案外繁盛してるのか?『辺土名スーパー』。
 
 地元の人たちがどう捉えているのかは分からないが、ここを“商店街”と銘打ってしまうのはどうなんだろう?ちょっと前までは立派な商店街だったのかなぁ?
 それにしても、例えばここから那覇に買い物に行く、となると、かなり遠いよなぁ。北谷あたりに行くのも結構大変だしなぁ。そう考えると、やんばるで暮らすのってつくづく大変だ。やっぱり、若い人は那覇に出て暮らしちゃったりするんだろうか。勤め先が那覇だったりすると、毎日やんばるから那覇に出勤するのはかなりツラいだろうしねぇ。「仕事帰りにちょっと一杯どう?」なんて誘いにうっかり乗っちゃうと、そのまま那覇で一泊、ってな展開になっちゃいそうだ。
 などと勝手な想像を巡らせつつ、僕は辺土名を後にした。
 

“商店街”とは言っても、お店はそれほど多くない。
普通の住宅街の中にちょっとお店がある、という感じ。
それにしてもこの看板、イイ味出してるよなぁ。

  


そうは言っても、肝心のお店が少ないし…
この辺の人は名護辺りに買い物に行くのかな?
…その名護だって、ねぇ…

  

たぶん、村内では大きな店のひとつ。
品揃えは結構充実してました。まさにスーパー。
とりあえず日用品はここで事足りそうです。

  

…こういう廃車ってよ〜く見るよなぁ。
ガラスというガラスがみんなぶち割られてる。
引き取ってもらえない事情でもあるの?

  

商売してるんだかどうだか分かんない店。
店っていうよりただの民家では…?
なかなか味わい深い建物ではあるけれど…

  

シーラってなに?…まさかシーラカンス!?
(ふうぬうゆう)って書かれても、さっぱり分かりません。
魚の種類?微生物?

   
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