リン酸コデイン依存

 友人Kに誘われて初めて沖縄本島へ行ったのが1993年8月。あれから20年の歳月が流れ、当時20代前半だった我々も今や四十路のおっさんである。「友人Kとの沖縄旅行」は93年から年一回ペースで毎年恒例の行事になっていたが、2011年と2012年は僕の仕事が忙しく休みを取ることも儘(まま)ならなかったため、ついに諦めることとなった。今年2013年もちょっと無理そうだと半ば諦めかけていたのだが、9月の三連休(14〜16日)に絡めてやや強引に4連休を取ることにした。早速Kに連絡したところ、二つ返事でOKとなり、3年ぶり19回目の「Kと同行の沖縄旅行」が実現する運びとなった。
 折りしも、このとき台風18号が日本列島に接近しつつあり、予想進路では沖縄方面を反れて本州近畿中部辺りから上陸、東京を通過するのは9月16日朝の予想になっていた。僕らが東京羽田に戻るのが17日夕方…この予想通りならば、奇跡的に台風の影響を受けずに済みそうなのだが…まぁ、あまり過信するわけにもいかないだろう。うっかり離島に行くと飛行機の欠航の危険性も高くなるし、滞在日数もそれほど長くないし、今回のステイは沖縄本島のみにすることに決めた。ホントは石垣島に行きたいなとも思ったが、ちょうど三連休ということもあって、石垣島はかなり混雑しているようで、行っても宿が確保できない可能性もあった。その点、本島だったら那覇に拘らなければ宿はどうにでもなる。
 ついでに、旅行3日前から僕は謎の咳と高熱に見舞われて、これまた沖縄行きを諦めなきゃならないかも…という状況に。幸い前日に熱は下がったが咳は一向に止まらず、咳止め薬を常用しながらの沖縄旅になりそう…
 
 9月14日早朝、Kの車で羽田空港へ移動し、手続きを済ませて搭乗ゲートのロビーで一息ついていると、Kが何やら紙を手渡して来た。
 僕「なにこれ?」
 K「ささきにサメ・ドライブって言われないように、事前に行きたい場所をリストアップしたんだよ」
 おお!そりゃ凄い!じゃあ、早速リストの中身を見てみよう。
 Kの作ったリストには、各々スポット名と住所(っていうの?)が記載されている。住所は割愛して、スポット名だけ列挙していくと「三重城、富盛の石彫大獅子、読谷の石切場跡、平敷屋の製糖工場跡、摩文仁上タナケナ原古墓、不屈館、真壁ちなー、壷川東公園(軽便鉄道レール)、軽便鉄道大里駅跡、宜野湾市立博物館(軽便鉄道台車)、みやんち(宮沢和史の店)、真栄原社交街、コザ吉原」という、そうそうたる顔ぶれ…
 僕「…何て言うか、言っちゃ悪いけど地味っていうか、マニアック過ぎっていうか…おまけに戦跡と軽便鉄道に偏ってるし…これってどういう基準で選んだの?」
 K「ネットで“沖縄 穴場”で検索して、出て来たヤツから選んだんだけど」
 “沖縄 穴場”で検索するとこういう検索結果が表示されるのかどうかは分からないが、とりあえずせっかくKが調べてくれたリストなので、出来るだけ消化していこうとは思う。しかし、この穴場リストに『(茶処)真壁ちなー』が載ってるのはどうかと…穴場どころか超有名店のような気がするのだが…
 
 JALの翼で昼前に那覇空港に到着。空港内の某レストランで人生初のタコライスを食す。…タコライス、味は悪くないのだがどうも受け入れがたい独特の風味が・・・これってワキガ風味っぽくない?タコライスって一般的にこういう風味のものなのか?だとしたら、かなり苦手な食べ物だな、これ。サルサソースが臭いの原因なのか?でも、『チャーリー多幸寿』でタコス食べたときはそんなに気にならなかったような…ソースの量に依るのか?共に食しているKも微妙な表情だ。こりゃ、次回は無いな…
 気を取り直してレンタカーを手配し、那覇市奥武山の巨大ガジュマル『バンヤンタウン』の麓辺りから沖縄旅行を本格的にスタート!車内で例の穴場リストをチェックする我々。
 僕「ここから近いのは“三重城”かな。それと『不屈館』ってのが若狭だから、それも近いよ」
 K「じゃあ、三重城から行ってみますか」
 最近のレンタカーはカーナビが標準装備なので、こういう「宛てのある旅行」の場合は便利だよねぇ。と言うわけで、早速三重城の住所を打ち込み、ドライブ開始。

