毒づく秋


 唐突ですが、僕はチャラい若者ってのがとても苦手。沖縄本島にやって来る若者にはこういうチャラい輩がわりと多いかと思うんだけど、もうね、「ヤベッ!海、ちょーやべぇー!」とか「なにこのちんすこうって!マジウケるんだけど!」とか、そういうのちょー苦手なんだけどっ!まぁ、そういう人達だって直に接してみれば案外純粋だったり心優しかったりするのかもしれないが、この手の輩には極力近づかないようにしてるのです。空港やレンタカー屋で比較的高確率で遭遇すると、素知らぬ振りして心の中で毒づいてます。嫌な大人ですね、俺って。
 なぜこんな話をしてるのかというと、とにかく国際通りにはこういうのが山ほど居て、朝昼夜関係なしに「ちょーマジ節」を連呼しているわけ。
 昨晩の国際通りは、そりゃもうチャラい若者のパラダイスみたいな状態で、ついでに土産物屋と飲食店の客引きの数も半端無い。結局沿道の店をすべてスルーして、行き慣れた居酒屋『レキオス』に直行。そぞろ歩くなんて悠長なことをしていられる雰囲気とは程遠い感じだった。
 今朝は今朝で、僕らがホテルの朝食を済ませチェックアウトして国際通りに出ると、朝っぱらからチャラい人々が闊歩していて、さながら劣化したセンター街のよう。
 僕「あ〜、やだやだ。国際通りなんてすっかりチャラい輩の巣窟に成り果てちゃってさ。べつに街が変わるのは一向に構わないけど、やっぱり街の品位はそのままそこに集まる人間の品位に比例するんだよね、きっと」
 K「随分と酷いことを言うね。確かに今の国際通りは全然面白くない街になっちゃったと思うけどさ」
 僕「JALシティ那覇は良いホテルだったけど、国際通りに面してるのが最大のネック!」
 K「いや、そこが売りだと思うけど…」
 今年の沖縄旅行ではっきりしたこと、それは「俺は(今の)国際通りが好きじゃない」ということ。来年以降は宿泊先を含めてちょっと考えることにしよう(来年以降があるかどうかは不明)。

 気を取り直して、レンタカーで那覇を発つ。Kはまたまた穴場リストの残りを消化する気まんまんのようで、これから“富盛の石彫大獅子”に向かうと言う。リストに併記された住所には「八重瀬町富盛」とある。…八重瀬町ってどこだっけ?とりあえずカーナビに住所を入力してみる。あ、なるほど、昔の東風平町の辺りなのかぁ。カーナビの地図を見る限り、その大獅子はやや入り組んだ住宅地の中にあるようだ。
 僕らは、カーラジオから流れてくる『島人ぬ宝』などを聴きながら、快調にドライブ。連休明けなのに妙にガラガラの国道507号線を南下、極めてスムーズに富盛に着いた。
 幹線道路を走っていると、“第二富盛”というバス停に高さ1mぐらいの素朴なシーサーを発見!
 僕「あ、あれじゃないの?何だかフツーにバス停にあるけど」
 K「え?違うでしょ。ネットで見たときは城(グスク)跡にあるって書いてあったし」
 実際、これは大獅子のレプリカだったらしい。ちぇっ、フェイントかまされちまったぜ。
 そのままナビの指し示す住宅街に入ると、大獅子の小さな案内板があった。それに従って進むと、“勢理城(せりぐすく)”と彫られた石版があり、その横には丘の上へと上る階段が見えた。階段を上り切ると、そこはちょっとした広場のような空間になっていて、広場の手前に大獅子は居た。高さ約140cm、横の長さは約170cm。「大獅子」というほど巨大なわけじゃないが、石彫の素朴なシーサー。今から約320年前に当時高名な風水師の助言で火災抑制の祈りを込めて造られた「現存するものでは最古の石彫シーサー」らしい。そして、その体には、沖縄戦の際に被弾した弾痕が複数残されている。17世紀のDr.コパみたいな人も、後々このシーサーが銃撃戦の只中に置かれるなんてこと、想像だにしなかっただろう。
 今、この高台の城跡から見える東風平の街は、しみじみするほど静かで穏やかだ。…あ、東風平じゃなくて、八重瀬町だった。なかなか新しい行政区分に馴染めなくて…

