こころとこころ
    
 市場から国際通りに戻ると、さっきより一層天気が悪くなってきた。
 今にも降り出しそうな曇り空。少し肌寒く感じるくらいだ。
 
 国際通りは来るたびに少しずつ街の姿が変わっている。
 「あれ?去年来たときあった店が今はない」というようなことが結構ある。
 今年の夏、ここに来たとき『三角屋』というそば・定食の店が閉店していて、僕と友人Kは少なからずショックを受けた。
 僕とKが共に沖縄を訪れたとき、はじめて入った店が、この『三角屋』だった。
 特に贔屓にしていたわけでもないのに、“閉店”という張り紙を見たときは、僕もKも言葉がなかった。

 人が暮らしている場所は、必ず変わっていく。それは仕方ないことなのかもしれない。
 でも…そうは言っても…ねぇ。


国際通り。
道往く人も冬(?)の装い。

   


そんなメイン・ストリートでも、
建物をひとつ壊すとこんな眺めが突然出没する。

    
 国際通りから消防署方面へ坂道を上っていく。
 左手にはほぼ毎年通う居酒屋『ここ』が、右手には今年の夏に利用した『那覇グランドホテル』がある。
 …ん?どうも様子が違う。
 坂道を上っていくとかなり大掛かりな工事をしていた。道路の拡張工事だろうか?
 以前、散髪を断られたことのある理髪店が、道路からぐっと奥まったところに移動していた。
 …この道路、相当変わってしまうんだろうか…『ここ』はどうなるんだろう?移転?…閉店?
 とても気持ちがザワザワした。もしも『ここ』がなくなってしまったら…あの壁一面に貼られた寄せ書きや名刺は…今年の夏に僕らが残してきた“足跡”は…店の座敷でダラダラと沖縄の話を楽しんだ僕とKの思い出は…

 しばらくその場から動けなくて、僕は無性に切ない気持ちになった。
 なくならないでほしい、と本当に、本当に心から願った。
 なんだか、『ここ』が消えてしまったら、僕とKの中の“沖縄の一部分”も一緒に消えてしまうような、そんな気がした。
 と同時に、「今ここにKがいなくてよかった」とも思った。
 もしも二人してここにいたら、その瞬間に“一部分”が消えてしまうことを認めてしまっていたかもしれない。

 後ろ髪引かれる思いだったが、僕はとりあえず“目的地”へと足を進めた。
 なんかもったいつけてる?
 その“目的地”っていうのは…民宿『照美荘』なのです。
 この民宿は、僕が友人Kとはじめて沖縄にやって来た’93年から’96年まで毎年お世話になっていた宿。
 “テルさん”と呼ばれるおばぁひとりで切り盛りしている、何もない極めて質素な素泊まりの民宿なのだ。
 でも、その“何もない”ところが僕らの勝手気ままな沖縄旅行にはまさにうってつけの環境だった。
 そしてそんな僕らに、テルさんはときどきソーミンチャンプルーやソーキ汁なんかを作ってもてなしてくれた。
 しかし、’97年からはどうもタイミングが合わず、それきりこの民宿を訪れたことはなかった。
 そのことが、いつもどこかで引っ掛かっていた。
 これから、その落とし前をつけに行く。


工事現場の先には『ここ』がある。
次に訪れるとき、どうか『ここ』がありますように

  


『照美荘』が見えてきた。
壁に直接書かれた“看板”がいい感じ。

  


照美荘入り口。
…ごく普通の民家の玄関だよね、これ。

    


エントランス(?)。
奥の部屋にテルさんが…

   
 とは言うものの、かれこれ3年以上会っていない。
 おまけに、毎年利用しているとは言え、いつもだいたい2泊しかしていない。(離島に行っちゃうことが多いから)
 果たしてテルおばぁが僕のことを憶えているかどうか…正直言って自信がない。
 …でも、いいのだ!とりあえず会ってお礼を言うだけで。それだけで僕の気は済む。
 ヨシ!思い切って一声! 「…こんにちはぁ〜」 シ〜ン。 「すみませ〜ん」 「はぁ〜い」 お?!男の声だ。あ、そうか。そういえば僕が最後にここに泊まった年から、息子さんが帰って来てたんだっけ。
 息子さんはさすがに僕のことを覚えてはいない様子で、僕を出迎えながら「あ、お泊りの方ですか?」と訊ねてきた。
 「いえ、今日はちょっと…」 「あ、お客さんね、(奥に向かって)よぉ、お客さんだよ〜。(僕に)どうぞ」
 僕は奥のおばぁの部屋に向かった。…おばぁは憶えていてくれるかな…

 テルさんは、奥の部屋で蒲団に入っていたが(別に具合が悪いわけじゃなくて、いつも寝てる人なのだ)、僕の顔を見て、
 「あら、久しぶりネ〜、沖縄来てたのね、今日は何、泊まりに来たのネ?」と笑顔で迎えてくれた。よかったぁ、憶えててくれたんだ。
 さらに「あれ?お連れの人はどうしたの?」と、Kのことまで気に掛けてくれたりして。ムチャクチャうれしいじゃないか!
 「え〜と、確か…ささきさん、だったよネェ。今日はお泊り?」
 「ううん、今日はもう那覇から出ちゃうから」
 「あ〜そうネ。何、また離島に行くの?」…そんなことまで憶えているとは、テルさん、侮れないなぁ。
 