 那覇の西(←町名)の辺りは大型のアーバンリゾート系ホテルが林立している。そんな一角を抜け、三重城が在ると思しき場所に向かうと、何てことは無い、それは“波の上ビーチ”のすぐ隣のエリアだった。この辺りは『波の上うみそら公園』として整備されて、今年5月にオープンしたばかりらしい。本来は三重城を見に来たはずなのに、海が目に飛び込んで来たもんだから僕もKも三重城のことをすっかり忘れ去り、海沿いの遊歩道を波の上ビーチ方面へ歩く。
 波の上ビーチに来たのは、Kは今回が初めて。僕は随分前に一度だけ来たことがあったが、正直言ってあまり記憶に残っていない。関東住まいの人間からすれば、このビーチも海の色は十分綺麗だと思えるに違いないが、他のビーチを知ってしまった今では、バイパスの橋脚が視界を遮るこのビーチを有り難がるのはちょっと難しいだろうなぁ。

 僕らはビーチを後にして、次の目的地『不屈館』へ。この施設は、かつて衆議院議員や那覇市長等を務めた瀬長亀次郎氏の資料館で、若狭の町の一角にひっそりと在った。この瀬長氏とアメリカ統治下時代の占領軍との攻防は、かなり凄い。イデオロギー云々はともかく、これだけのエネルギーとバイタリティーで沖縄を変えていこうとするこの人の熱量は、ちょっと今どきの政治家さんには無いんじゃないかと。
 資料館を出て、少し離れたところにある駐車場へ戻る道すがら、若狭の町を冷やかす。ごく普通の住宅と、何だか営業しているのかどうかもよく分からないボロボロのラブホテルが混在するこの町。土曜の昼間という時間帯のせいもあるんだろうが、人影はほとんど見られない。もしもこの光景を瀬長氏が見たら何を思うのだろうかと、ふと頭をよぎる。

三重城港に来たつもりの友人Kだったが、微妙に間違ってました。
ここは『波の上うみそら公園』のダイビング・シュノーケリングエリア。
実際の港は向かって左側のエリアみたい。相変わらず詰めが甘い感じ。

 

波の上ビーチ周辺が整備されて2013年5月にリニューアル。
右に見えるバーベキューエリアの向こう側が従来の波の上ビーチ。
Kさんは訪沖歴20年目にして初の波の上ビーチ。観光で来るとスルーしがち。

  

那覇西道路の橋脚が存在感を放つ波の上ビーチ。
もともと人口ビーチだし、この状況を必要以上に悲観する必要は無いのかも知れない。
それにしたって、何もビーチ内を突っ切らなくても…ねぇ…

  

『不屈館』の在る若狭界隈は場末感溢れるラブホ街でもあります。
営業してるんだか廃業してるんだか良く分からない物件も多数。
どういう人が利用しているのか、ちょっと興味が湧きます。

 

 Kの穴場リストを辿る旅はまだ続く。次に我々が目指すことにしたのは、宜野湾の“真栄原社交街”。僕は9年前に一度訪れたことがあるのだが、Kは今回初めて足を踏み入れる。僕はこういうイカガワシい場所が結構好きなんだが、果たしてKさんはどうなのか。
 真栄原の社交街は、とある違法な性サービスを営む店(通称:ちょんの間)が軒を連ねる、極めて特殊なエリアだった。沖縄には同じような街が幾つか在ったが、この真栄原を含めそのほとんどが警察や行政、市民運動によって“浄化”されている。まぁ、基本的に違法な商売なので、逆に今まで目こぼしされていたこと自体がどうなんだろうという疑問は湧くが、とは言え、こういう場所を一気呵成で破壊してしまう“力”には、ちょっと恐怖すら感じる。そんな“力”がもしうっかりと何か筋違いの方向に作用してしまったら…
 もっともそんなヘビーな気持ちでこの街を歩いているのは僕のような変わり者ぐらいで、元々こんなものに興味の無い大多数の人にとっては「別にどうでもイイ」程度のことだろうし、この街の純粋な顧客さん達は「最早用済み」ってな具合で外を当たったりするんだろう。
 一方のKさんは、一体この街をどんな気分で徘徊しているのか。そもそも穴場リストにこの街を含んだのはどういうワケで?とかいろいろ謎ではあるが、あえてそれを問うことはしなかった。
 Kは至極淡々と「凄いね、ホントにゴーストタウンだね」などと言いつつ、廃墟と化した空き店舗を眺める。
 K「ここって、この後どうなるんだろうね。全部壊して更地にするのかね」
 僕「う〜ん、どうなんだろうね。たぶん“まずは破壊ありき”で始まった運動の結果だろうから、再開発のことなんて誰も真剣に考えてないんじゃないの?」
 K「このままゴーストタウンのまま放置するのかなぁ」
 …たぶん、この社交街跡が再生するのには相当時間が掛かる気がする。ひょっとすると、「かつて栄えていた場所の残骸」がまた一つ沖縄に増えるだけで終わり、ってなことになり兼ねないような… 