八重瀬町にある“勢理城跡”に建つ“富盛の石彫大獅子”。
石彫の物で現存する最古のシーサー。体には大戦の際の弾痕が残っています。
健気(けなげ)だし、太い前足が何となく漫画チックで可愛い。

 

城跡は鬱蒼と生い茂る林に囲まれた広場みたいになってる。
伊江島でも津堅島でも聞かなかった(ような気がする)蝉の声が凄い。
それに混じってどこからか太鼓の音が聞こえてくるんだが…。

 

太鼓はどうやら麓(ふもと)の学校から聞こえて来るみたい。
体育祭or学園祭か何かで披露するエイサーの練習なんでしょうかね?
今やすっかりメジャーになったエイサー。2000年代に入って急速に普及した印象。

 

これは恐らく八重瀬町→那覇方面の眺望。
うるま市もそうだけど、八重瀬町って言われても今いちピンと来ないなぁ…
脳には完全に“東風平・具志頭”で記録されてるので、なかなか上書きが出来ない。

 

 お次の目的地は、“摩文仁上タナケナ原古墓”。古墳じゃなくて古墓ね。僕は最初てっきり古墳だとばかり思って「摩文仁に古墳が!?そりゃちょっと凄いかも!」と色めきたってしまったのだが、沖縄って確かいわゆる古墳って無いはずだよね?
 Kさん作成の穴場リストの住所をカーナビに入力すると、ナビは『糸満観光農園』を指し示した。
 K「あれ?観光農園?観光農園に墓があるのかな?」
 僕「農園の敷地内か、そのすぐ近くにあるってことじゃないの?って言うか、糸満に観光農園なんてあったんだ。…イヤな予感しかしないんだけど…」
 K「イヤな予感って?」
 僕「寂れた第三セクター臭っていうか、コリンザ、ミュージックタウンに続く第三弾!っていうか、うっかり進入するとここぞとばかりに従業員に付き纏われる状況っていうか…」
 K「ああ、それはありそうだね。…でも、べつに観光農園に行くのが目的じゃないから、そういう危険がありそうな場所に近づかなければ大丈夫でしょ」
 
 その『糸満観光農園』は、僕が予想した通りの施設だった。無駄に広い駐車場はガラガラで、少なくとも“わナンバー”の車は一台も見られない。観光農園なのに、観光客が居ないとはこれ如何に?
 園内に入ると、ようやく人の姿が。どうやらパークゴルフに興じる地元の皆さんのようだ。…で、お終い。園内に従業員らしき人影も無く、もちろん観光客の姿は皆無。点在する施設もどの程度稼動しているのかすら分からない。売店やレストランもあるが、入らなかったので中の様子は分からない。
 更に追い討ちをかけるように、Kが園内の自販機でジュースを購入したところ、缶の上部にコバエの類がびっちりへばり付いていたりして。これは農園のせいじゃないのかもしれないけど、いかに自販機の回転率が悪いか(=買う人が少ないか)を物語っているような気がする。
 あ、そうだった。僕らはべつに観光農園を見に来たわけじゃないのだ。僕らの真の目的地“摩文仁上タナケナ原古墓”は、実質農園の敷地内にあった。…厳密に言えば「僕らの」じゃなくて「Kさんの」だけど。このお墓、内部を見学することが出来るらしいのだが、その場合、一応観光農園に声を掛けてから入る必要があるらしい。
 僕「どうする?せっかくだから中に入ってみる?」
 K「う〜ん…べつにいいか、入らなくても」
 …じゃあ、次に行きま〜〜す。

『糸満観光農園』。見るからに第三セクターって感じの施設。
パークゴルフをしている人を数名見たが、限りなく閑古鳥が鳴いている状態。
コザのコリンザやミュージックタウンしかり、第三セクターは経営難ですなぁ…

 

観光農園って、イチゴ狩りとかイモ掘りとかがメインのイメージ。
もしくは牧場とかね。マザー牧場とか、良くない噂しか聞かなくなった花畑牧場とか。
ここもパイナップル狩りとかマンゴー狩りとかやってみてはどうかな、と。

 

まぁ、難しいんでしょうねぇ、そういうの。
奥に風力発電の風車が見えますこの日は3基のうちの2基が稼動してました。
風車って、停めちゃうとかなりの赤字が出るって聞いたけど、大丈夫かな?

