『飛ばんかもしれないよぉ』
多良間・一日目・その2


 約1時間20分遅れで宮古空港を飛び立った9人乗りのプロペラ機は、海上をグングンと飛行していく。
 乗り込むときには、風の影響で相当揺れるんじゃないかと覚悟していた小さな飛行機は、いざ飛び立ってしまえばそう大して揺れることも無く、空の旅はなかなか快適だったと言っていい。
 このRACの小型機は普通の飛行機と比べると、かなり低空をゆっくりとしたスピードで飛んで行くので、窓の下に広がる海が手に取るように見える。これがまたRACの魅力のひとつなのだ。
 …って、ついさっきまで「ダメじゃん!JTA&RACなんか!」とか息巻いてたヤツと同じ人間が言ってるとは思えないでしょ?いいんだ、べつに。俺はそういう矛盾だらけのいい加減な男なのだから。
 
 20分ぐらいの短い空の旅を無事終えて、“多良間空港”に到着した。
 僕はこの小さな空港をさっさと通り過ぎ、空港の外に出てみた。と、ちょうど飛行機の到着時刻に合わせて、乗り合いバスが待機していたので、空かさずバスに飛び込んだ。
 バスの車内には、二人の先客が居た。二人とも見るからにウチナンチュだと一目で分かる中年男性だった。僕は先客に目礼しながら運転手さんに近づく。
 「あの〜、“ちとせ旅館”に行ってください」 僕がそう言うと、運転手さんは無言でうなずいた。僕はそのまま最後部のシートに座り、窓の外を眺める。
 …そう言えば、僕はこの多良間島の地理を、まったく知らない状態だった。何しろ前にも書いたとおり、この島のことを詳しく解説しているガイドブックの類ってほとんど無い。只でさえあまりガイドブックを参考にしない僕なのだから、多良間島に関する情報なんてまるっきり皆無に等しい。
 う〜ん、こんなんで大丈夫なのかなぁ?…まぁ、なんとかなるだろう。
 そんなことをぼんやりと考えているうちに、バスはたった3人のお客を乗せたっきりで出発しはじめた。

 バスは空港を後にして、畑と牧草地だらけの道路を呆れるぐらいの超低速で進んで行く。途中、バスの運転手は、擦れ違う人や車に手を挙げて挨拶しまくる。この小さな島では、間違いなく島民みんなが知り合いなんだろう。
 こういうのって、ほのぼのとする反面、ちょっと重苦しいかな、とも思う。例えば、子供の頃によくオネショをした人なんかは、きっと年をとっても「あそこの○○は小さい頃によ〜く寝小便したもんさぁ〜」などと言われ続けるんだろうなぁ…そういう密度の濃い人間関係って、時と場合によってはかなりキツイものがある。言葉が汚いけど「アイツのことはケツの穴までよく知ってる」というような知人がウヨウヨと居る、というのは、ねぇ。僕だったらちょっと居たたまれないかもしれないなぁ…
 それにしても、空港から集落までは、予想以上に距離が離れているような気がする。バスの速度が恐ろしいほど遅いせいもあるんだろうが、かれこれ15分はこうして畑&牧草地を走っているのに、なかなか集落に辿り着かない。少し不安になってくる。
 多良間島って、レンタカーとかあるの?レンタサイクルとかは?…何ひとつ分からん。だいたい、多良間島っていわゆる“観光名所”とか“見どころ”とか、そういうのが存在するところなのかも分からない。
 …いつも以上に無知な状態で島にやって来てしまったことに、改めて愕然とする。こんな状態で、果たして“一泊二日”なんていう短期間で島をちゃんと周ることが出来るのか?しかも、もうこの時点で午後2時近く。明日の昼過ぎには多良間を離れてしまうと言うのに…何だか、旅館の周辺を無駄にグルグル徘徊するだけで旅が終わっちゃいそうな気がするんですけど…

 ようやく集落と思しき場所に入った。多良間の集落は、とても静かで緑も多く、「まさに離島の集落の風情!」ってな趣きが爆発していた。僕は窓の外の景色にすっかり心を奪われて、窓ガラスにへばりつくようにして鼻歌交じりでワクワクしていた。
 と、バスのお客が次々と(って二人だけだけどね)降りて行った。車内に残っているのは僕と運転手さんだけだ。
 「おにいさん、“ちとせ旅館”だったね?」と、運転手が確認してきた。
 「そうです」
 「今はちょうど村長選挙だから、ちょっと騒がしいかもしれないよ〜」
 「あぁ、そう言えば、新聞で見ましたね、それ」
 「“コレ”のときは島が一番大変なときなんだわ。今年は島の外から来てる警察官も特別に多いから…」
 「はぁ…」
 と、ここでちょうど目的地の『ちとせ旅館』に着いてしまった。もうちょっと村長選の話を聞いてみたかったが、仕方なく僕は運賃\400を払って、バスを降りた。
 