真栄原の住宅街に僅かに残る米軍住宅。
現役で住宅として機能している家もあれば、空家になってるものもある。
これは結構長い間空家になってるみたい。雑草の育ち具合がハンパないし。

 

かつての歓楽街・真栄原新町も、今やすっかりゴーストタウン化。
“店”だった場所はほぼ蛻(もぬけ)の殻で、所在無さ気な状態。
中には高齢者住宅や介護サービスの事務所になってる物件も…

 

左手に「入居者募集」の幟がチラッと見えるが今の状態で住む人居るのか?。
もしもこういう町を本気で再開発するとしたら、その労力はかなりのもの。
いくら店を無くしても、土地に染み付いたイメージを払拭するのは難しい。

 

これは2004年に撮った真栄原界隈の写真。
左の写真でいうと丁度白い乗用車の停まっている辺りから撮ったもの。
当時も若干廃れた印象のある街だったけど、それでもポン引きや客の姿がちらほら。

 

こういう場所を利用する気はないけど、ここまで壊滅させなくても…とは思う。
そりゃ近隣住民の皆さんにとっては迷惑だったりするのかも知れないが。
世の中が無菌状態化していくのには漠然とした不安を感じます。

 

これも2004年に撮った写真。「ゆうな」の看板の建物が左写真と同一。
朝8時頃だというのに、冷かしの車が複数往来していた当時の真栄原。
そのうち、全く違う街に生まれ変わった真栄原を見る日が来るんだろうか。

 

 ところで、まだ本日の宿泊先を決めていませんでした。まったく悠長にも程がある。
 まずは那覇のホテル数軒に電話。さすがに三連休の初日とあって、どこも状況は厳しい。電話を3軒掛けた時点で方針を変更することにした。那覇のホテルは明日、明後日ならば部屋が取れるという場所が何箇所か在ったので、Kと話し合い、今回はちょっと奮発して『ホテルJALシティ那覇』を選んだ。国際通りの『山形屋』跡地に建立された、ちょっと洒落た雰囲気のシティホテル。僕らの過去の沖縄滞在でも一二を争うハイソ物件だ。
 そして、今日の宿はKさんの提案で、コザの『デイゴホテル』に決定。空室僅少な那覇とは違い、コザのデイゴホテルは結構余裕があるみたいで、「本日ですか?はい、大丈夫ですよ〜」と穏やかな答えが返って来た。
 今僕らが居る宜野湾・真栄原からコザまでの距離はそう大したことも無い。このままコザに行くにはまだ早いかな、と思っていると、Kが「明日、伊江島に行ってみない?」と言ってきた。実は、僕らは過去に何度か伊江島行きにチャレンジしていたのだが、どうもタイミングが合わず、結局未だに行けず終いだった。
 僕「いいね、よし、今年こそは伊江島に行こう!」
 K「じゃあ、本部港に行って明日のフェリーの時間を確認しに行こう」
 え〜っと、わざわざ港まで行かなくてもフェリーの発着時間の確認は出来るのでは?と首をかしげたくなったが、ちょうどいい暇つぶしにはなるだろうと思い、Kの案に従うことにする。

 東海岸(国道329号線)でひたすら北上している途中、たまたま通り掛った『中山そば』でかなり遅い昼食を摂る。この店、老舗としてかなり名の通った店で、僕らも何度か店は目にしていたのだが、店に足を入れたことは一度も無かった。ちょっと楽しみ。 
 午後4時過ぎという中途半端な時間のせいもあってか、店内にはお客はおらず、貸切の状態。レジにはアルバイトだろうか高校生ぐらいの女子が2名、緩い感じで接客をする。水やお茶の類はセルフサービス、お客が呼ばないと注文取りに来ない、という典型的な沖縄の食堂スタイル。まぁ「こういう接客スタイルに慣れてこそ沖縄通」みたいな気取った感じは大嫌いなのだが、何度か沖縄に通っていると多少耐性が出来てくるのは確か。
 しかし、そばの良いところは、注文してから料理が出てくるまでの時間が超早い!ホントに沖縄の食堂って料理が出るまで待たされることが多いのだが、さすがにそばはすぐに出てくる。まさにファーストフード。この店でも「え?もう?」と軽くビックリするほど超っ早で配膳された。
 『中山そば』の“中山そば”を食べる(前者は店名、後者は商品名)。やっぱり僕は北部のそばが好きだなぁ。あじくーたーな北部のそばの美味さは、この店でも存分に味わえました。…空港で食べたタコ○イスは忘れることにします。
 
