幸せは「海」と「食べ物」
   
 『平和祈念公園』は、想像を越えるだだっ広さだった。
 う〜む、どこから見に行ったらいいものか…公園内の各施設の間隔がやたらと開いているので、それぞれに移動するのが大変そうだ。
 整然とした太くて白い道が碁盤の目のように広がっていく様子を見て、少し途方にくれていたが、ふと目に飛び込んできた妙な形の白亜の建物。
 「あ、あれは“平和祈念堂”だ!」
 僕はさっそくそちらの方へ足を進めた。


広〜い“平和祈念公園”。
どこかのお城の庭園みたいでもある。

   


いろいろな思いといろいろな声がある。
僕には計り知れないくらいに

   


平和祈念堂。
このとき一瞬だけ晴れ間が見えた。

   


堂の中。
怪しく輝く大佛様。

    


大仏の頭上には“群星”が輝いている。
…ちょっとちゃっちいけど

   


沖縄県内外から寄贈された千羽鶴。
遠くから見ると花の仏座みたいに見える。

     
 …ここに来て、ようやく僕は気がついた。
 そう、僕が今日見てきたものは、どれも“慰霊”のために作られたものだったんだ。
 “ひめゆりの塔”も、“黎明・健児の塔”も、そしてこの仏像(?)も。
 鎮魂と祈り。
 だからあんなに静かで穏やかだったのだ。血の臭いがしなかったのだ。
 
 僕は、心のどこかで、“血生臭いもの”を求めていたのだと思う。
 “戦争”ってものを克明に伝えるドロドロとどす黒い、目を覆いたくなるような凄惨で具体的な何か。
 それが見たかったのだ。たぶん。いささかマゾヒスティックな気持ちで。
 日本(=自分)を責め立てるような辛い問い掛けを、僕は密かに期待していたのかも知れない。
 汚くて、恐ろしくて、あっけなくて、儚くて、人が人と思えなくて、見分けさえつかなくて…

 でも、ここはとても静かだった。
 何もかも、浄化されているような気さえした。
 僕は、ほんの少し癒されたような気持ちだった。
 何も、すべてを知る必要はなくて、気持ちだけが残っていけばいい。そんなふうに感じた。

 ちょっと元気が出てきた僕は、堂から外に出た。
 …う〜ん、とりあえず僕は生きてる。だから食欲も湧いてくる。
 というわけで、ブルーシールのアイスを買って食べた。うまい!こうして好きなときに好きなものを食べられる世界があたりまえのように続いていくことを、僕はほんのちょっと真剣に祈ったりした。


なぜか何軒も林立する似たようなスタンド。
…商売にならないような気がする

    


修学旅行の学生さんたち。
彼らの心には何か残ったのかなぁ

      
 「海が見たい」 僕はそう思った。
 すっかりシリアスになってしまった気分を少し変えたかった。
 331号線を奥武島〜知念方面に向かった。一時止んでいた雨が、またポツポツ降り出してきた。
 
 奥武島に差し掛かったところで、海が見えてきた。
 天気が悪いわりに、海はキレイな水色だった。…やっぱいいよね〜、海は。
 無性にウキウキしてくる。今のところ、僕にはこんなふうにキレイな海を見て感動してるくらいの気軽さの方が素直にうれしい。
 
 『知念レジャーセンター』に着いた。ここに来るのもずいぶん久しぶりだ。
 海辺まで降りて、しばらく海を眺めた。
 …キレイだなぁ。いいなぁ。いつまでもこうしていたいなぁ…
 と思ったのだが、船着場にいるおじさんが不審そうな顔でこちらを見ていたので、僕は渋々海辺を離れた。
 今度沖縄に来たときは、もっとゆっくり海を見に来よう。


奥武島とその海。
雨降ってるのに結構キレイだったよ。

    


知念レジャーセンターから海を見る。
こんな色なのも自然のおかげ。

   


数年前、ここから“コマカ島”に何度か行った。
聖なる島・久高にもここから行ける。

  


風は強かったけど、静かな浜辺。
もっと時間があったらなぁ…

   


ホントに名残惜しい。
また来るからね。そのときは晴れててよ!

    
 もうそろそろ那覇に戻らなくちゃな。
 
 次第に雨脚が激しくなってきた道を、僕は那覇に向かってひた走る。