とうとう多良間島に向けて離陸!
さよなら、日常生活!ってな気分。
…このときまでは、ね。

   

見よ!このコバルト・ブルーの海原を!
プロペラ機ならではのこの眺めにうっとり。
台風が近づいてるなんて信じられないよねぇ。

  

“多良間空港”全景。
かなり小さいです。でも、“粟国空港”よりは大きい。
ま、ドングリの背比べ程度の差ではあるが。

   

天気も悪くないでしょ?
…でもね、やっぱり風は少し強めに吹いてます。
遠くに見えるのは、島を囲む防風林。

  


乗合バスです。\400均一。
島の中なら何処にでも送迎してくれます。
乗るときに運転手さんに行き先を告げましょう。

  

でも、利用者はあまり多くないです。
お迎えが来る人も多いですしね。
空港の前の無料駐車場に車を停めてる人も多いし。

  

島の中はほとんど畑。
何しろ島の人のほとんどが農業に就いてるらしいから。
基幹産業はさとうきび。畜産も結構盛んだそうだ。

  

 『ちとせ旅館』の玄関をくぐる。玄関にはほとんど履物が無かった。泊り客が居ないのか、はたまたみんな外出しているのか。
 「すみませ〜ん」 僕は無人のロビーの奥に向かって、声を掛けてみた。しかし、何の応答も無い。
 離島の宿では、こんなことはよくあることなので、僕は気にせずさっさとロビーに侵入し、もう一度声を掛けてみた。が、やっぱり返事は無い。
 とりあえず、ソファーに座って宿の人が出てくるのを待つことにする。…ついでに、ロビーの様子をつぶさに観察。
 ロビーには、まったく統一感の無い飾り物や絵が数多く備え付けられている。伊勢エビ、虎の絵、“大阿蘇”のレターラック、折り紙で作った楠玉、どこかグロい鹿の剥製…
 そんなものに気を取られていると、奥からオバァがやって来た。
 「あれ、ごめんなさい。ちょうど洗濯物やってたところだったから〜。…お泊まりですか?」
 「あの、予約している“ささき”なんですけども…」
 「ささきさんねぇ、じゃあ…このカードに書いといて」
 そう言って、オバァは僕に“宿泊カード”を渡した。これが宿帳代わりになるんだろう。
 「じゃあ、書いとってね。私はもうちょっと洗濯物を片付けてくるから〜。…あ、これでも飲んで」
 オバァはさっとグラスにコカコーラを注いで、僕に差し出した。そして、再び奥に消えて行った。
 …あのぉ、僕はあまり時間に余裕のない旅をしているんで、ホントはそうのんびりと構えちゃ居られないんだけど…
 仕方なく僕が宿泊カードに記入していると、オバァが洗濯物に一段落をつけて、ロビーに戻って来た。
 「確か、今日一泊でしたよねぇ」
 「はい、そうです…」
 「そう…でも、台風が来てるでしょ」
 「そうみたいですよねぇ」
 「明日は飛行機、飛ばんかもしれないよぉ」
 ゲッ!不吉なことを!
 不安な気持ちの僕を、オバァはとっとと部屋に案内する。僕の部屋は、2階の角部屋だった。窓が三方にあって、とても明るい。
 窓から集落を、そして空を見る。…風がさっきより、少し強くなって来ているのが分かる。僕の耳の奥で、さっきのオバァの一言がこだましていた。