 

しかしKさんの本当の目的はこれでした。“摩文仁上タナケナ古墓”。
これも「沖縄 穴場」で検索したら出て来たスポットらしいのだが…
こういうのを穴場って呼んでしまっていいんでしょうか?

 

 糸満観光農園から『茶処 真壁ちなー』へ移動。実はKさんが真壁ちなーに行こうと思った最大の理由は「屋内に沖縄戦の弾痕が残っている古民家だから」であって、料理を食べる気はさらさらなかったようだ。そもそも真壁ちなーが今は沖縄料理屋だということすら知らなかった。…ホントに「沖縄 穴場」で検索したのか?一昨日辺りから何かと「弾痕が残ってる」系のスポットばかりに来ているような気がするんだが…
 で、真壁ちなーに到着したものの、まだ営業開始前だった。店の前でウロチョロしつつ様子を伺っていると、中で開店準備をしている女性から「ごめんなさ〜い、もう少々お待ちくださいねぇ」と声が掛かる。そうこうしているうちに、僕ら以外にもお客さんがパラパラと姿を見せ始めた。やっぱり人気店なんだなぁ。入るのちょっと楽しみかも…
 と思ったのだが、Kは「じゃあ、次に行こうか」と意外な言葉を発した。
 僕「ええっ!?ここまで来たのに入らず終い?マジですか?」
 K「べつに今は腹減ってないし、中を見るためにわざわざ入るのもちょっと…」
 何て失礼な客なんだ。僕は心の中で「申し訳ありません、真壁ちなー様」とつぶやきつつ、店を後にした。まぁ、Kさんの場合こういうのは良くあることなので、慣れてるといえば慣れてるんですが。
 
 その後、南城市の“軽便鉄道大里駅跡”を探すも一向に見つからず、結局諦めることにした。(実はこの大里駅跡だが、今は『軽便駅かりゆし市』というNPO法人運営の直売所になっているようで、僕らは完全に素通りしていたようです…)
 穴場リストに載っている他の場所は、今居る南城市からはどこも微妙に距離があるため(宜野湾だったり読谷だったり)、これから向かうのはちょっと躊躇(ためら)われる。さて、この微妙に空いた時間をどう過ごすか。
 具体的な目標を失った途端に、いつものようなサメ・ドライブに戻ってしまいそうになるKに「穴場リスト以外にどこか行きたい場所はないのか?」と問うても「う〜ん、とくには…」という気の抜けた返事。そこで僕が独断で「…よし、じゃあ“斎場御嶽”に行こう!」と決め、早速向かうことにした。 

これまた「穴場で検索」したらしい『真壁ちなー』。超有名店ですけど!
しかも、営業時間前に来て、店には入らずにそのまま立ち去るという暴挙。
真壁ちなーさん、すみません。次の機会には必ず立ち寄りたいと思います。

 

今回、この商品を結構あちこちで目にしました。「東村の天然水」。
売上の一部を慶佐次湾のヒルギ林保全に役立てる旨のコピーが入ってる。
東村のどの辺りで採取してる水なんだろう。福地ダムの辺りとか?

 

 “斎場御嶽”には、僕は過去に2回ほど来たことがあるが、Kは今回が初めてだ。今まで何度も近くを通っていながら、ことごとく素通りしていたKさんに、今度こそは沖縄最高位の聖地を巡礼してもらわなくては。
 御嶽の駐車場に着いたとき、僕はその観光客の数の多さにかなり驚いた。なんだこれ?なんでこんなバカみたいに人が居るんだ?更に、御嶽に入ろうとして2度ビックリ。何と入場料を徴収するシステムになっているではないか。
 まぁ、こういう場所を維持管理するのだってタダじゃないわけですから、入場料を取るのも悪くは無いとは思う。大人200円って価格設定もまあまあ妥当な線だろう。しかし…何だろう、この違和感。本来は拝所なわけでしょ?拝所に入るのに入場料って、ねぇ…。以前、僕がここを訪れたときには、地元の方が拝している姿を度々見掛けた。そういう方々は、今では入場料を支払ってから拝しているんだろうか?

