「沖縄にこんな電車を走らせよう!」


 『ひめゆりパーク』を後にして、Kはどんどん北上して行く。
 僕には何となくKが目指している場所の目星がついていた。が、あえてそれは指摘しなかった。
 空は時間が経つごとに暗い雲に覆われて来る。カーラジオの天気予報では、台風がいよいよ八重山に差し掛かって来たことを告げていた。本島に到着するのも時間の問題だろう。だんだんと“台風直撃→飛行機が飛ばない→東京に戻れない”という可能性が現実味を帯びて来た。
 「マジで明後日の飛行機が飛ばなかったら、どうする?」と、僕はKに訊いてみる。前にも言ったとおり、僕は一日二日の休みの延長ならば何とかなる。
 「う〜ん…どうしようかなぁ…」 Kはそう言ったきり、ハッキリとした答えは返してこなかった。何しろKは超が付くほどマイペースな男なので、もっと差し迫った状況に陥らないと結論が出せないのだろう。
 …まぁ、ジタバタしたところでどうにかなる、というものでも無いしね。ここは運を天に任せてみることにしよう。
 

国道329号を北上中。
黒い雲がモンモンモコモコモコと。
台風がだんだん近づいて来てる証拠。

  

僕のおみ足で御座います。
25cmしかないのです。足のサイズ。
…って言うか、態度悪い感じ。Kにも怒られた。

  

 で、そんな僕らが辿り着いたのは、沖縄市、コザだった。やっぱり僕の睨んだとおりだ。Kの行動パターンは、極めて分かりやすい。
 「そんなこったろうと思ったよ。『玉泉洞王国村』か北部かコザか、Kが本島で行く場所はいっつも決まってるもんなぁ」
 こんな人も珍しいでしょ?毎年沖縄に来ているのに、同じところにしか行かないなんてさ。普通だったら「去年はあそこに行ったから、今年はこっちに行ってみよう」とか何とか思うものじゃないか?しかも、「コザに来る」と言っても、Kの場合は『コリンザ』と“中央パークアベニュー”の界隈に限定されている。去年“ゲート通り”に行ったのだって、僕がかなり強引に先導してようやくのことだったのだ。コザは僕も好きだけど、Kは一体全体、コザのどの辺りに魅力を感じているのだろうか?9年の付き合いになるが、僕にはいまだにさっぱり分からない。
 『コリンザ』の駐車場に車を停めて、僕らは『コリンザ』の中を少し見て廻った。
 しかし…『コリンザ』は年々酷い状態になっている。3階に『あしびなー』という小劇場があるものの、他のテナントはごっぞりと撤退してしまっている。確かに、このショッピングプラザはオープン当初からいまひとつ冴えない感はあった。どのテナントも似たり寄ったりで、わざわざここに来なくてもどこでも手に入るような物しか扱ってなかったし。ひょっとすると、そもそもの計画自体が無謀だったのかも…
 もうすでに閑古鳥すら鳴かないほどに、すっかり寂れてしまった『コリンザ』を、僕らは言い知れない寂寥感に苛まれながらひやかす。
 「…いっそ、閉店させて何か別のものを建てたらいいのにね」と、Kが言う。
 「そんなことされたら、Kが来る場所が無くなっちゃうじゃん。毎年通うほど好きみたいだからさ、Kは」
 「べつにここが好きなわけじゃないよ。…でも、無料で停められる駐車場が無くなっちゃうのは困るなぁ〜」
 「きっとそういう人が多いんだと思うよ。『コリンザ』を無料駐車場程度にしか思ってない、Kみたいな人が」
 
 しかし、寂しいのは何も『コリンザ』ばかりじゃない。ここと隣接する“中央パークアベニュー”だって、それはそれは閑散としたものだ。地元の人々もこの廃れ具合にはかなりの危機感を募らせているようで、いろいろと手立てを打っているのだが、正直言って効を奏しているとは言い難い。
 お客が来ないから街に活気が無い。活気が無いから人が来ない。まさにスパイラルな悪循環。この状況から脱するには、一体どうしたら良いものなんだろうか。
 

『コリンザ』。…閑散。
存続してること自体が不思議なくらいに。
空きテナントばかりが目に付いちゃう。

 

がら〜んとした空きテナントのスペース。
こんなのがあるショッピングプラザって…
どうにかならないのかなぁ。

  

そんな『コリンザ』の中にこんな店がOpen。
これは『コリンザ』の救世主になり得るのか?
…さほど需要があるとも思えないが…

  

“コンピュータウン”は1階の出入り口付近に。
ここって確かレストランか何かだったような…
頑張れ!コンピュータウン!