 『明日は飛行機、飛ばんかもしれないよぉ』
 
 …どうしよう。もしもホントに飛行機が欠航にでもなったりしたら…
 会社の休みは2日しかもらっていない。とにかく休みをなかなかくれない会社なので、この2日間の休みをもらうのだって、お伺いを立てるようにしてひっそりと奪い取った連休なのだ。それが、もしも「飛行機が飛ばないから」という理由で、結果的に3連休にでもなろうものなら…帰ってから何を言われるか分かったもんじゃない。
 いや、そもそも会社の人たちは、僕が沖縄に、しかも多良間島などという小島に来ているなんて想像もしていないはずだ。そんな彼らに真実を述べたりしたら…
 「なにィ?!沖縄に居るぅ?!勝手に沖縄に遊びに行って、挙句の果てに“飛行機が飛ばないから帰れない”だと?!ふざけるな!社会人としての自覚が足りない!始末書を書け!今後はもう連休はやらないぞ!」
 …絶体絶命!って感じ。どうしよう、マジで困った。始末書はともかく、連休がもらえなくなるのは非常にマズい。だって、これからも“一泊二日沖縄旅行”を続けたいんだも〜ん。…言えない!何があっても本当のことは口が裂けても言えない!しかし、じゃあ一体どんな言い訳をすればいいと言うのか?いや〜、これは我が人生に於いてかなりの難問だ…
 
 でもまぁ、今さらクヨクヨと悩んでも、台風ばっかりは僕の力ではどうすることも出来ないしね。
 それに、明日の飛行機が欠航になると決まったわけじゃない。それは単なるオバァの危惧だ。大丈夫。だってさ、風だってそんなにひどくないし、天気だってそこそこ良いし。
 僕はしばらく台風のことは記憶の中から消し去ることにして、集落を中心に散策してみることにした。
 ―― そう。このときの僕は、自分でもビックリするほど楽観的だった。今までも何度かピンチに見舞われてきたが、結局最後には何とか収まるところに収まってきた、という慢心があったのだと思う。
 

『ちとせ旅館』の1階ロビー(?)。
朝食と夕食はここで食べます。
1泊2食付で\5800。食事の量は多いですよ〜。

  

宿泊カードを書き込もう。
上の飲み物、一瞬「ルートビアか?!」と思った。
でも、ただのコカ・コーラでした…

  

…どうやらこの島でも問題だったりするらしい。
これは沖縄全島共通の問題なんだろうなぁ。
もちろん本土でもあるけどね、飲酒運転は。

    

床の間(?)に何気なく置かれた鹿の剥製。
心なしか干乾びてるような気がするんですけど…
これ、ちょっと怖いです。

   

僕が一夜三晩を過ごすことになった“10号室”。
2階の角部屋で、風通しも良好♪
いやいや、カーテンがたなびいちゃって大変。

  


部屋の窓から集落を見る。
静かな集落に響き渡る選挙の街宣の声…
「シモジ、シモジを…」「カネハマ、カネハマを…」

  

 『ちとせ旅館』を出て、僕はとりあえず旅館の近くから島巡りを開始。
 ホントはレンタカーでも借りてもっと効率よく周りたかったのだが、何しろレンタカー屋がどこにあるのか、それどころかレンタカー屋そのものが存在するのかも分からなかったし、それを旅館のオバァに訊こうにも、何故か折り悪くオバァはいつの間にか不在になっていた。
 …でも、さっきから言ってるけどね、この島のどこに何があるのか、ぜ〜んぜん分かんないんだよなぁ。

 旅館の目と鼻の先にあった“嶺間部落公民館”に近づくと、その奥に何か建物が見えた。その建物は“嶺間御嶽”だった。
 御嶽かぁ…どうしようかなぁ…今後の天気のこと、お祈りしておこうかなぁ…でも、島外者が迂闊に近づいてお祈りするなんて、島の神様の怒りを買ったりしないだろうか…
 僕は散々迷って、鳥居の外から御嶽に向かってお祈りを捧げることにした。
 「どうか台風がこのままどこかぜんぜん関係ないところに遠ざかって、明日の飛行機が無事多良間を飛び立てるようになりますように…」

 僕が自分勝手な祈りを必死で捧げている頃、空港では、多良間→宮古行最終便の欠航が決まっていた、なんてことを、僕が知る由も無い。
 

“嶺間部落公民館”。旅館のすぐ前にあります。
この島にはこういう公民館がた〜くさんありました。
で、どこの公民館もこんな感じ。

   

集落の中は木で溢れています。
そして、“御嶽”があちこちに点在してる。
とても濃密な空気と時間が流れています。

  

旅館の近くにある“嶺間御嶽”。
「神名遊び」で有名な嶺間按司という人を祀ってる。
…詳しくは知らないけど。

  


集落の中にはヤギ・ニワトリ・ウシなども居ます。
で、ヤギさんは結構人になついてる感じ。
「エサをくれるかも♪」とか思ってるのかもしれない。

   

表紙へ          前のページへ          次のページへ