「結局またこれかい!!」


 毎年恒例(?)の友人Kとの沖縄旅行も、思い返してみれば今回で9回目を数えることとなる。考えてみれば、9年前にこの友人Kに「沖縄に行こう!」と誘われなければ、僕は沖縄と出会っていなかったかもしれない。となると、僕が“沖縄病”を患うことも無かっただろうし、ひいてはこの『あおのしましま』なるサイトを誕生させることも無かった、ということになる。…感謝しなくちゃいけないかもね、Kに。

 平成13年10月11日午前4時。僕と友人Kは、僕の家の近くのコンビニで待ち合わせをしていた。Kの提案で、羽田空港までKの車で行って、そのまま空港の駐車場に車を停めて沖縄に発つことになっていた。例年だと、出発前夜に都内のホテルに泊まって、早朝に空港へ向かう、というパターンを取っていたのだが、よくよく考えてみるとホテルに前泊するよりも、空港の駐車場を6日間利用したほうが割安だ(←二人で駐車場利用料を折半した場合)、ということに気づいたからだ。
 さて、午前4時ちょっと前、僕は家を出る前に一応Kの携帯電話に電話を入れてみる。Kはなかなか電話に出ない。…何か、イヤな予感。
 「………あ〜、もしもし……」 Kが電話に出た。いかにも「たった今起きたところです」と言った声の調子である。
 「あの〜、ささきくんですけど。…寝てたな?おまえ…」 「…うん」
 「“うん”じゃないだろう、“うん”じゃ。“4時に待ち合わせ”って言ったのは、Kだろぉ?…だから言ったじゃん、5時でもイイんじゃないかって…」
 「…今すぐ家を出るよ。4時半にあのコンビニに待ち合わせってことで…」
 「大丈夫なのか?二度寝するなよ〜」
 …ハァ…しょっぱなからコレかい。大丈夫なんだろうか?幸先からこんな調子で…さっき「Kに感謝しなくちゃな」なんて考えていた自分が、ひどく愚かに思われた。
 
 結局、そんなこんなで多少遅れはしたものの、無事空港に到着した。
 今回、僕とKがいつも以上に空港への到着時間を気にしていた理由は、先月(9月)にアメリカで起こった同時多発テロ事件で、空港の搭乗チェックが厳重になっている、という噂を耳にしていたからだ。探知機でグズグズしているうちに飛行機に乗り損ねました、なんてシャレにならない事態にでもなったら、それこそ笑い話では済まされない。なので、時間に相当の余裕を持ったほうが良いと僕らは睨んでいた。
 「とりあえずさ、まず先にチェックを済ませちゃおうよ。そのほうが安心だから」
 Kが柄にも無く、やたらと焦っているのも無理はない。僕らは空港に着くとほぼ同時に、搭乗チェックを済ませることにした。
 探知機の前で、小銭やらライターやらの小物をひとつ残らず身から外し、やや緊張しながら進入する。
 「搭乗券を拝見したします」と、係員の女性。ここまではいつもと変わらない。と、搭乗券を手に取った係員が、「失礼ですが、お名前をおっしゃってください」と言う。…こんなところで名前を訊かれるのは初めてだ。なるほど〜、チェックが厳しくなってる。でもさ、名前を訊くことに、何か特別な意味や効果があるんだろうか?ちょっと疑問…
 だけれどチェックそのものは、その「氏名確認」以外は、いつものチェックとまったく変わらないように思われた。「きっと、ほんのちょっとの金属反応でも警備員がすっ飛んでくるぐらいに厳しいチェックがなされているに違いない」と身構えていた僕らは、些か拍子抜けしてしまった。
 「名前訊かれたときに、“ビン・ラディンです”なんて答えたら、どんなことになっちゃうんだろうねぇ」などと、Kはしょ〜もないことを言う。
 「…そりゃあ決まってるじゃん。“こいつ、バカじゃないの?”って思われてお終いだよ。」
 「頭にターバンとか巻いてさぁ、“ジハード!”とか言ったりしてさぁ」
 「…それはきっと捕まるね、違う意味で。そのまま緑の救急車に乗せられて、どこかの病院に御案内〜って感じじゃないの?」
 嗚呼、日本は平和だねぇ。なぜなら、僕らのすぐ後に続いていたカップルも、同じようなアホな会話を交わしてたもん。
 
