こころの時間 其の一

 子供の頃から、鎌倉には幾度と無く足繁く通った。横須賀から電車で30分足らずでいつでも気軽に行ける“古都”。ハイキング気分で寺や神社を巡り、境内にある茶房などで抹茶と落雁を頂戴し、ぼんやりと緑の庭園や枯山水を眺める…こんなことに喜びを憶える小学生なんて、そうそう多く居るとは思えない。我ながらヘンな子供だったなぁ、とつくづく思う。
 振り返ってみると、僕は本当に年寄り臭い子供だった。一番の好物はざるそば。コーヒー牛乳よりも日本茶を好み、線香の香りに安らぎを感じる児童。挙句の果てに「将来は禅寺のお坊さんになる!」などと言い出すに至っては…両親は「この子、大丈夫なんだろうか?」とさぞかし不安だったろう。
 
 今でも僕は鎌倉が大好きだ。鎌倉が好きな人ってかなり多いらしく、平日でもたくさんの人が鎌倉の街を散策して歩いている。どんなに小さな寺にも、必ず参拝客が居る。これだけ人がわさわさと居れば鬱陶しく感じてもおかしくないはずなのに、それでも鎌倉はいつもどこか静けさと厳かな空気に包まれている。何だかとても安らぐのだ。
 
 不意に舞い込んできた連休を“鎌倉尽くし”で過ごそうと思いついたとき、僕は自分の好きな寺を二日に分けてゆっくりと巡ってみることにした。子供の頃から勝手知ったる場所だ。頭の中には瞬時に「あの寺とあの寺と…あ、あの寺も外せないな」という具合に“好きな寺ラインナップ”がはじき出された。我ながら天晴(あっぱれ)なラインナップであった。が、果たしてこれだけの寺を二日間で周れるのだろうか…?ま、全部巡るのは無理かもしれない。とにかく今回は出来るだけゆっくりと周りたいし。
 というわけで、以下は僕がとくにお気に入りの寺を巡った足跡。結果的には好きな寺総てを観て歩くことは出来なかったのだが、とても充実した二日間だった。僕の拙い写真や駄文ではとても語り尽くせない鎌倉。ただ、その雰囲気だけでも分かって頂けたら幸いである。
 

 ≪釈迦堂切通し≫

 鎌倉駅から『鶴ヶ岡八幡宮』の前を通り、東へと向かう。この金沢街道沿いのエリアにも味わい深い寺や神社が幾つか在る。
 『報国寺』に向かう途中、住宅街の細い路地を山の方へと曲がって少し歩くと、この“釈迦堂切通し”がある。鎌倉には“七切通し”といわれる山を切り開いた交通路があるのだが、この釈迦堂切通しはそれに含まれていない。だって短いんだもん(^_^;)。距離にして10m程度のちょっとしたトンネルみたいな小規模の切通しだから。
 おまけに、この切通しはホントは通行禁止。…だけど、観光客も地元の人も、結構みんな平然と通行してたりする。ガイドさんは一応「あまり大声で騒いだりしないでください。岩が崩れる恐れがありますから」なんて忠告をするみたいだけどね。
 この切通しが、果たしてこのままの形を維持し続けることが出来るのかどうかは分からないけど、少なくとも約800年前と変わらない姿で今もちゃんと残っているのがうれしい。
 

住宅街を抜けると現れる山道。
道幅もだんだん狭くなる。
…夜は怖いだろうなぁ、ここ。

  

これでもか!という勢いで立て看板。
しかしあまり効力は無さそうな感じ。
意外に多くの人が訪れてるし。

  

これが“釈迦堂切通し”。
よくもこんな穴を刳り抜いたもんだ。
ちょっと神々しい雰囲気も漂う。

  

穴自体はそれほど長くないんだけどね。
この向こうには名越の住宅街が在ります。
ひょっとして今も生活路なのかも…

  

切通しの壁面には“やぐら”があります。
鎌倉にはこんなやぐらが無数にある。
やぐらは基本的にはお墓。これもたぶん…

  

