こころの時間 其の六

 鎌倉駅で江ノ電からJRに乗り換えて、すぐ隣りの北鎌倉へ移動。とにかくこの北鎌倉には趣のある古い寺院がひしめき合っている。ある意味、鎌倉観光のハイライト!な感じ(←人を選ぶとは思うが)。
 北鎌倉に入ると周囲の景色もますます緑深くなってくる。鎌倉や江ノ電沿線とはまた違った、どっしりとして落ち着いた印象だ。なんたって鎌倉武士の信条は、質実剛健。チャラチャラしてちゃダメなのだ!

 ≪円覚寺≫

 鎌倉五山第二位の臨済宗の寺。北鎌倉駅のすぐそばにあるので、電車からもしっかり総門が見えます。とにかく、この寺は敷地が広い!この後に登場する『建長寺』も広いんだけど、それといい勝負。一番奥にある“黄梅院”まで見て歩くと最低20分は掛かると思う。すべての塔頭(小寺院)を制覇する頃には、結構な運動量になっているはず。
 円覚寺といえば、やっぱり忘れてならないのが夏目漱石。彼の小説『門』に登場する禅寺が、ここ円覚寺なのだ。過去の傷と近い未来への不安焦燥に駆られる役所勤めの主人公が、心の救済を求めてここ円覚寺に参禅するわけだが、結局彼の心はここでは救われずに終わる。漱石自身も人生に悩み、救いを求めて円覚寺に参禅していた。
 “山門を入ると、左右には大きな杉があって、高く空を遮っているために、路が急に暗くなった。その陰気な空気に触れたとき、宗助は世の中と寺の中との区別を急に悟った。”
 “かれは門をくぐる人ではなかった。くぐらずに済む人でもなかった。日暮れを待っていつまでも門前に立ち尽くす不幸な人であった。”
 …というのは、小説の中の一節。これは間違いなく漱石自身の思いと体験でもあったわけだね。ちなみに、この『門』という小説、明治時代に書かれた小説とは思えなくぐらいに現代と通じるものがあるので、機会があったらぜひご一読を。

 ちょっと脱線したけど、禅寺って全般的に質素なのだ。ぶっちゃけて言っちゃえば地味ってこと。円覚寺もご多分に漏れず、規模の大きさとは反比例するような質素加減。人によっては「鎌倉ってどこがそんなにいいの?」と疑問に感じたりもするらしいんだけど、それはたぶん、鎌倉の名刹の多くが禅寺だということと少なからず関係があるんだろうと思う。
 確かに、こんなふうに寺院を巡って「イイねぇ…」などとしみじみとするのは、もっと年を重ねてからでもいいのかもしれない。…ってじゃあ、小学生の頃から「鎌倉大好き!」などと言っていた俺って…あまり考えないことにしよう。
 とにかく、あまりガシガシしないで、点在する18の塔頭を見ながらゆっくり境内を歩く。気分はすっかりおじいさん♪いいのだ、これで!
  
 この境内を、白い砂埃を上げながら宅配便の軽貨物車が走っていた。確かに広いからね、車で移動しなけりゃとても大変なんだろうとは思うけど…あちこちの塔頭に停まって、小包を配達している配送者を見ていると、何とも不思議な気持ちになってくる。何が送られてきたんだろう?禅寺に…戒律の厳しい伝統のある禅寺も、やはり文明を取り入れてるってわけね。
 この宅配便は、やがて境内の外れのほうにある“洪鐘(おおがね)”という釣鐘がある鐘楼&“弁天堂”&展望台へと続く長い石段の下に車を停めた。「…まさか…」イヤ〜な予感。配送者は車から荷物を降ろし、それを肩に担いでえっちらおっちらと長い石段を上りはじめた。ひゃ〜!!これはあまりにもシンドい!!配送者は途中で幾度か休みながら、まだ早春だというのに顔から汗を大量に滴らせながら、ドスドスと石段を上がる。思わず「お手伝いしましょうか?」と言いたくなる光景だ。が、僕が手伝えるはずもなく、彼には悪いと思いつつ、彼の脇を追い越して鐘楼に向かう。
 鐘楼のそばには休憩所があって、そこでは穏やかな谷戸の風景を眺めながら、お茶などが楽しめる。僕もこの景色をしみじみと眺めていると、例の配送者が息を切らせて荷物を休憩所に持ってきた。かと思うと、すぐに再び石段を下って行った。
 景色や釣鐘をひと通り見て回り、鐘楼を後にして石段を下ると、あの配送者がまた別の荷物を背負って石段を上って来ていた。…一体、何往復しなくちゃならないんだろう?仕事とはいえ、何だか気の毒だなぁ。
 我々がイイ気分でお茶なんか啜っていられるのも、こんな人々の血と汗の結果なのだなぁ…と、改めて気づかされた3月の昼下がり…
 


