こころの時間 其の四

 翌朝。9時過ぎに藤沢のホテルを出て、JRに乗って大船まで。もう通勤ラッシュは終わっているだろうと思っていたのだが、甘かった。電車の中はギュウギュウ状態。昨日までのまったりとした鎌倉巡りから一気に現実へと引き戻された瞬間だった。「今日も寺を周るぞ〜!」と朝からハイテンションだったのに、ちょっと水を差された感じ。
 現実に引き戻されたついでに、公衆電話から家の留守電をチェックしてみると…たった一日家を空けただけなのに、13件ものメッセージが!こういうときに限って、仕事でちょっとしたトラブルが起こってたりするもんなんだよなぁ。とりあえず会社に連絡を入れて、公衆電話を切った頃には、もうすっかり旅行気分が消え去ってしまった。…ど〜してくれるんだ!このテンションの下がり具合を!!
 などと憤ってみても、こればかりはどうにもならない。仕方が無いので何とか気を取り直し、目的地へと向かうことにする。


 ≪大船観音≫

 大船駅を出てすぐ。って言うか、駅からも電車の車窓からも見える、“大船観音”。小山の上ににょっきりと現れる巨大な真っ白い観音様の胸像は、何だかシュールな魅力に溢れている。この観音像にはず〜っと昔から強い関心を持っていたのだが、今まで一度も実際に行ったことが無かった。ついに、ついに今日、その観音像と対面だ!(大袈裟)
 山の上に聳えるインパクト大の観音像は、さっきまでのテンションの低さを一掃してくれる。やや急な上り坂になっている参道を進むと、そこは小さな庭園のようになっている。正式には『仏海山大船観音寺』。曹洞宗の寺院だ。その庭園を抜けて、観音像へと続く石段を上る。石段の両脇には真っ赤な幟(のぼり)がズラ〜ッと並んでいる。どうやら参拝者や協賛企業(?)の奉納品らしく、それぞれに個人名や企業名が書かれていた。…スゴイ。ビルマ(現ミャンマー)の人まで幟を奉納してる!…え?杏里?杏里ってあの杏里?杏里までも大船観音に奉納を…?まさかね。
 問題の観音様は今までもずっと視界に入ってはいたのだが、石段を上って間近で見ると、やっぱりそのインパクトは強烈だ。胸から頭までの全長約25m。この調子で全身を建立したとしたら、ひょっとすると100m近くの超巨大観音像になる。…見てみたい!
 などと少々おちゃらけた気分で居た僕だが、どうやらこの手の観音像は(以前行った東京湾観音もそうだったけど)、世界平和と戦没者の鎮魂を祈る気持ちで作られたものが多いようだ。大船観音も同様で、観音像の胎内には卒塔婆や納骨堂もあった。
 胎内巡り(と言ってもそれほど広くない部屋がひとつあるだけだったけど)を終えて、再び石段の下の庭園を見て周ると、菩薩像や地蔵と共に、“平和祈念塔”、そして“原爆慰霊碑”と“原爆の火の塔”があった。
 “原爆慰霊碑”は、広島や長崎から寄贈された被爆した石や瓦を使って造られた石碑。一方の“原爆の火の塔”は、今でも福岡県で大切に保管されている原爆投下直後の広島で採られた被爆の残り火を分火してもらって、それを灯篭型の石塔の中に収めたもの。…軽いショックを受けながら、僕はそれらの石碑石塔を見る。
 端から見れば、ちょっと珍妙な巨大観音像。しかし、その存在は想像以上に真摯で重い。浮かれた気分でホイホイと来てしまったことを少し後ろめたく感じながら、改めて今日も一日、気を引き締めて寺巡りをしよう、と決意も新たに。
 

大船駅から見上げる観音像。
デカい!ムチャクチャ目を引く!
電車からも見える大船のランドマーク。

  

大船観音寺参道。
結構急な坂道です。
でも、お年寄りの参拝客も多い。

  

間近で見ると、ふぇ〜、スゴイ!
やっぱりデカい!白さがまぶしい!
胸から下は地中に埋まって…ませんよ。

  

…誰かに似ているような…
高峰三枝子か?
「助清!仮面を取っておやり!」(犬神家の一族)

  

横顔。なかなか美人ですよね。
4年ぐらい前に塗装し直したみたいです。
きっと塗るのも大変だったろうなぁ。

  

背中辺りに胎内への入り口があります。
さらに上には納骨堂もあります。
もちろんそちらは立ち入り禁止です。

  


胎内とは言ってもそれほど広くは無い。
中にはこの観音像と記帳所と数枚の資料があるのみ。
ここも最近少しだけ改装されたみたい。

  