 御嶽の中に入れば、そこにはもの凄い数の観光客。比較的若い人が多い。団体のツアー客も複数組バッティングしていて、そりゃあもう賑やか。まさか斎場御嶽を表すのに「賑やか」なんて単語を使う日が来ようとは、アマミキョ様でも気が付くめえ。何しろ御嶽内に少なくとも200人を超える客がぞろぞろうろうろしてるわけですからねぇ。“三庫理”と呼ばれる拝所に向かう岩の道の前で、若いカップル達が大はしゃぎで記念撮影。岩を手で抑えるような「ピサの斜塔」チックなポーズをしてみたり、ジャンプしてみたり、寝そべってみたり…お前ら、一体何しに来たの?
 そんな折、不意に耳に入ってきたのが、サングラスを掛けた茶髪女子が放った「パワースポット」という言葉だった。…なるほど、そういうことなのか。そういう類のものを完全に否定する気は無いが、少なくともこの御嶽でかつて祈りを捧げていたのは沖縄でも最高位の神女たちだったわけで、お手軽にやって来て「パワーもらえました♪」なんて虫の良い話、ホントに信じてるわけ?おこがましいにもほどがあるだろう。
 さっき入場料云々の話をしたが、ここで提案。入場料を一気に2,000円ぐらいに引き上げることをオススメします。それでもパワースポットのご利益を本気で信じる人はやってくるだろうし、そうで無い人は他の場所に行くでしょ。どうせ他にもパワースポットなんて幾らでもあるんでしょ?っていうか、そもそもパワーをもらおうってのに値踏みするってこと自体がセコい。そういうさもしい性根の人にパワーなんて宿るかよ。
 …と思っていたら、南城市長は僕よりももっと激しいアイディアを実行しようとしていた。「斎場御嶽を本来の男子禁制に戻す」という思い切った案だ。やっぱり市長もこの現状に悩んでいたわけだ。…しかし、男子禁制となると、僕らももうここには入れなくなってしまうわけで…でも、これ以上この聖地が劣化していくのを防ぐための策ならば、それも仕方が無いかとは思う。ここはひとつ、男子禁制+入場料引き上げを!

“斎場御嶽”に来るのは約9年ぶり。Kさんに至っては今回が初めての訪問。
いつの間にか入場料を取るシステムになっていた。200円が高いか安いかはともかく。
以前は地元の人が拝している姿を見かけたけど…今は入場料払って拝してるの?

 

世界遺産に登録されたからか、来場者がもの凄く多くてビックリ。
祈りの場なのに傍若無人な振る舞いを見せる若者多数…感じ悪い。
これは、だいぶ人が退けるのを待ってから撮った“三庫理”前の写真。

 

三庫理をくぐった奥には“久高島遥拝所”がある。
実は今回の旅行で、Kさんが行きたい島の候補に久高島も含まれていたらしい。
久高島かぁ…久しぶりに行ってみたかったかも。

 

とにかくこの日の斎場御嶽は何だか大盛況でした。
パワースポット呼ばわりされてるみたいですけど、そういうチャラいの気に食わん。
スピリチュアル・サンクチュアリとか胡散臭い。踊らされちゃダメ!

 