  

コザの街を見下ろす。
夕闇迫るコザ。
『コリンザ』ですっかり寂しい気持ちになった僕には、寂し過ぎる景色…

  

 などと、些かお堅いことを考えたりしながら“中央パークアベニュー”を歩いていると、不意に毛色の違う看板に出くわした。
 『みんなの力で沖縄にも南北縦貫鉄道を!』 ―― 看板にはそう書かれてあった。以前はお店だったのであろうスペースに、電車の写真やら資料やらが展示してある。僕らは何気なく、そこにフラフラと近づいた。すると、それまで街路樹の下で手持ち無沙汰な感じで座っていた男性が、急に「待ってました!」とばかりに急接近して来たので、僕らは一瞬たじろいだ。
 「ここには沖縄にかつて走っていた電車や軽便鉄道の資料、それから先日見学に行って来たヨーロッパのトラムの写真、そして先だって県知事に提出した電車を走らせてほしいという20万人の署名、路面電車に関する新聞記事などが展示してあります。今、日本各地で路面電車を復活させようという運動が活発になってます。それに対して国も率先して補助金を出しています。環境にもやさしく、地域の活性化にも効果のある路面電車をぜひ沖縄にも!ということで、私たちは今どんどん活動の輪を広げているんです」
 と、ここまで一息に男性は熱く語った。僕らはその勢いに圧倒されてしまった。
 「まぁ、よかったら中を見て行ってください。そして、ぜひここで見たことをいろんな人に話したりして、どんどん広めていってください」
 こういうときに、Kは案外容易にうなづいたりする。これが相手に大きな誤解を与えてしまう。男性が熱弁を奮うと、いちいち「そうですね」などと合いの手を入れながらフムフムとうなづいてみせたりするものだから、男性もすっかり波に乗ってさらに熱弁に拍車が掛かる。しかし、騙されちゃいけない。Kは調子を合わせてうなづいているだけなのだ。「そうですね」などと言いながら、実はちっとも「そうですね」なんて思っちゃ居ないのだ。僕は内心「おじさん!騙されるな!そいつはアンタの言葉なんて、ちっとも頭に入っちゃ居ないんだ!」と叫んでいた。
 とにかく、Kがいい加減な相槌を打つ間、男性はコザの街の衰退ぶりを訴え、さらに路面電車を引くことがどれほど地域の役に立つのか、ということを力説しまくっていた。
 「…あの、ところでここって、前はお店か何かだったんですよねぇ?」 僕が話しの切れ目に口をはさんだ。このままだと男性の勢いが止まらなそうだったし。
 「はい、僕はここのオーナーなんですよ。どうせ中途半端に店を貸すぐらいなら、ここをこの運動の拠点にしようと思いましてね。それでこういった場所を設けたわけです」
 「そうなんですか…でも、路面電車を通す、って言うと、やっぱり第3セクターとかでやるんですか?」
 「いえ、そうなってしまうとどうしても利益追求型の運営になってしまいます。僕らはこの事業は採算度外視してやるべきだと思ってます。実際、現在の沖縄の交通渋滞は酷いです。その渋滞による経済への損害は膨大な数字です。それがこの路面電車の導入で解消されるわけですから、これは県にとっても有り難いことになるはずですからね」
 「…だったら、どうして県は率先してこの運動を実行に移さないんでしょうねぇ?」
 「それは…いろいろとあるわけですよ。道路の整備を委託されている大手ゼネコンとの関係だとか。それに、今の稲嶺知事は元々琉石(琉球石油)の会長ですからねぇ。車が減ればガソリンが売れなくなりますから…」
 「あ〜、なるほどねぇ」
 「…ところで、あなたたちはマスコミの方か何かですか?」
 まただ。多良間島のときから何度かこの質問をされた。あんまりしつこく訊き過ぎたかな、と少し反省する。
 「いえいえ、僕らはただの観光で来た一般人です」
 「そうですか。こういうことに関心がお有りのようだったんで…」