戦前に着工されたものの戦争で中断。
再び着工されるまで20年ほど野晒しだったらしい。
これはその野晒し状態の頃の写真。

  

菩薩、地蔵が並ぶ境内の庭園。
このごちゃまぜ感がある意味仏教的かも。
他の宗教じゃ考えられない混沌さ加減。

  

原爆に纏わる石碑や石塔がある一角。
左から順に“平和祈念塔”、“原爆慰霊碑”、
そして“原爆の火の塔”です。

  


“原爆慰霊碑”。
船のような台座の上に被爆瓦と被爆石が置かれてる。
千羽鶴が風に揺れていました。

  

“原爆の火の塔”。
中で細い火が燃えていました。
この火がいつまでも消えないようにと。

  

 大船から“湘南モノレール”で再び江ノ島まで戻ることにする。湘南モノレールは、鎌倉山付近の閑静な住宅街の上空を通る交通網。この日は天気も快晴で、車窓からは富士山の姿もくっきりと見える。実に快適な空中散歩。
 このモノレールは、車輌の下にレールが敷かれているのでは無くて、ロープウェイみたいにレールの下に車輌がぶら下がっている状態で運行されている。だからカーブを曲がるときや傾斜があるところでは、普通の電車とは一味違う感覚が楽しめる。
 午前中のまぶしいぐらいに明るい陽射しが差し込むモノレールに乗ること約15分で、湘南江ノ島駅に到着。そこからほんのちょっと歩いて今度は江ノ電に乗り換える。
 これから少し、江ノ電沿線にある寺社を周ってみよう♪
 

静かな鎌倉の住宅地を走るモノレール。
駅舎だってもちろん空中に。
ちょっと不思議な光景ではある。

   

約7分間隔で運行。結構本数が多い。
でも、昼間は乗客がかなり少ない。
乗ってる方はそのほうが快適でうれしいけど。

  

 ≪極楽寺≫

 江ノ電の“極楽寺駅”を降りて少し歩くと、駅名の由来でもある『極楽寺』に辿り着く。どっしりとした質感の山門は、もうそれだけで僕の心をむんずと鷲掴み!僕の大好きな山門なのだ。だが、この『極楽寺』、境内での写真撮影は一切禁止されている。その理由は…よく分からない(^_^;) この寺は真言律宗という極めて戒律の厳しい宗派のお寺だ、というのも理由なのかもしれない。さらに、ここへ心霊写真などを取りに来る輩(やから)が居たこともあったらしい。どうやら諸々の理由があるみたいだなぁ。
 でも、この『極楽寺』以外にも、鎌倉には写真撮影禁止の寺がいくつかある。写真撮影そのものはOKでも「三脚使用は禁止」とかね。まぁ、お寺は写真を撮るために来る場所じゃ無いからね。「もっといいアングルを…」なんて言って石塔にでも登られた日にゃ、仏様だって思わずしかめっ面しちゃうだろうさ。
 とにかく、この撮影禁止の規制、そして境内への入り口の狭さ(写真参照)、さらに真言律宗の関東の本拠地という位置付けが、この寺に文字通り“敷居の高さ”をもたらしているのは確か。とは言え、境内はひっそりとしたなかなか良い雰囲気。
 この寺の開祖とされる忍性というお坊さんは、病気の人や老人子供の救済活動、周辺の土木工事などの慈善事業に尽力した人。時の北条氏からも崇められたんだそうだ。かつては大寺院だったが、今はその名残はまるで無い。

 僕とほぼ同時に参道に入った初老の男女のグループが、目ざとく小枝にリスを見つけた。実は、先ほどの『大船観音』にも“リスのおうち”なる巣箱が置いてあった。こんな街なかで容易くリスと接触できるところって、案外珍しいのでは?そのわりには“リスまんじゅう”とか“リスせんべい”とかいう観光客向け銘菓が開発されないのはなぜ?形状的にはものすご〜く作りやすいと思うんだけど…売れないね、こんな商品。
 鎌倉って、観光客は多いのにそれほど地元の経済に貢献してない、という話を聞いたことがある。基本的に日帰りで訪れる人が圧倒的に多いし、どうも訪れた観光客の皆さんはあまりお金を使わないらしいのだ。確かに、「お弁当持ってハイキング」ってな人も結構居るしなぁ。
 

なかなかイイ感じの駅舎。
ここは基本的に有人駅。
江ノ電には無人駅が結構多いのです。

  

“導地蔵”というお堂。
縁側に座ってくつろぐ人も居ます。
このお堂のすぐ横にあるのが…

  

『極楽寺』の山門。
どこかの山寺みたいなこの渋さ。
さすがは真言律宗。

   