 16時台のフライト2時間前に那覇空港に到着。空港に入ると、ANAのチケット売り場や手荷物検査場前がやたらと混雑していた。やはり昨日の台風の影響だろう。一部の路線に至っては、2階ばかりか3階にまで搭乗を待つ人の列が伸びていて、職員が「○時○分発△△空港行きのお客様〜!」だとか「××便にご搭乗されるお客様はもうしばらくお待ちくださ〜い!」と叫びながら周辺を駆けずり回っていた。空港内の飲食店もほぼ満席、とくに郷土料理関連の店やA&W等は空席待ちの行列が出来るほどの混みよう。…何だか凄い状況だ。過去に台風とバッティングしてえらい目に合ったことのある僕としては、こういう状況を見ると、人事ながら未だに胃の辺りがズシンと重くなる。かと言って、べつに何も出来ないんですけど…
 上階の飲食店での食事を諦め、僕らは1階の『空港食堂』で遅めの昼食を摂る。Kはこの店に初めて入ったらしい。…そうだったっけ?この店、1階でもちょっと奥まった場所にあるので、比較的空いていて良いのだ。以前はもっぱら空港関係者の方が利用している姿をよく見かけたけど、ここ最近は観光客の姿も増えてきた。この店って他の店に比べて値段も安いし、ちょっと空港内ということを忘れそうなほど「普通の食堂」なんだよねぇ。そこがまた魅力なのだ。
 食事を終え、搭乗ロビーへと向かう。ロビー内は引っ切り無しにキャンセル待ちの客へのアナウンスが飛び交い、更には飛行機の遅れが多発しているようで、出発時刻の変更のお知らせが立て続けに流れる。僕らが乗る飛行機も20分遅れで那覇を発った。

 機内で、寝こけるKを横目に、あれこれと今回の旅行のことを振り返る。
 八重山や宮古に行かず、沖縄本島だけを拠点にする旅は、ホントに久しぶりだった。本島の中でもとくに那覇はもうすっかり都会なので、滞在している間の安心感はかなりある。反面、「旅をしている」という高揚感にはちょっと乏しい気はするが。正直言って、僕らの中で沖縄に対する新鮮味や新しい何かとの出会いや衝撃はどんどん薄まっている。それどころか、過去の記憶が邪魔をして「今の沖縄」を純粋に楽しむことが難しくなっているような気さえする。「昔は良かった」というのは歳を取るとどうしてもつぶやきがちな台詞ではあるが、今回の旅行ではついついそんな言葉が口を突いて出てしまうことが多かった。…高々20年しか沖縄に通ってないのにね。でも、20年ってやっぱり長いんだなぁ、と。
 この20年で沖縄はいろいろと変わった。そして、その変化から取り残されている僕らが居る。この先、僕らは「思い出の中の沖縄」を反芻するしかないのだろうか…いやいや、そんなの気の持ちようだろう。沖縄には、まだまだ行ったことの無い土地や島があるし、やったことのないことも山ほどある。
 そんなことをぼんやり考えていると、隣に座っているチャラい感じの女子二人がお菓子を食べながら楽しげに沖縄旅行話を語り合っていた。このチャラい女子達のほうが、今の僕らよりもずっと沖縄旅行を楽しんでいる。
 女子A「なんかさぁ、国際通りにもうすぐドンキが出来るらしいよ」
 女子B「え〜?べつにドンキとかいらなくね?」
 …そうか、このノリなんだな。「こんなに変わっちゃって、何だか悲しいな」じゃなくて「べつにいらなくね?」でバサッと切り捨てていくこの感じ。しみったれた感傷に浸っていても仕方が無いよね。チャラいけど逞(たくま)しい女子二人の会話に心の中で「マジいらないよねぇ」と乱入し、ちょっと喜ぶ43歳のおっさん。何だか気持ち悪い。

那覇空港のANAの手荷物検査場前にはとんでもない長蛇の列が。
昨日の台風の影響だろうと思うが、2階ばかりか3階の通路にも列が延びていた。
JALは那覇⇔羽田で深夜に臨時便を出したとか。ちなみに我々はJAL利用。

 

そんなこんなでターミナル3階4階の飲食店はどこもほぼ満席状態。
なので1階にある『空港食堂』へ移動。ここは比較的空いていて助かります。
(写真がぼんやりしてるのは意図的なものです。「プライバシーがぁ!」とかメンドイし)

 

ここは定番の沖縄そばを注文。空港内の店で500円という素晴らしい価格!
味もなかなか良いです。北部のそばに比べるとあっさりめの味。
麺も北部の平麺タイプに比べると若干細くなってる。いろいろ違うもんですね。

 

こちらは沖縄じゃなく、羽田空港内の『ロイヤル コーヒーショップ』。
羽田に戻るとつい立ち寄ってしまうのがこの店。で、いつもカレー頼んじゃいます。
カツカレーが1,000円ちょっと。…まぁ、空港価格としてはむしろ標準的ですよね。

 

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