JR北鎌倉駅ホーム。
小津安次郎の映画にも何度か登場しますね。
“関東の駅100選”にも選ばれてるんだって。

  

総門。駅のホームからも見えます。
この総門をくぐると山門が現れる。
禅寺はみんな同じ構造。

  

これが山門。立派です。
夏目漱石の『門』の正体ですね。
実に厳かでありまする。

  

これは仏殿。コンクリート製(^_^;)
戦後に再建されたそうだ。
中には結構立派な釈迦如来像が安置されてる。

  

“正伝庵”と妙香池。
外人さんがしきりに写真を撮ってました。
スケッチする人もたくさん居ました。

  

中にある塔頭のほとんどが非公開。
お客さんは門から中を覗くだけ…
まぁ、ズカズカ入られても困るんだろうけど。

  

“選仏場”という古い建物。
昔はここで“悟った僧”を選んだんだって。
今はどうなのか分かりませんが。

  

その選仏場の内部。
畳が敷かれてますね。
ここでお経を読んだりしたらしいです。

  

“洪鐘(おおがね)”のある鐘楼へと続く石段。
これがかなりキツい!息があがりそう。
宅配便の人が荷物を抱えてゼェゼェ言ってた。

  

関東最大級の釣鐘らしい、“洪鐘”。
確かにデカい。人間が中に入れそう。
無残やな 兜の中の きりぎりす(獄門島)

  

“弁天堂”の休憩所&展望台から見る鎌倉の谷戸。
鎌倉はまだまだ自然がいっぱい残っている。
しみじみとイイ感じ。

  

“三門”越しに仏殿方面を見たところ。
まだ山の色が冬っぽいですね。
枯れ枝も目立つし。

  

“帰源院”。
ここで夏目漱石が参禅し、滞在した。
ここもまた非公開。中には入れません。

  

門の中を覗いてみました。
島崎藤村もここで滞在したことがあるらしい。
明治の文豪揃い踏みですねぇ。

  

 ≪東慶寺≫

 さんざん「禅寺は地味」などと言っちゃったけど、ここ東慶寺はちょっと趣きが異なる。臨済宗の禅寺には違いないんだけど、かつてここは“駆け込み寺”“縁切り寺”として機能していた。江戸時代って、妻のほうから離婚するのを認めていなかったんだって。どうしても離縁したい女性は、こういった駆け込み寺に逃げて、そこで3年間尼さんとして奉公するしかなかったんだそうな。ということは、「私、他に好きな男が出来たから別れましょう」みたいな動機は成就できなかったわけだ。なにしろ「現状に耐えるか尼僧になるか」という、ある意味究極の選択をしなくちゃならなかったわけだからね。
 かつて尼寺だったからなのかどうかは分からないけど、この寺の境内には四季折々の花がたくさん咲いていて、何となく華やいだ感じがする。鎌倉きっての“花の寺”。で、そういう寺にはカメラマンの姿も多い。アマチュアカメラマンのグループと思しき人々が、花に向かってカメラを構え、ベストショットをものにしようと熱中していた。僕もそんな人たちに混ざって、ちょっと花の写真を撮ってみるんだけど…やっぱり僕にカメラマンは無理だわ。へなちょこな写真しか撮れませ〜ん。
 寺の奥には墓地があって、有名な人も何人か眠っているらしい。参道を箒で清めている人に「あの〜、○○さんのお墓って、どこにありますか?」なんて訊ねている人も結構居た。