 結局、軽い気持ちで覗いてみただけなのに、1時間近く男性と話し込むことになってしまった。彼らは“LRT”という、ヨーロッパで取り入れられているハイテク路面電車を導入することを考えているようだった。その計画の最終的な夢は、かなり壮大なものだ。北は本部、南は摩文仁、東は与那原や泡瀬、西は北谷や読谷と、本島のほとんどを網羅する鉄道網を築くのが夢なのだそうだ。
 電車を引く ―― それは、同時に人の流れを変えること。例えば、現在建設中の“ゆいレール”。このモノレールの開通に合わせて、天久には“新都心”なるものもガンガン造成中だ。これまで沖縄経済の中心を担ってきた国際通り周辺だが、この新都心の出現には危機感を持っているようだ。「牧志の市場をキレイに改築しよう」なんて、僕のような市場好きはガッカリしてしまうような案まで出ているらしい。
 僕は、実は電車という乗り物があまり好きではない(父親が鉄道会社に勤めてたっていうのにねぇ(^_^;))。電車内や駅構内での殺傷事件なのどトラブルが増え、電車に飛び込んで自殺を図る人も多い昨今、沖縄に電車を走らせることが本当にいいことなのか、僕にはよく分からない。東京の人がどこかいそいそとして、他人事には見て見ぬふりをしてしまいがちなのは、ひょっとすると電車にその一因があるんじゃないか、と思っている僕のような人間に、この問題について語る資格は無いのかもしれない。
 …まぁ、イイや。沖縄の多くの人が電車の開通を望むのなら、僕はそれでいいと思うし。って、俺はいつもこんな結論に達しちゃうんだよねぇ。これって読む人によっては「無責任だ!もっと真剣に考えろ!」と思われてしまいそうだけどね。でも、沖縄がどういう形の未来を迎えるのか、その直接の影響を受けるのは僕じゃなくて、沖縄に住んでいる人たちなのだから。だから、僕は沖縄で暮らす人々の願いが実現するのなら、それでいいと思う。沖縄から昔ながらの市場が消えてしまおうと、海がどんどん埋め立てられてしまおうと、それが沖縄の人の望む結果なら、僕はそれにあえて異は唱えたくない。…でも、もしもそうなってしまったら、僕はたぶん今のように沖縄が好きで居られなくなってしまうだろう、とは思うけどね…

 電車に情熱を燃やす男性は、「観光の方を相手にこんなにお話できたのは、はじめてですよ〜」と大層喜んでいた。そして、ヨーロッパで撮って来たというLRTの路面電車の様子を収めたビデオCDを僕らにくれた。
 僕らのような何処の馬の骨かも分からないヤツらに、これほど熱っぽく語ってくれた男性。僕らは何だか申し訳ない気持ちになって、1部\100の『沖縄にこんな電車を走らせよう!』という小冊子を1部づつ買った。

 僕とKは、コザから那覇に向かう車の中で、ずっとこのことについて話をした。僕らが話したところでどうなるということも無いんだけど、話さずには居られなかった。話しているうちに、「天久の新都心に行ってみようか」ということになったりしたのだが、58号線の大渋滞に巻き込まれてウンザリ。結局新都心行きはあきらめてしまった。
 「確かに、この渋滞はイヤになるね。電車を走らせたい、って気持ちも分かる気がする…」
 「でも、電車が走ったからって、この渋滞が無くなるという保証はどこにも無いしなぁ。東京なんて、あれだけ電車が走りまくってても交通渋滞激しいし」
 …あ!でも、ひょっとすると電車が開通すれば、Kのサメ・ドライブにイライラしなくても済むようになるかも!…いや、それは望み薄だな。きっとKは、例え電車が走っていようとレンタカーを借りて、嬉々としてドライブするに違いない。う〜む、Kに関して言えば、電車の開通の効果は無さそうだなぁ…
 

“中央パークアベニュー”もすっかり夕暮れ。
ここも相変わらず人影が少ない。
不況はイヤだねぇ。

  

『玉城ししゅう店』だって。
やっぱり米軍基地のある街には必須なのか?
横須賀にもあるしね。

  

これは『インド屋』という店。
インド雑貨がたんまりとあるみたいです。
奥に店主らしきインド人の姿が見えました。

  

ヤ○ザかホストしか着ないような黒いスーツ。
でも、国際通りでこんな格好の人、結構見かける。
しかし…この店の服のセンスはちょっと…

  


中でも異彩を放つこのブース。
何気なく寄っただけなのに、熱く語られてしまった。
その熱意たるや、想像以上に凄かった。

  

そこで販売されている小冊子。
一部\100でした。中身は絵本風でやや子供向けかな。
賛否あるとは思うけど、ひとつの可能性として。

  

もうすっかり夜。
雨も降ってきたので夜のコザ散歩は取り止め。
ちょっと残念だったけどね。

  

暗くて分かんないだろうけど、基地のゲート前。
警察車輌が警戒中。
いつまで続くんだろう、こういう状態が。

  