 ≪報国寺≫
 
 この寺の見どころは、何といっても竹林。境内の奥に立派な竹林があるのだが、これがホントに心地良い空間なのだ。
 とくに夏。うだるような猛暑でも、この竹林の中は陽射しが程よく遮られていて涼しく、竹そのものの清々とした印象と風の音、竹が揺れて立てる音が、さらに清涼感を呼ぶ。辺りの緑色に染まってしまいそうな錯覚さえ憶える。
 竹林を抜けたところにある石庭もイイんだよねぇ。四季折々の花が咲いて、ぼんやりと眺めるには持って来い!なのだ。この寺に限らず、鎌倉の寺は大概、境内に様々な木や花が植わっていて、春夏秋冬それぞれに一味違う風情を楽しめる。だから何度も通ってしまう。
 鎌倉の寺が決して大仰強くなく、どこか簡素で凛とした趣に包まれているのは、臨済宗の禅寺が多いから。ここ報国寺も禅宗のお寺。今でも座禅会などが開かれているらしい。一度は参加してみたいなぁ、座禅会。板で肩を「バシッ!」って叩かれちゃうアレでしょ?
 …それはさておき、竹林の中にある憩所で抹茶を戴きながら竹林を眺める。この至福の時。日頃の慌しさを束の間忘れてみるのもなかなか乙なのだ。
 思えば、寺社巡りってどこか現実逃避っぽい要素を孕んでるような気もする。普段から雑念&煩悩まみれで生きている僕が、ちょっとやそっとお寺を周ってみたところで浄化されるとは思っちゃいないが…否応無く静かな心持ちにならざるを得ないこの状況。そこに身を置く快さ。たまにはこんな時間を過ごすのも必要なのかもね。
 

『報国寺』総門。
参道には地蔵や仏像が何体か置かれています。
四季折々の植物を愛でるのもいいものです。

  

本堂。禅刹らしい凛とした趣き。
派手さは無いけど味わい深い。
シンプル・イズ・ベスト!

  

とにかく圧巻なのがこの竹林。
京都から移植されたものらしい。
遊歩道があるので散策もラクラク。

  


仄暗い竹林の中はとても涼しげ。
…冬はちょっと寒さが身に沁みる?
この日は19℃のポカポカ陽気でした。

  

どれも立派な孟宗竹。
先のほうで竹の幹と葉が擦れる音がする。
静まり返った林の中に響く。

  


木漏れ陽がまぶしい。
竹の向こうに透かして見える空の青。
しみじみとする瞬間。

  

休憩所では抹茶を飲みながら竹林鑑賞。
…べつに飲まなくても休憩できるけどね。
老若男女、みんなでまったり。

  

竹林を出たところにある石仏と地蔵様。
竹林の中にも安置されてます。
これがまた趣深さをさらにアップさせてくれる。

  

枝垂れ桜…いや、枝垂れ梅か?
すみません、相変わらず植物音痴で(^_^;)
お寺のもうひとつの楽しみが四季の花。

  

竹林の奥にある石庭。
こちらもなかなか素晴らしいです。
う〜む、落ち着くなぁ。

  
 
 ≪浄妙寺≫

 境内の清楚な美しさという点では、たぶん鎌倉でも一二を争う寺だと思う。無駄なものが無い。総門をくぐって目に入る本堂と、そこへと続く石畳の参道は、いつ訪れても見惚れてしまう。“鎌倉五山”の第五位の寺だ。
 …ちょっとここで“鎌倉五山”を簡単に説明します。これは鎌倉時代に中国の五山制度にならって、鎌倉の禅寺に設けられた五大寺のこと。北条氏が寺院の勢力を制御するために取り入れた制度で、本家中国の五山同様、各寺院に格付けを施した。ちなみに、この五つの寺はいずれも臨済宗。…って、僕が知ってるのはこの程度なんだけどね。
 とにかく、この境内と本堂の清清しさといったら、そりゃあもう感動的。淡い青銅色にも見える甍が山と空に映える様は、ちょっと他の場所では拝めない。
 それから、ここに来たら絶対立ち寄りたいのが“喜泉庵”という茶堂。ここは畳敷きの簡素な庵で、抹茶と落雁を味わいながら枯山水の庭園を静かに眺めることが出来る。あ、もちろん無料じゃなくて、500円払わなくちゃいけないんだけど。でも、500円出す価値はある!と思う。
 …さっき報国寺で抹茶と茶菓子を飲食したばっかりだけど、ここでもしっかり頂戴しました。それにしても、こういう空間では知らず知らずのうちについつい姿勢を正して正座してしまうのは、日本人としてのDNAの作用か何かだろうか?
 

『浄妙寺』総門から境内と本堂を見る。
この清清しい眺め!実にナイス!
分かる人には分かる、この感動的な小宇宙。

  

それにしても禅寺ってホントに好きだな〜。
鎌倉五山の冠はダテじゃない!
これこそ鎌倉の寺院の醍醐味。

  

ここでぜひおくつろぎを。
…って俺は浄妙寺の広報か?
でもマジで立ち寄ってみてください。

  

かつては僧侶の憩いの場だったらしい。
平成3年に復元された茶堂。
自ずと姿勢が良くなってしまう。

  

この枯山水の庭園を見ながら過ごすひととき。
庭そのもの、というよりは、佇まいを味わうべきなのかも。
どこか張り詰めたような空気が流れる空間なのだ。

  

帰路                  順路