 僕は昨日から沖縄で過ごしてきたことを、だいぶいろいろ端折りながら話した。
 それから『照美荘』に泊まらなかった’97年以降も毎年沖縄に遊びに来ていることなども。
 「うちに泊まらないときにも連絡くれるといいよぉ。そうしたら“黒砂糖”買っておいてあげるから。顔を見せなさいよ、沖縄に来たときは」
 そう言って、おばぁは息子さんに家中の黒砂糖をかき集めさせて、山ほどの黒砂糖の袋を僕にくれた。
 「別にいいよ〜、こんなにたくさんもらっちゃ悪いから…」 「いいからいいから。せっかく来てくれたんだから。“こころ”だから」そう言いながらおばぁは紙袋に黒砂糖を詰め込んで渡してきた。
 「“こころ”だから」 これはテルおばぁの口癖のようなものだ。
 いつも僕らが宿を後にするとき、テルさんはそう言ってたくさんの黒砂糖をおみやげに持たせてくれる。
 「“こころ”だから」 いい言葉だよねぇ。僕はこれを聴くたびに、なんとも幸せな気分になる。
 そこで、僕も羽田で買ってきた菓子折りを渡した。「じゃあ、これも“こころ”だから〜」 一度言ってみたかったんだよね。
 
 それから、小一時間、僕はテルさんや息子さんといろいろな話をした。
 しかし本当にこの民宿の常連客は、話を聞けば聞くほど一風変わった人が多い。
 勤めていた学習塾が従業員の給料を持ち逃げしたまま倒産してしまい、この民宿で寝泊りしながら訴訟を起こしているというおじいさん(すべておじいさんの言ってることで、ホントの話かどうかは不明)だとか、大金持ちの家の奥さんが、ご主人が海外に単身赴任中に、お姑さんの手酷い仕打ちに耐えかねて家を飛び出し沖縄に逃亡、この民宿に4ヶ月も滞在していた…とか、そういう話が次々出てくる。
 もちろん、そんな人ばかりってワケじゃないが、どうもこういう人たちを引き付ける“何か”が、この民宿にはあるのかもしれない。
 
 「また来なさいね。こんどはお連れさんも…Kさんだったかねぇ、一緒にまたねぇ。泊まらないときも必ず連絡しなさいよ」
 「はい、また来ますから。…でもなぁ、ここのところいっつも“満室”だったからなぁ」
 「じゃあ、今、来年の予約をしていくとイイさぁ〜」 と言ってテルさんは笑った。
 
 僕は、体中から“幸せのオーラ”を発しながら民宿を出た。来てよかった。心底そう思った。

 幸せ気分を持続させつつ、国際通りを久茂地方面に進む。
 『パレットくもじ』の前に、宝くじ売り場があった。
 …買っちゃおうかな〜♪今の気分なら3億円も夢じゃない!って気がする。
 普段滅多に買わない宝くじを、僕は迷うことなくとっとと10枚買った。
 もしこれが当たったら、…これを資本金にして沖縄に移住しちゃおう。何せ沖縄で買った宝くじが当たったとなれば、そりゃもう間違いなく神様が「あんたは沖縄に行っちゃったほうがいいかもよ〜。この当選はその暗示ってワケだね!」と言ってるってことだ。
 もしはずれてしまっても、これはタダのはずれくじじゃない!“沖縄で買ったはずれくじ”という多大なるプレミアつきだ。悪い気はしない。大切に取って置こう、なんて思えたりするから不思議。
 どうする?当たっちゃったら……グッシッシ、思い通りのめくるめくハッピーライフが我が手中に…!!ウットリ…。


“パレットくもじ”の前。クリスマスだね。
…寒くないからピンと来ないけど。

   


幸運を呼ぶ(予定の)宝くじ販売所。
所ジョージも笑顔で祝福♪

   
 さて、那覇空港に午後6時までに着けばいいってことは…今は正午ちょっと前。まだまだ時間はあるな。
 僕はとりあえずレンタカーを借りた。
 う〜む、どこに行こう…この天気だから、海を見に行ってもなぁ…
 そうだ!南部に行こう。
 南部と言えば、『ひめゆりの塔』とか『平和記念公園』とか、観光ツアーでは定番のスポットが結構ある。
 
 実は、僕とKは、こういった“沖縄戦”にまつわる場所にまず行かない。
 たぶん、無意識のうちに避けているのだ。特に僕は、あまりそういうのに関心がない。
 いや、関心がないと言うより「よく分からない」と言ったほうが近いかもしれない。どうもピンと来ないのだ。
 それに、そこには僕の知らない(知りたくない?)沖縄があるようで、少し怖いような気もした。
 ノーテンキに沖縄をブラブラする、という僕と友人Kの旅には、正直言ってそういう要素は必要なかった。むしろ触れないようにしていた。
 …でも、今日は僕一人。何も“オモシロおかしい珍道中”でなきゃいけない、というわけじゃない。
 こういうシリアス・モード入ってる観光も、一度はしておいてもいいんじゃなかろうか。

 というわけで、僕は内心ちょこっとビビリながら、糸満へ向けて出発。
 しかし…こんな天気の中、そういう場所ばかり巡っていたら、立ち直れないぐらい重〜い気分になっちゃうような気もするな。
 どうしよう…やっぱやめようかな…でもなぁ…一度ぐらい行っとかないと…しかしなぁ…

 ウダウダ考えながら運転していたら、少し腹が減ってきた。
 途中でコンビニに寄って、“ピリ辛フランクフルト”と“シークヮサージュース”を買った。ついでに“おきなわ倶楽部”“おきなわJOHO”(いずれもタウン誌)、さらに“ask”(就職情報誌)も購入。
 ムシャムシャ食べながら車を走らせ、僕は“ヘビーな沖縄を見るツアー”を敢行。
 こうなったら、思い切り見てやろうじゃないか!などと無駄に気合入ったりして。


コンビニの駐車場で発見。ミッキ〜!!
世界一著作権に敏感な会社がこれを見たら黙っちゃいないぞ!