 飛行機に乗って、僕はKに訊ねる。
 「そう言えばさ、今回はどこに行くか、もう決めてる?」
 去年の旅行のときもそうだったのだが、Kとの沖縄旅行の場合は、その行き先の決定権をKに全任することにしている。僕はヒマを見つけてはちょこちょこと沖縄に足繁く通っているけれど、Kにとっては年に一度の沖縄旅行だ。なので、Kの行きたいと思う場所に付き合う、という方針で6日間を過ごすほうが、こっちも気兼ねが無くていい。
 「う〜ん…まだとくに決めてないけど…気になる場所、と言えば、小浜島かなぁ」
 ゲッ!やっぱりそう来たか!そんなこったろうと思ってはいたんだ!このKという人物、実は案外ミーハーな部分を持っている男なのである。その昔、安室奈美恵などが全盛期を迎えていたときには「アクターズスクールが見たい」とのたまい、去年はサミットの舞台になった『万国津梁館』に行くことに並々ならぬ執着を見せた。で、今年は『ちゅらさん』で“小浜島”だ。…何とも分かりやすい男だ。しかし、僕はこの8月にひとりで小浜島に行ってきたばかりだ。…また行くの?小浜島に…それはちょっと避けたいんですけど…
 「…ふ〜ん、ところでさ、Kはちゃんと見てた?『ちゅらさん』を」
 「ううん、見てない」
 「!!見てないの!?」
 「あ、何か総集編みたいなのはチラッと見たよ。それから、最終回の最後の3分。みんなで踊って終わり、みたいなところ」
 「…ふ〜ん、小浜島かぁ〜。まぁ、いいけどね」 僕は半ばあきらめて、小浜島に付き合う覚悟を決めた。「俺はひとりで8月に行ったばかりだから、行きたくない!」と拒否するのは、あまりにも自分勝手な言い分だと思ったし。
 「でもなぁ〜、昔、小浜島に行ったとき、これと言って印象に残らなかったんだよなぁ」と、Kが言い始めた。む、これはチャンス!何気なくKの関心を冷ます方向に持っていけるかもしれない。
 「確かにねぇ。小浜島って言うと、Kが道に迷ったことと、『はいむるぶし』のことぐらいしか憶えてなかったもんなぁ」と、僕もさりげなく同調しておく。
 「そうだよなぁ。…どこに行こうかなぁ、今回は…」
 どうやら、去年の『万国…』ほどの意気込みは無いようだ。まぁ、あとはKの心変わりに期待するしかないな。
 

5泊6日の沖縄旅行にGO!
希望を乗せて飛行機は一路沖縄へ。
…機内ではほとんど寝てましたけど(^_^;)

 

空港のロビーでは“迎恩の舞”なるイベントが。
琉舞や獅子舞、民謡の演奏などを毎日開催。
でも、空港は寂しいぐらいに閑散としてて…

  

 さ〜、着いたぞ、那覇空港に!…ありゃ?何だろう、空港の中がえらく閑散としているような…あ!そうか。
 「やっぱり人が少ないねぇ。テロの影響で沖縄に来る観光客が減ってる、っていうのはホントだったんだねぇ」とK。
 「う〜ん、そうみたいだね。それにしても、ちょっと寂しすぎるよなぁ…」
 あのテロ事件が具体的にどの程度、沖縄の観光業に影響を及ぼしているのかは分からないけれど、とにかく実際にこうして那覇空港を見ると、明らかにいつもの空港の様子とは違っていた。それは、空港の閑散さ加減だけに限ったことじゃない。例えばこの日の沖縄⇔羽田を結ぶ便は、そのほとんどが“空席あり”の状態だったらしい。確かに、僕らが乗ってきた飛行機にも空席がかなり目立っていた。
 「…やっぱり、沖縄は厳戒態勢なのかなぁ…」
 「警察官が何百人って単位で沖縄に派遣されてる、って言うしねぇ…」
 