 そば屋を後にして、“本部港”のフェリーターミナルへ。もう本日の出入港はすべて終了しているようで、ターミナル内の券売窓口は閉まっていて、完全に無人の状態。窓口に近づいてみると、翌日のフェリーの予約状況が掲示してあった。
 「あ〜、明日の1便と最終便は車両は満車だってさ…」と僕が言う。どうせならレンタカーでそのまま島に渡りたかったところなんだが…
 その窓口の近くに設置されたパンフレット置き場から、伊江島の観光マップの類を何枚かもらって、ちょっと中を見てみる。そこには「伊江島はほぼ平坦な島、時間があればのんびり自転車で…云々」と書いてあった。レンタサイクルはもとより、レンカターやレンタバイク、島内タクシーやバスもあるようだ。この時点で僕の中では「伊江島≒(宮古諸島の)伊良部島」っぽいイメージが出来上がる。
 …ま、とりあえず伊江島については明日になってからいろいろ決めればイイか、ということで、僕らはコザに向かう。

 コザの『デイゴホテル』に着いたのは、もう夜の8時近くになった頃だった。58号線って相変わらず所々で微妙な渋滞があるよねぇ。世冨慶だの謝苅だの。余談だけど謝苅って「じゃーかる」って読むんだね。俺はてっきりジャッカルと思い込んでたんだけど。「地名でジャッカルってカッコイイ!外国みたい!」なんて。本日、正しい読み方をラジオの交通情報で聞いて初めて知りました。
 で、このホテルはやっぱり良い。コザでは一応上等なホテルにカテゴライズされるんだろうけど、お値段も接客も部屋も全然気取ってないのに適度にスクエアで適度に緩い、この匙加減がとても心地良い。昔はねぇ、何かハプニングがありそうな安い民宿みたいなところを好んで利用していたけど、もうそういうのいろいろめんどくさくなっちゃって…話のネタにはなるし面白いんだけどさ。
 というわけで、すっかり都会派な旅嗜好になってしまった僕ら(←勘違い)。ホテルで一服した後は、沖縄第二の都市・コザの街に繰り出して…と思ったのだが、このとき僕の体調は絶不調で、コザを徘徊する余裕が無かった。とりあえず胡屋十字路に出て、『ミュージックタウン音市場』内にある居酒屋に入ったのだが、酒も食もまったく進まない。明日の伊江島行きに影響するのもイヤだったので、早々に退店して、ホテルに戻ることにした。Kにも気を使わせてしまって、申し訳なかったなぁ。
 それにしても、ミュージックタウンの衰退振りを見ると、すぐ近くにある『コリンザ』と被る。ミュージックタウンの場合、そもそもそのコンセプト自体が疑問だったし、初っ端から前途多難な観は否めなかったけれど。「コザに活気を!」と意気込んで作った施設のはずが「お前こそ頑張れよ!」という状況になってるのって、コザにとっても全然プラスになってないと思うのだが…

名護市に在る『中山そば』に入ってみました。
ナゴパイナップルパークに近いので、その行き帰りに寄ったことがある人も多いのでは?
この手の店にありがちなホスピタリティの希薄さを気にしなければ、なかなか良い店。

 

最上段にはちょっと古めの名護界隈の写真が飾られてます。
サイン色紙もあるんですが、誰のサインかはちょっと分からない…
テレビ取材の際の写真も貼ってありました。ベッキー…

 

「中山そば」を注文しました。ソーキそばですね。
本島北部のそばは、中南部に比べると味が濃い目。出汁と塩気が強めで美味しい。
北部特有のやや太めの平麺も食感が良いです。

 

本日のお宿は、コザの老舗『デイゴホテル』。
程よくアーバンで程よく緩い、何とも居心地の良いホテルです。
軽くゴーストタウン化しているコザの街に君臨するオアシスのような場所(言い過ぎ?)

 

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