谷戸の初夏 其の壱


 ときどき無性に行きたくなる。行けばじっくり時間を掛けて巡りたくなる。――僕にとって、鎌倉というのはそういう場所です。例え観光地化していようとも、訪問客がワサワサとごった返していても、心穏やかにしてくれる何かがちゃんとある。
 街の中の移動手段は、徒歩か自転車。もしくは路線バス。小さな商店街や静かな住宅街を抜けて寺へ向かう道すがらにも、気持ちがどんどん穏やかになっていく。夏の始まりを思わせるキリッとした光と空気に包まれながら鎌倉を歩いていると、こちらまでしゃんとした心持になる。僕はやっぱり夏の鎌倉が一番好きだなぁ。濃い緑と際立つ陰影が鎌倉にはとても似合うと思う。
 …てなわけで、このコーナー6度目の登場の鎌倉。今回は、3年前の『静寂の中の鎌倉』で収められなかった寺を中心に周ってみることにしました。


 《安国論寺》

 鎌倉駅から若宮大路を材木座海岸の方へ少し下り、農連即売所を横目にしながら下馬四ツ角を左に曲ると、そこは大町。材木座海岸の辺りにも味のある店が点在してるんだけど、今日はそれには立ち寄らず、そのまま安国論寺に向かう。大通りから細い道に折れて少し行くと、なかなか風格のある安国論寺の山門が現れる。
 このお寺には、日蓮上人が“立正安国論”という御書を草稿したと伝えられる岩窟と小庵が在る。この立正安国論ってのは、当時の天災や飢饉疫病の大流行で末法思想と念仏が広がる中、「個々人が念仏を捨て、法華経に帰依することが国の安泰に繋がる」という意見を述べた著書(←端折り過ぎ?)。これを時の権力者・北条時頼に送ったことが原因で、かなり酷い迫害を受けたらしい。
 …というような歴史的背景はともかく、このお寺の境内は結構広い。本殿をぐるりと囲むように散策路があるんだけど、これが案外アップダウンの激しい道で、ちょっとしたハイキング気分を味わえる。って言うか、かなり急な階段やけもの道っぽいも通ることになるので、今回はパスしました(^_^;)
 本殿の脇にちょっとした休憩所(東屋)が在るので、そこに腰掛けて、静かな境内の空気をぼんやりと感じる。う〜ん、これが寺巡りの醍醐味って感じ?少々紋切り型の感想になっちゃうけど、日常の忙しなさや煩悶からほんのちょっとだけ解放されて、ゆったりとした時間を見つめる。こういう時間も絶対必要だろうなぁ、とつくづく思ったり。この辺りまで来ると、観光のお客さん達も少なくて、のんびり出来るしね。
 

『安国論寺』の山門。
ここから鎌倉巡りを始めることにします。
今回のテーマは「ひたすら寺でのんびりする」です。

 

緑溢れる参道。
木立が日陰を作って、何ともイイ感じ。
自ずと心が鎮まっていく気がします。

 


本殿。結構立派です。
すぐ脇に在る東屋に座って、暫しボケッとしてみる。
ここで、今年最初の蝉の鳴き声と遭遇!

  

芝に落ちる木洩れ日。
何となく夏の予感。
蝉も鳴いてるし(^_^;)

 

これが“御小庵”。
ここで“立正安国論”が草されたんだとか。
これはたぶん当時の建物じゃ無いとは思うけど。

 


妙にエキゾチックな仏陀の石像が。
何だか天使チックなのが頭上に飛んでますし。
これは何処かから寄贈されたものでしょうか?

 

 《妙法寺》

 『安国論寺』から約200m。歩いて数分の至近距離に在るのが『妙法寺』。もしかすると“(鎌倉の)苔寺”という呼称の方が有名かもしれない。本殿裏に在る仁王門の奥の“苔生す石段”で知られるお寺だ。
 この寺もかつては日蓮の小庵の在った場所だったようで、先程の『安国論寺』同様に当時の僧侶や武士によって焼討ちの被害を受けた。で、その後日叡上人によって『妙法寺』が建立されたんだとか。
 さて、この寺はやっぱり何と言っても“苔の生す石段”。苔寺と言えば、京都の“西芳寺”が超有名なわけですけど、あちらの「庭全体が苔!一面苔の絨毯!」というスケールと比較すれば、こちら鎌倉の苔寺は、少々こじんまりとしてます(^_^;)だって、苔が生えてるのは石段だけですから…でも、西芳寺は拝観するのに事前予約が必要なのに対し、ここ妙法寺はいつでも気軽に入れるからね。その庶民性が素敵です。
 その石段は、境内の奥に在る仁王門の更に奥に在って、法華堂へと続いている。苔に覆われた石段を上ってみたい!と思う人も多かろうと思うが、残念ながら(?)この石段は通行禁止。…そりゃまぁ、当然って気もするけどね。大勢の人がガシガシ苔を踏み締めたりしたら、あっという間に苔なんて剥がれちゃうだろうし。
 苔が最も美しいのは、恐らくもう少し後の時期(梅雨〜夏)なんだろうなぁ。ともかく、この石段を眺めていると、こういう物に心惹かれるのって、ある意味日本人独特のメンタリティーの成せる業かもしれないな、と思う。インドや中国やタイに苔寺が在るなんて、聞いたことが無いし。
 それにしても、よく「緑色は目に良い」だの「緑色にはヒーリング効果がある」などと言うけれど、それが確かなことなんだということを、まざまざと体感しているこの瞬間。な〜んにも考えないで、ひたすら緑に目を遣る至福の時。嗚呼、ずっとこうして居られたらなぁ…と趣きに浸りたい僕の周りには、それを邪魔するかのように無数の小さな虫(アブラムシ?)が激しく飛び交って居やがる。あ〜!うざってぇ!どうやら、最近首都圏ではアブラムシが異常発生しているらしい。これって地球温暖化の影響なんだとか。…古刹の只中で、環境問題にふと思いを巡らせてしまう私。よし!今年の夏はクーラーを使わないぞ!地球にやさしい人間になるぞ!Mr.エコロジーって感じ?(←気負い過ぎ)――話題休閑。
 時間の経過と共に、石段の苔を照らす木洩れ日がするすると滑る様は、それだけで何か特別なものに触れた気分になれるほど。やっぱり鎌倉に来てよかった。…って、鎌倉巡りはまだまだ続くんですけども。
 


本殿奥に建つ朱塗の仁王門。
この門のすぐ後ろに苔生す石段が在ります。
門越しに見る石段もなかなか風情あり。

 

石段。苔寺の苔寺たる所以がこれ。
清々としていて、同時に情緒も感じられます。
って、言ってる意味が分からない…

 

この石段は通行禁止です。
実用ではなく観賞用ってところでしょうか。
石段の両脇の階段で、奥院へと進みます。

 

奥院に在る鐘楼の屋根に降る木洩れ日。
裏手は山。これが鎌倉の寺の特徴でもある。
ここにも眺望の良い展望台が在ります。

 


法華堂。照り返しが眩しい。
それにしてもアブラムシが凄い。
目や口に入るじゃないか!

 

アブラムシの攻撃に怯んでちゃダメですね。
法華堂から石段を見下ろしてみます。
木洩れ日がチラチラ光ってて、実に美しい。

 

…くどいですか?すみません。
石段の下に見えるのは、先程の仁王門。
意外と急な階段かも。通れないから分からないけど。

 

境内の隅でひっそりと咲いてた額紫陽花。
もう少しで紫陽花も見頃のピークを迎える。
紫陽花って好きなんだよなぁ、個人的に。

 
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