 空港内のレストランで飯を食ったあと、今晩泊まるホテルに電話で予約を入れた。「久しぶりに『照美荘』に泊まろうか?」と僕は言ってみたのだが、Kはあまり気が進まない様子だった。結局、Kの希望でいつもの『那覇グランド』に泊まることになった。Kはよほどこのホテルがお気に入りのようだ。
 僕らは一旦タクシーで那覇市街まで出て、そこでレンタカーを借りた。…だんだん気が重くなってくる。レンタカーで本島をドライブ。それ自体はいいのだが、何しろ運転するのがKとなると…泳ぎを止めない回遊魚のようなノンストップ走行、“サメ・ドライブ”になることは必至である。
 「だったらささきが運転すればいいじゃないか」と思う人も居られるだろうが、Kは助手席にジッと座っているのが大の苦手なのだ。急に不機嫌になったり、うっかりすると、隣りで爆睡していたりする。実にタチが悪い。それに、もし僕が「俺が運転する!」と言っても、まず絶対に首を縦に振らない。結構頑固者だったりもする。
 
 「あ〜あ、またキミの、停まることの無い、ダラダラドライブに付き合わされることになるのかぁ…」
 「何、人聞きの悪いこと言ってるの?俺がいつダラダラドライブしたって言うの?」
 「エッブリタイム!去年のことを忘れたのか?!初日なんて、一日掛けて『道の駅・許田』にしか行ってないんだぞ!ああいうのを世間一般では「無駄」と呼ぶんだ!そこんとこ、よ〜く肝に銘じておくように」
 「…そうだったっけ?ハハハ、大丈夫。今年はそんなことしないから…」
 「………」

 この日の沖縄は、とても気持ちのいい青空が広がっていた。もちろん、気温も高い。10月半ばでも30℃近くまで気温が上がる。レンタカーの車内はクーラーをガンガンに効かせないと居られない。
 那覇市街を出発したKのレンタカーは、そのまま58号線をグングン北上する。…去年とまったく同じ状況である。不安とあきらめが僕の胸に去来する。
 「宜野湾…北谷…残波…どんどん通り過ぎて行くねぇ…」
 「あ、“谷茶前”だってよ。♪谷茶前の〜浜によぉ〜」
 「…ゴキゲンですねぇ、Kさん…万座毛も通り過ぎましたけど…このままだと、着実に『道の駅・許田』に近づいてませんか?」
 「アハハ、そうだね。でも大丈夫!今回は『道の駅』には停まらないから」
 「(そういう問題じゃなくて…)あのさぁ、ひとつ質問してもいいかな?」
 「何?」
 「ちゃんとさ、目的を持って運転してる?ただひたすらに車を北に向けて走らせてるだけなんじゃないの?耐久レースじゃないんだからさ、途中で停まっても誰も咎めないよ、って言うか、どこかで停まれ!」
 「大丈夫だよ、そのうち停まるから。ささきはどこか行きたいところは無いの?」
 「そうだなぁ…あ、『ダチョウらんど』とか」
 「…え?あの寂しいダチョウ牧場?そんなところに行きたいのか?」
 「…いや、ただ言ってみただけ」