山門の脇にある境内への入り口。
身を屈めないとくぐれません。
さすがは真言律宗。

  

さすがは真言…もういいですね。
それにしても、みんな千社札って持ち歩いてるのか?
気軽にバシバシ貼れちゃうぐらいに…

   

境内での写真撮影は禁止です。
が、外人さんは平気で記念撮影しまくり。
仕方ないよね、だって日本語読めないし。

   

「境内がダメなら山門から…」というわけで。
山門の外から中の様子をちょっとだけ。
参道沿いには普通の民家らしき建物も…真相は分からないけど。

   

 ≪成就院≫

 『極楽寺』を後にして、由比ガ浜の方へと向かう。浜まで続く坂道は“極楽寺坂”という、かつて切通しだった道だ。この坂道に面して建っているのが『成就院』。この寺は、坂よりもさらに一段高くなったところにあって、境内に向かう参道から坂の下を見下ろすと、由比ガ浜の海岸が見える。シーズンになればこの参道には紫陽花が咲いて、紫陽花と海を同時に眺めることができるという、なかなか素敵なスポットだったりする。…お寺そのものは…わりと質素というか、まぁ、ねぇ(^_^;)
 僕の他にもこの寺を訪れていた人は居たが、みんな山門をわき目にしつつ通り過ぎて行った。それはいくらなんでも失礼なんじゃないの?
 とにかく、鎌倉には紫陽花が美しい寺は幾つかある。なんと言っても有名なのは『明月院』だけど(確かにここの紫陽花は一見の価値あり!)、『成就院』だって負けてない。返す返すも紫陽花の盛りの時期に来たかったなぁ。
 


極楽寺坂。これも“切通し”です。
この坂を下ると由比ガ浜の海に。
微かに潮の匂いがしてくる。

  

谷戸の多い鎌倉らしい長い階段。
宅配便や救急車の人はちょっと大変そう。
足腰は鍛えられるかもしれないが。

  

成就院。
お寺自体はかなりひっそりとした感じ。
空海が昔ここで護摩を焚いたんだって。

  

境内もこじんまりとしてる。
ここもまた北条氏縁の寺。
…ま、鎌倉の寺社仏閣はほとんどそうなんだけどね。

  

この参道に紫陽花が咲き並ぶ。…向かって右側の斜面が工事中なのが気になるが。
その紫陽花の向こうには由比ガ浜も同時に拝める。
CMでも登場したりする名所ですね。

  


『成就院』の下のほうに居る“日限六地蔵尊”。
盗難・悪戯が激しいのでシャッターをつけたそうだ。
そんなことするヤツ、畳の上で死ねないぞ!
  

こういうの、何故か多いんだよねぇ。
鎌倉では結構頻繁に見掛けます。
…イマイチ信用できない感じ。

  

 ≪虚空蔵堂≫

 このお堂、正式名称は『明鏡山円満院星井寺』。『成就院』から極楽寺坂を海のほうへと下ってすぐのところにある、こじんまりとしたお堂。
 しかし、この日は参拝客が引っ切り無しに訪れていた。お堂の中にはたくさんの人が居て、とくにお経をあげるでも無く、ただ何となく世間話をしてるかのような和気藹々とした雰囲気。…一体、何の集まりだろう?
 さすがにその人の環の中に入っていくわけにはいかないので、とりあえずお参りをしようとお堂に近づくと、扉のところに張り紙がしてあった。
 「皆様の浄銭が盗難に遭い、その対策に苦慮しております」というような但し書きが…賽銭泥棒だね。しかし、何も賽銭を盗むこたぁ無いと思うよねぇ。大した金額が入ってるとも思えないし、だいたい小銭ばっかりで持ち出すのも苦労するだろうに…ジャラジャラしちゃってさ(←そういう問題じゃないかもしれない)。
 まったく世知辛い世の中だよなぁ、などと思いつつ参拝。…が、お堂の中に集う人々の語らう声が否が応にも耳に入ってきて、ちっとも参拝に集中できません。雑念に捕らわれてしまう僕に、“虚空”は遥かに遠い。
 

これまた幟が大量に立ってます。
“虚空”って概念は…
説明がちょっと難しいですね。

  


地元の人や観光客が意外にたくさん来てた。
すごく小さなお堂なんですけどね。
狛犬がかなりデカい。

  

歴史を感じさせる本堂。
中では地元の人たちがプチ集会状態で集う。
話の内容は主に世間話…

  


すぐ下にある“星月の井”という井戸。
この一帯の谷戸は“星月夜”と呼ばれていたそうな。
キレイな呼び名だよねぇ。

  

帰路                  順路