 一旦ホテルに戻り掛けたところで、急にKが「あのさ、これから空港に行ってみない?」と言い出した。
 「明後日の飛行機が飛ぶかどうか、航空会社の人に確認してみようよ」と、K。
 「うん、べつに行ってもいいけど…でも、たぶんあんまりちゃんとした答えは返って来ないと思うけど…」
 僕らは急遽行き先を空港に変更した。
 空港に着き、JALのカウンターに居る女性職員にさっそく質問してみる。
 「あのですねぇ、明後日の午後の便で東京に戻る予定なんですけど、台風が接近してますよね。飛行機、飛びますかねぇ?」
 「え〜っとですね、今現在のところ、台風は沖縄本島を逸れていくようですので、とくに欠航することは無いと思います」と、晴れやかな笑顔で告げる女性職員。
 …ホントかよ。多良間島以来、どうもこういう返答に対して猜疑心が働いてしまう僕。
 「どうしようか…一応、明日の便で帰るように予約変更しておく?」と、Kが言う。僕もどうしようか少し迷っていると、女性職員がカチャカチャと端末機のキーボードを叩き始めた。
 「明日の便は全便空席がございますので、変更は大丈夫ですけれども…少々お待ちください」
 そう言って、職員さんはカウンターの奥にある部屋に入って行った。やや間があって、戻って来た彼女の手には、何やら一枚の紙切れが握られていた。
 「これが、今送られてきた台風の進路予想図なんですけど…これを見ても台風は本島を逸れて台湾のほうへ進んで行く予想になってますので…離島に行く便は欠航になりますけど、那覇から本土に向かう便は大丈夫ですよ」
 ここまで親切に説明されては、素直に従うしか無いだろう。おまけにこの女性職員が、また輝くような笑顔で対応してくれたので、僕はすっかり気をよくしてしまい、「この人が言うんなら信じてみようかな♪」と思っちゃったりして。
 
 空港からホテルに戻り、相変わらず人通りのめっきり減少してしまった国際通りを少しだけほっつき歩いた後、僕らはホテルの真正面にある居酒屋『ここ』に入る。ほぼ毎年この店に入る僕ら。ホテルに近い(徒歩約20秒)のと、お客が少ないので落ち着いて呑めるという理由で、僕もKもここが好きなのだ。
 「いらっしゃいませ〜。あら、お客さんたち、前にも何度かいらっしゃってますよね〜。ようこそおいでくださいました。座敷にどうぞ〜」
 座敷は、これまた沖縄の飲食店らしく冷房が寒いぐらいに効きまくっていた。あまりの寒さに、僕らはエアコンの設定温度を見る。ゲッ!に、20℃!? すぐさま設定温度を25℃に直して、とりあえず一息ついた。
 と、注文を訊きに来たママさんが「暑くないですか?もう少しクーラーの温度を下げましょうか?」ととんでもないことをのたまう。
 僕らは慌てて「いえいえ!大丈夫ですから。お構いなく〜」と申し出を断る。これ以上温度を下げられちゃあ、それこそ凍えてしまう。
 適温になった座敷で、泡盛を呑みながら(ちなみに、この日選んだのは“残波”。♪あわもりざんぱ〜 呑んでひーやるがへい)、あれやこれやと雑談する。きっと、こうしている時間が一番楽しいんだなぁ。だから例えどんなにサメ・ドライブに延々付き合わされることになっても、毎年懲りもせずKとのダラダラ旅行をしてしまうのだと思う。おまけにこの『ここ』という店は、いつもほとんど僕らの貸し切り状態なので、まったく気兼ねしないで居られるのも嬉しい。
 長い間、僕らはこの居酒屋で呑んだり食べたり喋ったりして過ごした。いい感じで気分も体もほわほわとしてくる。後は寝るだけだ。
 あ〜あ、こんな時間がずっとずっと続くといいのにね。
 

何度も登場している居酒屋『ここ』。
ホテルの真ん前にあります。
あまり商売っ気の無い(?)店。

  

僕が沖縄に来てはじめて呑んだ店。
それだけに思い入れは強い。
お客も少なくて(^_^;)、くつろげるしね。

  

メニューはちょっと物足りないけどね。
味付けもかなり濃いし。
…でも、僕もKもなぜか好きな店なのだ。

  

2001年10月14日午後11時の国際通り。
ぜんぜん人が歩いてないでしょ?
世界の激変が思わぬ形で表出してしまった受難の沖縄。

  

空港でもらった台風の進路予想図。
確かに本島には来ないみたいだけど…
相手が相手だけに、油断は出来ません。

  
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