 そのまま、Kはまったく僕の野次を気にすることも無く、順調に“サメ・ドライブ”を続行する。
 ところで、このレンタカーにはカーナビが搭載されていたのだけれど、それを見ながらドライブしていると、つくづく沖縄が米軍施設に取り囲まれている、という現実を痛感させられた。このカーナビでは、米軍関係の敷地は灰色で表示されるんだけど、58号線を走っていると、道路の周辺はほとんど灰色のゾーンだ。今まで「単なる雑木林かなぁ」程度に思って何気なく通り過ぎていた場所や、沖縄らしい南国ムード溢れる樹木が群れ生える森でさえ、実は米軍の敷地だったりするということに気づいて、正直ビックリした。「米軍施設が沖縄本島の面積の約20%を占める」ということを数字では知っていても、改めて「基地だらけじゃん…」と呆気に取られてしまう。
 で、例のテロ事件に拠って、これらの米軍施設の要所要所には、警察のワゴン車が停まっていて、警官が警備している。那覇軍港から普天間、瑞慶覧、嘉手納…僕らも車で通りながら、この物々しい光景を何度か目にする。そこだけ見れば、確かに沖縄は“厳戒態勢”にある、と言っていいのだろう。だけど…
 「ぜんぜん緊張感が無いのな、俺らって」
 「って言うかさ、基地のゲート前さえ見なかったら、普段の沖縄ととくに変わんないじゃん。もっと激しく検問とかやってるのかと思ったけど…」
 (去年の沖縄サミットのときのほうが、よっぽど物々しかったよ)と、僕は思った。事実、あのときは沖縄に集結した警官の数も数千人という規模だったしね。あちこちで検問もしてたし。
 
 ちょっとカタい話になっちゃったけど、とにかくそんなこんなでサメ・ドライブは続き、問題の『道の駅・許田』をも通過する。
 「…ね?停まらなかったでしょ?『道の駅』に…」
 「いやね、単に『道の駅』に寄る寄らないの問題じゃなくてさ…まぁ、もうどうでもイイけどね…」
 Kは、そのまま名護市街をわき目に、本部半島に突入して行った。ひょっとして、この人はさっきの「『ダチョウらんど』に行きたい」発言を真に受けて、本気でダチョウを見に行くつもりなんだろうか?
 が、結局その『ダチョウらんど』さえも通過。
 「…このままだと、本部半島を一周しちゃうんじゃないの…?」
 「えっ!?…あ、“今帰仁城跡”だって。あそこに寄ろう!」
 Kは折りよく視界に飛び込んで来た“今帰仁城跡”の看板に促されるように、緩い山道を登り始めた。…今帰仁城跡かぁ。これで3回目だなぁ。いくら廃墟好きの俺様でも、さすがに同じ城跡に3回も来るとなると…
 

目下建設中のモノレール、“ゆいレール”。
これは恐らく“あさひばし駅”だと思う。
確かにこれが完成すれば便利だとは思うけど…

  

“泊港”辺りを走る車内から見下ろす。
那覇って、海に面した都市なんだよねぇ。
国際通りとか見てるとうっかり忘れがちだけど。

  


国道58号線。
ウキウキ・ドライブ サメ・ドライブのはじまり!
友人Kの自戒に期待。

  

左の電柱の下にある看板。
「水タンク清掃\5,000〜」
何とも沖縄らしい商売ではある。

  

恩納村あたりの海。
天気が良くてうれしい。風は強かったけど。
海で泳いでる人もちょっとだけ居ました。

  

恩納村の海の色は格別にキレイ。
この海を見るとホントにワクワクします。
…K!ちょっとは停まれよな!