 ところで、お寺巡りをしている人って、どうも圧倒的に女性のほうが多いような…中高年の女性はもとより、若い女性もかなりよく見掛ける。どう見ても20代だろうという女性のグループも思いのほか多い。まぁ、確かに女性誌なんかでも「のんびり散策したい!あこがれの鎌倉」とか何とかいう特集が組まれたりするしねぇ。あまり男性誌でその類の記事を見掛けることは無いし。お寺でまったりとした時間を過ごし、その後で美味しい店に寄って、小町通りでちょっと買い物。ついでに湘南の海辺で海を見て――なんていうのは、飽きることなく繰り返される“女性向鎌倉散策”の定番中の定番。…でも、ちょっとマスコミに踊らされてるような気もしない?などと女性&マスコミを敵に回すような発言をしつつ、「あ、俺もそうたいして変わらないか」と苦笑する。

 ポカポカ陽気の花の寺は、他の寺に比べてどこかほんわかムードが漂う。円覚寺の後だけに、ちょっとホッとしたりもする。
 でも、カップルで訪れるのはあまり縁起が良くないかも…曲がりなりにもかつては縁切り寺だったわけだから。ちなみに、今はもちろん駆け込み寺じゃないし、住職さんも男性みたいです。ご安心を(?)
 


ツバキ…だよね?
入院してる人に持っていくのは良くないんでしょ?
“首がもげる”って縁起が良くない感じだから。

  

“東慶寺”山門。
偶然写ってしまった女性二人組み。
何だか女性誌そのまんまな画像(^_^;)

  

茅葺きのこじんまりとした山門。
しかし、中は意外と広かったりする。
比較的女性度数が高いような気がする。気のせい?

  

参道には花がいっぱいです。
まさに“花の寺”の面目躍如!って感じ。
春になるともっと華やかなんだろうなぁ。

  

カメラマンが花を撮影中。
僕もこの人の背後から写真を撮ってみた(^_^;)
プロっぽい写真が撮れるのか?!

  

で、これがそのときに撮れた写真。
…ぜんぜんプロっぽくないじゃん。
いや、左のカメラマンさんが悪いわけじゃないけど…

  


紅梅が咲いてました。
こうしてるとまるで花に愛着があるみたいでしょ?
実はそうでもないんですよ〜。

  

枝垂桜。
これって染井吉野よりも開花が早いんだよね。
植物音痴でもこれぐらいなら分かるぞ!

  

小さな仏像。
雨ざらしなだけに、ちょっとくたびれでますけども。
花に囲まれた仏様。浄土〜。

  


畑もあったりする。
何を作っているのかは分かりません。
キャベツとか?

  


境内の奥へと続く道。
この先にはお墓があります。
文人の墓も多数ある模様。

  

さっきの寺と同じとは思えないこの雰囲気。
鬱蒼と生い茂る杉やら何やら。
なかなかイイ雰囲気です。

  

秋の紅葉…じゃないですよ、もちろん。
春なのにちょっとした紅葉狩り気分(?)
これって何の木だろう?

  

お墓。
すぐ横にはやぐらや塚もあるのです。
横溝正史とかをちょっと彷彿とさせる雰囲気?

  

花のおかげで結構賑やかに見えるけど、
そこはやっぱり臨済宗の禅寺。
境内も寺も実は意外と簡素だったりする。

  

梅の花が散ってます。
もうすぐ桜が咲きますねぇ。
(って、これを書いてるのはもう5月下旬…)

 

帰路                  順路