  

 “今帰仁城跡”。僕にとっては3回目の訪問であるが、Kはここに来るのははじめてだった。今まで何度もこの辺りまでやって来ていながら、一度も城跡に入ったことが無い、というのが、実にKらしいと思う。
 Kは、いわゆる“日本史好き”な人物である。とくに戦国時代なんかは得意中の得意。よく『信長の野望』とか『決戦』とかいうゲームに夢中になっている。僕にしてみれば「そんなマイナーな武将のことを話されたって、ぜ〜んぜん分かりませ〜ん」というようなことまで、結構よく知ってる。ややオヤジ入ってる気がしないでもない。となれば当然、琉球王朝時代前後の沖縄の歴史にも、わりと強い関心を寄せているわけだ。
 「…そんなKが、なんで沖縄の城(グスク)跡にぜんぜん行こうとしないんだ?」
 「何でだろうねぇ」
 俺が訊いてるんだよ!

 今帰仁城跡の駐車場には、大型観光バスが何台も停まっていて、城跡は観光客で大賑わいだった。…な〜んだぁ。“団体客のキャンセルが相次ぐ”とか言ってるわりには、結構盛況じゃないか。過去2回にもこんなに賑わった今帰仁城跡を見たことは無かったぞ。
 「スゴイ人気だねぇ〜」と色めきたつKに相槌を打ちながら、僕はさっきから耳に飛び込んできている馴染みの無い“音”が気になって仕方が無い。
 「…蝉の声がスゴイね。うるさいぐらいに鳴きまくってるよ。しかも、東京辺りじゃ絶対に聴けないような、ひどく違和感のある鳴き声が…」
 それは、「ミ〜ンミ〜ン」とか「ジ〜ジ〜」とか「カナカナカナ」とか「オ〜シンツクツク」とか、そういう類の声じゃなくて、とても擬音化するのが困難な、何だか“゛”(←濁点)を通常の5倍ぐらいくっつけないと済まないような…
 「これ、『琉球村』の辺りの林でも聞こえる蝉の声だよなぁ」
 「そうそう、最初、鳥の鳴き声かと思ったもんね、これを聞いたときに」
 声の聴こえる木の枝を見ると、透き通った羽根を持った意外と小振りの蝉が止まっている。これがこの鳴き声の犯人(犯蝉?)か。
 「なんていう蝉なんだろう?」 「あ、こっちの虫かごに“おおしまぜみ”って書いてあるよ」
 Kが指差す先は管理事務所の受付けで、そこに置かれた虫かごには確かに“おおしまぜみ”と書いてある。でも、その虫かごの中には蝉なんて影も形も無く、ホントにあの枝に止まっている蝉が“おおしまぜみ”なのか、確認はできなかった。

 まぁ、蝉のことなどどうでもいい。とにかく城跡だ。この今帰仁城跡に対する僕の感想は…過去の旅行記でも読んでください。で、一方のKはと言うと、城跡自体にはそれほど感銘を受けなかった模様である。僕がやれ「この石垣の粗野な積み具合が…」だの「ここから見える海や森の気持ち良さは…」だのと感動してみても、Kはそれを軽く聞き流す。
 「この城ってさ、副将の裏切りで陥落しちゃったんだよね。尚巴志が琉球統一するときに…云々」と、K先生による“ミニ歴史レクチャー”がはじまった。よ!さすが歴史オタク!しかし、Kのこういうところには、なかなか感心してしまう。僕なんぞは、この手の話を見聞きしても、左耳から右耳へとすり抜けていってしまいがちだ。
 「この城の当主って、阿摩和利(あまわり)とかいう人だっけ?」 
 「それは勝連の按司(あじ)じゃないの?」
 「…そうだっけ。アハハ」
 僕の歴史の知識なんて、この程度ですし。

 ひと通り城跡を見終わって、この場を後にしようとすると、Kが、
 「『今帰仁村歴史文化センター』に行ってみない?」と提案してきた。この『文化センター』というのは、城跡のすぐ近くにあるのだが、今まで僕はまったく無視していた。
 「うん、いいよ。じゃあ行ってみよう」
 これまた歴史オタクのなせる技か。僕ひとりだったら、まず永久に立ち寄ることが無かったであろう場所に、車で移動することにした。
 

3回目の『今帰仁城跡』訪問。
ツアーの団体客がワンサカ訪れておりました。
ヘンな鳴き声の蝉が、大音量で鳴きまくってる…

  

その蝉の声の主が、この“おおしまぜみ”らしい。
…って、虫かごの中には何も居なかったけど。
逃げたのか、お亡くなりになったのか。

  

犬やら猫やらがたくさん。
まるで“ワンニャン村”状態。
今帰仁城跡管理事務所にて。

  

友人Kは、今回がはじめての『今帰仁城跡』。
「何で今まで来なかったんだろう?」
…原因はキミだろうが!!

  

やんばるの森と海が同時に見渡せる。
結構好きな観光スポットではあります。
…でも、3回も来る場所かどうかは…

  

前回来たときはこの“志慶真郭”まで降りられたけど、
今日は閉鎖されてました。
ちょっと残念。

  

なんでも“調査中”だそうです。
何を調査しているのかは不明。
発掘調査でもしているんだろうか。

  

“本丸跡”にある祠(ほこら)状の建物。
何の建物なのかは確認しませんでした(^_^;)
こんなの、前からあったっけ?

  

“御内原”から海を見下ろす。
広々としてて気持ちいいです。
ただし、かなり暑い。このときの気温、摂氏29℃!

  

う〜ん、晴れてるって素晴らしい!
何しろ日本で一番晴天日の少ない県だから。
こういう天気は案外貴重かも。

  

“大庭”にある売店。
オバァとアンマーがいい感じで商い中。
日陰になってて涼しいしね。

  

昼間から酔っ払いオヤジ&ガイドさん。
ガイドさん、ハイヒールでコケたりしてる。
石畳にハイヒールは不向きだね。

  

 車で約1〜2分で『今帰仁村歴史文化センター』に到着。城跡はあんなに賑わっていたのに、こちらは水を打ったようにシ〜ンと静まり返っている。
 さて、この建物、3階がエントランスになっている。1階部分は倉庫や作業室になっているらしくて、一般の人の立ち入りは禁止されている。2階と3階が展示室に、そして4階は“展望台”になっていた。
 『歴史文化センター』という名のとおり、展示品は今帰仁村にちなんだ歴史的な遺物やその写真・資料などが中心。僕は、正直言ってやや食傷気味な気分で展示品を眺めていたのだが、Kは、とくに三山時代の年譜などを熱心に見学していた。
 …そう言えば、“琉球王朝の歴史”って、僕はあまり関心がない。大体の時世の流れは把握しているつもりだけど、第何代の王が誰でどんなことをしたのか、なんてことになると、てんで分からない。
 
 『歴史文化センター』を出て、今帰仁を離れる車の中で、Kがぽつりと言う。
 「イイよなぁ、あの『歴史文化センター』の職員は。あ〜んなにヒマな仕事してるのに給料もらえるなんて」
 「こら!暴言だろ、それは。大体、あの人たちって公務員か何かなんじゃないの?それに、Kが思うほどヒマじゃないかもしれないじゃんか」
 「それにしたって、俺たちよりも忙しいことは絶対無いはずだよ。俺らが死ぬほど忙しい思いをしてるって言うのに、あの人たちは…ブツブツ」
 …なんか、最近やたらと僻(ひが)みやすいな感じのKさん。そりゃあ、気持ちも分からないでもないけどさ…

 「腹減った!何か食べ物屋に行きたい!どこでもいいから何か食べ物にありつけるところに行け!」と、僕は先にクギを打っておく。この先もダラダラとサメ・ドライブされるのは困るのでね。
 「う〜ん、そうだねぇ。じゃあ…」
 

『今帰仁村歴史文化センター』。
ちなみに、入り口のあるこの階は3階。
館内は人も居なくて、とても静かです…

  

4階にある“展望台”からの眺め。
…これって“展望台”なのか?
ちょっと納得いかないんですけど…

  
表紙へ                次のページへ